11、もちより、ぬいあわせる、未来

「ということで、これがうちのギルドのろくでなし、役立たずの用心棒ね」


 笑顔でキレながら、乙女さんが赤い竜の男を指し示す。


「はいはい、それでいいよ。俺はコウヤ、遊び人のコウさんとでも呼んでくれや」

「うわー、こりゃまた古風な……今時の子たちに伝わんないぞ」

「その様子じゃ、そっちの中味も俺と大差ないだろ。ま、そんなこたどうでもいいか」


 ご丁寧に、煙草盆をかたわらに置いて、ゆったりと紫煙を吐き出す姿は、形はともかくどっかの時代劇から抜け出てきたような風情だった。


「お前らで十階へ行ったと聞いた時は、耳を疑ったぜ。なるほど、参謀役を建てれば、この面子でも、なんとかなったんだな」

「……評価してくれるのは嬉しいが、結果はこのざまだ。現代知識チートやピンチの時の能力覚醒なんて、ご都合展開はなかったわけさ」

「そいつは良かった」


 たん、という音共に、煙管が盆に打ち付けられ、灰になった煙草が落とされる。

 新たな乾燥葉をもみほぐしつつ、男はしみじみと語った。


「そこまで創意工夫でやりくりした先に、実は成功を約束されたお話でした、なんて筋書き、興ざめもいい所だからな」

「見解の相違だな。馴染みの芸子に食わせてもらいながら、日がな一日遊び暮らしてる奴と違って、こっちは生存が掛ってんだよ!」


 痛む体を無理矢理動かして、竜の男の前に進み出る。

 周囲の気遣う視線を無視して、叫ぶ。


「チートで無双の何が悪い! 都合悪いことしかない世の中で、そんぐらいの奇跡を望むのは悪いことか!?」

「いいや。ただな」


 煙管に詰めた葉が、じっくりと焙られる。

 紫煙が再び立ち、男は満足そうに息吹を循環させ、煙をブレスのように吐き出した。


「そういうのは、もっと別の、お前らよりも力のない奴らに、取っておいてやれよと思っただけさ」

「な……なに?」

「さて、それじゃ俺は行くぜ」


 煙草盆を片手に下げ、男はふらっと軒先を抜けていく。


「お、おい!?」

「そうだ。一つ、おまけしといてやる」


 振り返り、竜の男は金の竜眼を細めて笑った。


「その時計、あと三回が限度だ。使い切ったら、ただの時計に戻るぞ」


 それ以上の会話を打ち切るように、店の扉が鈴の音と共に、閉じた。



 店の隅を占有した俺たちに、乙女さんはお茶の入ったカップを置きつつ言った。


「うちのろくでなしが、ホントごめんなさいね」

「……てんちょー、あのおっさん、ホントに役立つのぉ?」


 見た目もすっかり元通りになった柑奈かんなが、しみじみとぼやく。


「でも、マジで強いんだぜ。オレの師匠……じゃないんだけど、戦い方教えてくれたの、あのヒトだからさ」

「塔の二十階、単独制覇者の一人。獄層探索の成功率は、あのヒトのいる、いないで変わるとさえ言われます」


 しおりちゃんと紡が、あいつの実力に『折紙』をつける。

 つまり、性格がどうあれ、俺たちよりもはるかに実力のある、塔探索のエキスパートというわけだ。


「乙女さん、この時計の使用回数、あいつの言った通りなんすか?」

文城ふみき君からも聞き取りしてたから……とはいえアイツ、いい加減で抜けてるところあるし、信頼はしない方がいいわ」


 なら、あの時計を使えるのは最低一回、最高でも三回が限度か。


「で、これからどうすんの?」


 柑奈の顔が不安そうにこっちを見る。テーブルに着いた仲間たちの視線が、俺の口から吐き出される意思決定を、待っていた。

 答えようとして、思い止まる。


(リタイアする場面だ。それが正しい選択だ)


 プロジェクトメンバーに無茶を強いて、結果が出せなかった。これ以上のコストを突っ込めば、今度こそ無事じゃすまない。

 乙女さんを通じて頼み込めば、さっきの『旗本退屈男』から、プラチケを吐き出させることも可能だろう。

 でも、


(あと一歩まで行った。問題点を洗えば、行けるかもしれない)


