1、計画、実行、評価、改善

「まずは、お手元の資料をご覧ください」


 いつもの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の片隅。

 俺は、目の前に居並ぶ仕事仲間を見渡し、会社員時代から何度も繰り返した、決まり文句を告げた。


「これ、わざわざ手書きしたの?」


 ペラ紙一枚の資料を差し上げ、メイド姿の柑奈かんなが、呆れとも関心ともつかない声を上げた。

 印刷機もコピー機もない世界だから、当然と言えば当然なんだが、かなりめんどくさかったのは事実だ。


「そういや、紙のやつ貰うの初めてかも。学校だと、タブレットに出力されたの見るだけだったし」


 いかにも、IT文明に浴した感想をかましてくるつむぐ。白い狼の顔が、珍しそうに資料を眺めている。

 

「……僕、会議って初めてなんだけど、これ読めば、いいのかな」


 不安そうに顔をしかめる丸いネコ顔。文城ふみきの言葉に、隣に座っていた鳥の模造人モックレイス、しおりちゃんが注釈を入れてくれた。


「それも含めて、孝人こうとさんが解説してくれますよ」

「そういうこと。それじゃ今回の議題について説明してくぞ。一番上の見出しのとこな」


 表題『パッチワーク・シーカーズ、今後の運営について』。

 副題『PDCAサイクルに基づく、参加メンバーの実力向上計画の提案』。


「おおっ、すげー本格的だー。実力向上計画……カッコいい感じでいいなぁっ」

「なんでおっさんって、こういう堅苦しいことが好きなの? 頭コチコチパラダイス?」

「ぴ、ぴーでぃしーえー、って……なんか難しそう……」

「では、詳しい説明をお願いします」


 よし来た。

 俺は別に用意しておいた要約資料レジュメを確認しつつ、解説を始めた。


「お堅く書いたのは、俺たちにとって重要なことだからだ。現在、俺たちは冒険者として塔に挑むパーティを組んでいる」

「その割に一月以上、何もできてないけどな。あの後、毎日でもダンジョンに入るのかと思ってたのにさー」

「そーそー。回数こなして、慣らしてった方が良かったんじゃないの?」


 戦闘に不安が無い紡と柑奈が平然と言い放つ。とはいえ、二人の意見を採用する訳にはいかないのは、俺が一番理解していたからな。


「そういうOTJ万能思考はやめとけよ? 労災が起きて泣くのも、誰かを泣かせるのも嫌だろ?」

「おーてぃじぇー?」

「実地訓練主義、と訳せばいいんでしょうか。最初から実務を経験させて、仕事の指導と習熟をはかる方法ですね」


 やっぱり、しおりちゃんは頼りになるな。俺だけだと、どうしても『皆さんご存じかと思いますが』で進めちゃうし。


「幸い、甲山さんのところに弟子入りできたから、この一月ぐらいでトラップの発見や解除はだいぶ慣れてきた。それだけでダンジョンの危険を二割は減らせる」

「そういや、先週も『引率屋』の仕事してたよな?」

「ああ。十階の攻略法も、毎回見せてもらってるし。次に入る時は、みんなもかなり楽になると思うよ」


 他のメンバーの目の色が、少し変わる。

 こういう『何かをするための事前準備』に気が向くかどうかで、作業チームのクオリティが変わってくるんだよな。


「ということで、俺はみんなに先んじて、パーティーメンバーの実力を底上げする、PDCAサイクルを組ませてもらった」

「で、そのPDなんとかってのは、どういう意味?」

「計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Action)の四過程を踏み、目標の達成を進める、行動計画法の一種ですね」


