12、勝ち取るために
星のないくすんだ夜が明け、太陽のない世界が、ぼんやりと白む頃。
塔に向かう大通り、俺たちは盛大な騒音と共に進んでいた。
「あー、ごめんごめん、そこ通るぜー。悪い悪い!」
先頭に立って、野次馬を遠ざける役は
「ったく……何が悲しくて、美少女メイドのあたしが、こんな真似……っ」
「ご、ごめんねっ、カンナちゃんっ」
この日のために用意した荷車を、渾身の力で引っ張る柑奈(かんな)。それを後ろから押して補助する
荷台に満載されたのは、黒光りする『硬装竹』を束ねた板材だ。
「皆さん! 書類の提出完了しました! あと五分で開場です! 急いで!」
先に門衛に話を付けてきたしおりちゃんが、こちらと合流する。
こんな時、小さなネズミの体は不便だな。力仕事も、交通整理にも協力できない。
「カンナっ、後ろに回れ! 時間が無いんだろ!」
素早く取って返した紡が、荷車の前を受け持ち、柑奈が軽々と後ろに飛びのく。
俺たちが何かを言うよりも先に、
『ぬおおおおおおりゃあああああああっ!』
とんでもない馬力、いやさ狼力とメイド力? で往来を突き進んでいく。
その勢いに煽られて、人々が大急ぎで飛びのき、悲鳴を上げて逃げ散った。
「……あの行動力は助かるけど、あいつが煙たがられるのも、分かる気がするわ」
「ぼ、僕たちも急ごう!」
息を切らして門の前にたどり着くと、先に並んでいた冒険者の集団が、荷車を取り囲むようにして行く手を塞いでいた。
「だからぁ、これはオレらの攻略に必要なんだっての!」
予想通り、運び入れようとした大荷物と、
「うちの仲間が済まない。リーダーの小倉だ」
「お前ら、なにするつもりだ。そもそもこいつ、出禁になってる『破壊魔』じゃないか」
「俺の仲間が一人、壁外追放目前なんだ」
俺は素早く、抗議している連中の風体と装備を確認する。
大半は、大きめの袋を背負ってるスカベンジャー、紡に突っかかってる猪の男は、使い込んだごつい鎧と、身頃に合った結晶武器らしい長槍を担いでいる。
その後ろに三名ほど、雰囲気の似た奴ら。
「あんたら『引率屋』か。悪いな、仕事の邪魔して」
「今日は二人も引き受けてんだ。余計な真似して、いらん手間を増やさないでくれ」
「いや、あんたら運がいいぜ。今日は鼻歌でも歌いながら、プラチケを取れる」
俺は荷台の荷物を指し示して、塔に視線を送った。
「これは俺たちの『攻略道具』だ。うまく行けば、あんたらは敵とも戦わず、余計な罠も気にせずに、塔を昇っていける」
「どういうことだ?」
「先行させてくれ。二階以降のクリアリングを、俺たちが引き受ける」
引率屋は目を丸くし、それから俺を見た。
「できるのか、そんなことが」
「さあな。とはいえ、あんたらにも損のない話のはずだ。先に死んでくれる『坑道のカナリア』は、何羽いてもいい」
「ちょ……ちょっと待って! 勝手に話、進めないでくれよ!」
外野と化していた、結晶ゴーレム目当ての連中が進み出る。
「俺たちは上に行こうなんて思ってない。一階で稼いで帰ろうと」
「だから『二階以降のクリアリングをする』なんだ。一階に手を付ける気はない」
「言いたいことは分かった。だが、お前らが『荒らした』後、余計な面倒が起こる可能性はどうする?」
さすがに現場のプロは、こういう判断をするよな。他人に仕事を荒らされるのを嫌う、堅実かつ保守的な職人気質だ。
「引率の時の危険は、罠が六で敵が四ぐらいだろ。俺たちなら確実に、その『四』を無力化できる」
「信じていいんだな?」
「油断していいとは言ってないぜ。そもそも、毎日構造の変わるダンジョンだ、臨機応変の心構えは、プロとして当然だろ」
相手の顔が、問題排斥から損得勘定へと変わる。
あと一押し。
「
「あ、うん! み、みんな、今日の朝ごはん、食べてきた? あと、お昼ごはん、こっちで用意できるよ!」
そう言いつつ、その場に敷物を出して、弁当やおにぎりを並べる。
「す、好きなの取ってって! その代わり、今日だけでいいから、僕たちを先に登らせてください!」