 予感がある。いや、当てのない希望的観測かもしれないが、諦めたくないという気持ちの方が、はるかに強い。

 みんなの顔を見る。

 柑奈かんなつむぐは分かり切った答え。

 しおりちゃんは、透徹した目で、こっちを品定めしている。

 そして、文城ふみきは。


「い……っ」


 感情と一緒に、テーブルの上に文城が何かをぶちまける。

 くしゃくしゃになったチケット二枚、小さな結晶の欠片がいくらか。


「依頼、させてっ。みんなに!」


 それから、思いつく限りの弁当がその脇に積み重なる。


「僕の、プラチナチケット、取るの……手伝ってくださいっ」

 

 一同は目を丸くし、それでも笑顔で頷いた。


「そんな固く考えんなよ! こんなもんなくたって、オレは」

「おっと、紡。そういうのは駄目だ。プロとしてやるなら、ちゃんと報酬は取れよ」


 俺はチケットを一枚取って、頷いた。


「承りました。これより『パッチワーク・シーカーズ』は、福山文城氏の依頼を、全力で遂行いたします」

「あたしは現物支給でいいわ。ふみっちのお腹、一週間占有権。思う存分、揉みしだきまくるから、覚悟しといてねー」

「とりあえず、これは一時預り金でいいんじゃないでしょうか。料金プランを作ってるパーティも多いですよ」


 鳥の少女の言葉に頷くと、俺は思考を開始した。

 まだ手は痛むが、鉛筆を握るぐらいならできる。そして、どんな遠大なプランも、方向性の決定と、問題の洗い出しから始まるものだ。


「んじゃ、まずはブレストでもすっか」

「ぶれすと? 胸当てのことか?」

「ブレインストーミングな。まあ、意見の出し合い? ルールありの」

「ルールって、どんなの?」


 ここで細かい解説はしない方がいいだろう。

 記録用の紙を受け取り『現行戦力でのプラチナチケット入手法』と、課題を書き記す。


「この目的を達成するためのアイデアを、どんなもんでもいいから出してくれ。思いついた奴から片っ端に」

「例えば、俺が超魔法で塔ごとぶっ壊して、って感じでもいいのか?」

「バカじゃないの。そんなのダメに」

「ほい柑奈かんな、それアウト。ブレストは『他人のアイデアにダメ出し禁止』なの。それがグランドルールなんだ」


 俺は『つむぐのギフテッドで塔を破壊して入手』、というアイデアを書き記す。


「やっていいのは『実現可能性の検討』だ。やるならどういう手順で、どういう人材、機材を導入するか。そこにかかるコスト、実際にやれるかの事実を検証する」

「それなら簡単ね。あんたの超なんとか、外壁壊せないでしょ」

「でも、内側の奴はいけるぞ? 実際、最初の頃に壊したことあるし」


 なるほど、それは面白い要素だ。

 メモ書きに『紡のギフテッドは内壁を破壊できる』と、別に書き出す。


「ほら、荒唐無稽なアイデアも、ちゃんと中味を吟味すると、使えそうなアイデアや事実が出てくるんだ」

『おおー』

「さすがに、毎回こんなうまくいくわけじゃないから、難しいんだけどな」

「ですが、紡さんの力は被害が大きすぎます。ご本人も無事では済みません」


 そこで全員、腕組みして考える。


「ダメ出し禁止は分かったけど、明らかにダメな場合もあるじゃない。その時は?」

「提案そのものを否定するんじゃなく、発生する問題について質問したり、解決策を提案するんだよ。マウント合戦の防止が、このルールの肝だからな」

「あ、あの……しおりちゃんの竹、『マスターウィザード』の攻撃、防げてたよね? もしかして、紡君のも、できないかな」


 文城ふみきの言葉を拾い上げ、書き記す。あの場で結構、冷静に見てたんだな。俺なんて言われるまで忘れてた。


「『硬装竹』の強度はそうですが、紡さんの力と熱に耐えきれるかは」

「じゃあ、ゴミ焼却の時に試そうぜ。あそこなら、いくらやっても怒られないし」

「課題その一、しおりちゃんの竹の強度の検証だな。終わったら報告よろしく」


 情報を整理し、まとめていくうちに、現実的な可能性が現れていく。

 半端なきれはしでも、縫い合わせれば一枚の布になるように。

 うまく行くかは分からないが、俺たちに手の届きそうな未来が、形になっていく。


『そういうのは、もっと別の、お前らよりも力のない奴らに、取っておいてやれよと思っただけさ』


 まったく、言い方が回りくどいんだよ。そんなんじゃ、今時の若い奴は誰もついてこないんだからな?

 その日一日、俺たちひたすらアイデアを出し、検討し、必要な行動を書き出し続けた。

 

 そして、決行の日は、やってきた。

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