 俺は、自分のためにまとめておいた『行動計画』を、みんなに見せることにした。


「……もしかして、この計画表、帰って来てすぐに考えてたの?」

「具体案になったのは、甲山さんと知り合えてからだけどな」

「そういや、プラチケゲットパーティやった次の日には、『甲山組に入るから』とか言ってたもんなぁ……」


 呆れたようにうなる二人組の脇で、文城は一層渋い顔をしていた。


「孝人、すごいなあ。僕なんて、なんにもやってないのに」

「そんなことないって。あの後、弁当の配達もするようになったし、地道にやれることやってるんだろ?」

「とても具体的ですね。第一目標、トラップ解除スキルの習得と技能向上。第二目標に基礎体力づくり、第三目標に戦闘補助の方法模索」


 実際、解除屋は技術よりも体力勝負なところがある。効果のあるなしは別として、ランニングやら筋トレも日課に組み込んでいた。

 戦闘補助は例の時間停止アイテムが最上だけど、それ以外にも方法が欲しいところだ。


「最初は、歳喰ったイキリのおっさんかと思ったけど、ここまでやられたら、リーダーとして認めるしかないって感じかなー」

「そこ、年齢弄りトシハラ禁止。過去は過去、今は今ですからね?」

「にしても、決断と実行早すぎだろ。どうやったらそんな風にできるんだ?」

「ブラック企業なんて問題山積み、トラブル地獄で当たり前。悩んでる暇で、解決を探せってな。経験の賜物って奴ですよ、わははは!」


 そう言いつつ胸を張る俺に対して、なぜかみんなは、悲し気に微笑んでいた。


「その、こう言ってはなんですが……ご苦労なされたんですね」

「お前の辛さも知らないで……勝手なこと言って、ごめんな」

「かなしー環境適応。後で好きなものおごってあげる」

「お、お弁当食べる? おにぎりもつけるよ?」


 なんだこの反応。

 そんなにおかしなこと、言ったつもりはないんだけどな?