スカベンジャー連中が、顔を輝かせて弁当やおにぎりに群がり、その様子を渋い顔で、槍の猪が眺めた。
全員の視線が、こっちからそれるのを確認し、小さく折りたたんだログボチケットの束を、猪のズボンのポケットにねじ込んだ。
「仕事の邪魔したお詫びだ。レート次第で、プラチケ一枚分にはなるだろ」
「礼は言わんぞ。依頼料として貰ってやる」
「へ……?」
猪は心底嫌そうに告げた。
「その大荷物を引きずって、お前らだけで一階を抜けるつもりか? 階段まで、連れてってやるって言ってるんだよ」
俺は、世にも珍しいものを見た。
猪のおっさんの、ツンデレを。
「ニヤニヤするなっ! おらっ、とっとと行くぞ!」
交渉が終わり、後は仕事をするばかり。
スカベンジャーたちがダンジョンのあちこちに散って、俺と柑奈(かんな)が引率屋と連携して上へ行くルートを確認する。
ものの十分ほどで、俺たちと荷物は、二階の階段前へ着いた。
「ここまでありがとな、親方。この礼は改めて」
「いらん。ただの気まぐれだ、次は無いぞ」
俺たちは荷台から荷物を降ろし、準備を終える。
「それじゃ、十階攻略RTAだ。いっちょやるか!」
威勢のいい
今度こそ、全員の力で、勝利を勝ち取るために。
足を踏み入れた二階の形は、以前とは違っている。『オートマッパー』に示された地図にも、暗い抜けばかりが目立つ。
前と左右に進む分かれ道。それぞれを確認し、外壁を示す石壁を、左手側に認めた。
「先行するぞ」
確認を最低限にしつつ、俺はまっしぐらに石壁を目指す。幸いなことに、一切のトラップはなく、石壁の前までたどり着いた。
ここも三叉路だが、ここなら『仕掛け』が成立する。
「始めます! 皆さん盾を!」
しおりちゃんが銀の羽かざりを振るい、両脇の通路を、分厚い黒い竹壁が覆っていく。
敷設を確認すると、背中に竹の板を背負った紡が進み出た。
「みんな、しくじんなよ! ――双頭・超紅蓮爆裂波っ!」
叫び、かざした両手の先で、光が爆ぜる。
膨れ上がる炎、勘だけで飛び退り、背中から板を取り出して前に構える白い狼。
「『硬装竹』っ!」
白い狼の体が『陣地』に入るのと、黒い竹の林が炎の侵攻を塞ぐのが、ほぼ同時。
「押さえろっ!」
左を
高熱に焙られ、魔界の竹が絞め殺されたような、か細い声を上げて鳴く。急激に焼結されて、水分やらの気化しやすい物質が、押し出された結果だ。
思わず閉じていた目を開ける。
毛皮の焦げる臭いがするが、見た目誰も傷ついていない。
「せ、成功だ」
俺の宣言に合わせるように、ダンジョン内の温度が急激に下がる。構えが解かれ、みんなが安堵と、快哉を上げた。
「やったぜ! ってか、我ながらスゲーな、壁のあちこちが崩れてら」
「本気でギリギリでしょ。内壁が持たななかったら、あたしたちも蒸発しちゃいそう」
「竹壁の密度は点火方向以外、問題ないようです。今後は盾を、火をつけた方向に向けたほうがいいかと」
これが、今回の攻略に用いる強攻策だ。
壊れる心配のない石壁を背に、それ以外の方向を、密生させた竹林で塞ぐ。あとは『点火口』に火を入れて、竹で塞いで身を守る。
「あれ、ダンジョンに、風が吹いてる?」
「温度変化によるものと、失われた酸素の供給だと思います。良かった、窒息の問題もクリアですね」
「あーねー。というわけで、この鬱陶しいワカメみたいなの、捨てていい?」
嫌そうに、湿った長細いものを、首から払い落す柑奈。
酸素問題が発生する可能性を考慮して、みんなでつけておいた魔界の植物だ。その性質は――いいや、思い出すだけでおぞましい。忘れよう。
そのまま、前方の竹林を、鮮やかなヒールキックでメイドが蹴り壊す。完全に構造が脆くなっているのは、目の前の竹が炭化ならぬ『鉄化』したためだ。
「おおむね計画通りか。まあ、クライアントのお許しが出て、納期ギリギリまでクオリティ上げたんだ。そうでなくちゃ困るんだがな」
そう、俺たちは、文城の更新最終日まで、この計画のために実験と検証を繰り返した。
せめて一日ぐらいは余裕を、提案する俺たちに、
『みんな、無事に帰ってくること。それが一番だから』
まったく、どこの仕事でも、文城ぐらいどんと構えて任せてくれたら、俺だって過労自殺なんてしなくてよかったのにな。
「
「やっぱり、
包帯は昨日取った。つまりそれは『治った』ということだ。
焼け落ちたがれきに目を通し、安全を確認した箇所に『竹』を植えて、『
地面のトラップは一部生きている箇所があったが、そこを避けて安全なルートを形成して案内標識を整えた。
「親方! 安全確保できた! これからは十分ぐらい見て、上がってきてくれ!」
『分かった! 気を付けて行け!』
階下に声を掛けると、三階への階段で待つ仲間と合流する。
すっかり様相の変わったダンジョン。内壁は崩れ、一本の竹に絡みついた光る蔓が、ビカビカと輝いて安全地帯を示している。
「んじゃ、次行くぞ!」
『おう!』
後は、ただひたすら、各階層を爆破解体していくだけだ。
ひとつひとつの手順を確認し、安全に配慮して、指差呼称を繰り返す。
「左右竹壁、ヨシ!」
「盾班、準備、ヨシ!」
「爆破班、点火準備ヨシ!」
そして閃光、爆破、封鎖、全員で盾を構えて、漏れ出す熱気を抑える。
「第三層、爆破解体、ヨシ!」
「次、安全ルート確保行くぞ!」
おそらく、このダンジョンに挑んだパーティの中でも、最高に近いスピードで、俺たちは上へと突き進んでいく。
その途中の、五階。
「おし、ちゃちゃっと行ってくる」
「ボス戦でテンポ悪くなるの、マジだるいわー」
ここだけは、爆破解体は使わない。ボスステージは内壁も無く天井が高い、持っている盾だけじゃ防げないためだ。
とはいえ、
「はい終わりー。上がってきていいぞー」
「ざーこざーこ、ザコガーディアン、ザコ過ぎて恥ずかしくないんですかぁ?」
「煽んな煽んな。キレて復活とかされたらイヤだぞ俺」
最初に比べてはるかに疲労が少ない状態。しかも手練れでやる気満々の二人に、チュートリアルボスが敵う訳もなかった。
「休憩にしますか?」
「五分、その場でね。本休憩は十階手前でだ」
それぞれが水分補給し、体の具合を確かめる。盾持ちを請け負っている
「大丈夫か?」
「平気。ぜんぜん、平気」
そのまま盾を抱えて、歩き出す。
気負った腰を軽く叩いて興奮をいなすと、自然と付いてきたみんなと共に、上へ。
爆破解体の練度はどんどん上がり、ダンジョン制作者の意図を、木っ端微塵に吹き飛ばしながら突き進む。
そして、
「ここでタイマーストップでーす、ってね」
あれほど苦労した十階への階段前に、誰一人欠けることなくたどり着いていた。
「まだ九階だぞ。ボスを倒してプラチケ取って、エンディングムービーが流れてからな」
「おっと、そうだった。油断大敵だ」
そんなことを話している間に、安全なルートを辿って、引率屋のおっさんたちが上がってくる。
軽く手を上げると、猪のおっさんも槍を掲げた。
「折角だ。俺たちが手を貸してやろうか? その方が安全確実に取りに行けるぞ」
「だ、そうですが。クライアントのご意見は?」
文城はうつむき、うつむきながらも、首を振った。
「ありがと、ございます。でも、僕は、僕が依頼したのは、みんなだから」
「安い料金に釣られて、他社への鞍替えもなしか。ほんと、お前みたいな依頼主ばっかだったら、あっちでも楽しく暮らせてたのになぁ」
猪たちは肩をすくめ、安全が確保された壁の隅で、休憩を取り始める。
「命あっての物種だ。無理はするなよ」
「忠告感謝。そっちも気を抜くな」
俺は改めて、隣にいる仲間たちを見る。
疲れているし、毛皮もボロボロだ。それでも、表情に衰えはない。たぶん、今この瞬間が、動くべき時だ。
俺が歩き出し、みんなが続く。
塔のダンジョン、十階層。
乗り越えるべきものが、脈動した。
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