 出所不明の優しさを曖昧に受け取ると、俺は改めて資料を手に解説を再開する。


「みんなも知っての通り、ダンジョンは遊びじゃない。一歩間違えれば、待っているのは最悪の結末だ。同時に、あそこには無限の可能性がある」

「危険を避けては通れない。だからこそ、その危険を減らすためにできることを、というわけですね」

「正直、計画性って、オレには無縁の言葉だったけどなー」

「アンタはそれでいいだろうけど、ふみっちの安全が第一だからね?」

「……ぼ、僕も、ダンジョン行くなら、なにか、できるようにしたい、かな……」


 よしよし、まずは第一歩目クリアだ。

 最初にチーム間の意識コンセンサスを共有すること。これが欠けたら、どんなご立派な計画も、絵に描いた餅だからな。


「そろそろ店が開くから、続きはまた夜にな。その時までに自分の改善点とか、やりたいことを考えといてくれ。それを元にそれぞれの課題を決めて行こう」

「分かりました。孝人さんの計画書、お借りしてもいいですか? 参考にしたいので」

「改善点かー、やっぱオレは、あれかなー」

「完璧で究極のアイドルには無縁の言葉なんだけど、何か考えときますか」


 それぞれが感想を述べて席を立ち、会議は解散になる。

 紡としおりちゃんは仕事を片付けに外へ、柑奈はそのままウェイターの仕事に入るために、カウンターに入っていた乙女さんと打ち合わせを始めた。


「よしと。乙女さん、文城借りますけど、いいっすか?」

「ええ。行ってらっしゃい」


 俺は文城と一緒に店を出て、そのまま通りを歩きだす。

 軽く思いつめた顔を見て、その腰を軽く叩く。


「……ごめんなさい。僕、なんにも、思いつかない……」

「そこは謝るとこじゃないだろ。気にすんなって」


 あのダンジョンハックに参加するまで、文城は半分引きこもりの生活を送っていた。

 弁当を出すギフテッドに頼りきりで、人の悪意や嫉妬に晒されて、だまされてひどい目にあって。

 それでも、自分で何とかしようと、行動を始めている。


「お前はもう、一歩踏み出したんだ。なら、次の一歩だって大丈夫さ」

「そう……かな」

「親方が、もう少し顔を出してくれって。山本さんのとこでも、作業員の昼飯確保するのに苦労してるし、そっちもいけそうなら頼むよ」

「……うん」


 俺は考えて、もう少し後押しすることにした。


「できればでいいんだけど、弁当と一緒に、もうひとつ、頼まれてくれるか?」

「……なにを?」

「冒険者って、いわばフリーランスの事務所みたいなもんだろ。文城にはマーケティング担当をお願いしたい」

「そ、そんな……僕、むり」


 もちろん、そう言ってくるのは分かってる。俺だって、内向的な文城に、笑顔のセールストークを強要するつもりはなかった。


「自分から何かする必要はないさ。その代わり、耳を立てておいてくれ」

「みみ、って、この耳?」

「そうそう。街中に居れば、自然と誰かの会話が入ってくる。その中で、誰かが困ってたり、全体で発生している問題も聞こえてくるだろ」


 マーケティングと言えば、アクティブに人と関わって、飛び込みで顔を売ったりすることを中心に考えてしまう。

 でも、そういう『働きかけ』は、歪んだ実像を作り出しやすい。自分の望むような情報を集めがちだからな。

 マーケティングを支えるもう一つの側面、それが潜在的なニーズのクローリング。


「静かに黙って、街の声を聞く。それで、気になることがあったら、俺に報告してくれ」

「それなら……できそう、かも」

「『雄弁は銀、沈黙は金』、なんていう言葉もある。喋るのが得意じゃなくても、黙っていられることに、価値が出ることもあるんだよ」

「うん……わかった」


 十階のマスターウィザードの時も、文城の指摘で乗り切れた場面があった。たぶん、人とズレがちな性格が、状況を俯瞰してみせる結果に繋がってるんだろう。

 そもそも、売り込み要員だったら、俺や紡、柑奈もいる。俺たちに必要なのは、静的な情報収集者の方だ。


「あのさ」

「ん?」

「どうして、僕の事、そんなに、考えてくれるの」


 気が付けば、俺たちは大通りに出ていた。

 そのまま、なんとなく塔の方へと歩いていく。隣の文城は、こっちを盗み見るように、つぶやいた。


「僕なんて、おべんとう出すだけの、デブなのに」

「たぶん、そういう性格なんだよ、俺は」


 こればっかりは、そう言うしかなかった。

 考えてみれば、向こうに居る時もずっとこんな調子、だった気もする。


「一度、かかわりが出来た奴をほっとけないっていうか。そのためにいろいろ勉強して、そいつのいい所を、見つけてあげられないかなって」

「僕……なんにもないよ。ずっと、このまま……おべんとう係で」

「でも、別のこともしてみたいって、思ったんだろ?」


 塔の正門前には、これから中に入る冒険者の集団が見えた。

 今日は『甲山組』も『山本工務店』も仕事を入れてないから、本当にフリーの連中しかいないみたいだ。


「お前にその気がある限り、俺は協力するよ」


 文城の顔は、微妙な曇りのままだった。

 それも想定の内。人材の育成に必要なのは、じっくり焦らないこと――


「うにゃあああああああああああっ!?」


 いきなり目の前のネコが、変な奇声を上げて、全身の毛を逆立てる。

 俺を含めて、通りに居た全員の目が文城に集中し、


「べぇんとぉおおお、おぉくれぇえええええええええええええ」


 絶望的な顔をしたネコの右腕に、汚いぼろ布のようなものが、しがみついていた。


「あっ、いたっ、やめっ、ああっ、だめだよおっ、やめて、すずきちゃんんんんんっ!」


 よく見ればそれはぼろ布ではなくて、手入れのされていない毛皮と、でたらめな色の汚れが付いた服を着た、ヤギの模造人モックレイスだった。

 頭や腕、足などに無数のリボンが付いているが、微妙に薄汚れているので、かわいさにはまったく寄与していない。

 文城の腕にしがみつき、綺麗な歯並びの顎で、容赦なくむしゃぶりついている。


「お、おい! お前、文城から離れろ!」

「ちけっとならぁ、あるよぉおお、おなかへって、しにそうなんですだよおおおお」

「このっ、とにかくっ、はなれろおおおっ!」


 なんとか不審者を引きはがすと、俺は大きく息をつきながら文城に問いかけた。


「で、なんだ、このきったないボロ布は」

隅田鈴来すみだすずき、ちゃん。だよ。うちのギルドのヒト」


 おにぎりを出して地面に置くと、文城が素早く後ずさる。のたくる蛇のように近づいたサイケデリックボロ布は、笑いながら貪り始める。


「おにぎり栄養、感謝感謝ぁ。文城べんとう、最高ですだよ、ふへへ」


 いちおう、礼儀らしいものは心得ているらしいけど、どう考えても、一般的社会生活とは無縁の風体と態度。

 そして、明らかに職業が分かりそうな、悲惨な汚れっぷり。


「絵描き、とか、そういう仕事をしてる奴か」

「あれ、おにいさん、どこのだれさん?」

「小倉孝人。文城の友達で、同僚で、ビジネスパートナーな」

「ふーん」


 たいして興味もなさそうに頷くと、ヤギはひょいと片手を差し出してきた。


「うちは鈴来、よろしくですだよぉ」

「おう、よろし、って、なんじゃこりゃあ!?」


 いつの間にか、俺の手が真っ青になっていた。

 粘つく不快な感触。そして独特の、泥のような臭い。その粘液の出本は、間違いなく鈴来の掌からだった。


「うちのギフテッドでぇ、商売道具ぅ。びっくりしたぁ? ふへへ」


 間違いない。コイツはあれだ。

 いわゆる芸術家アーティストってやつだ。


「腹がいっぱいになったら、どっか行けよ。俺は文城と大事な話があるんだ」

「あれぇ、もしかして、お気に召さなかった? 青じゃなくて、赤がよかったぁ?」

「違うよ」


 俺は精一杯、顔に嫌悪をにじませて、ボロ布を拒絶した。


「俺はな、アーティストって人種が、大嫌いなんだ。よく覚えとけ」

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