9、プラチケまで、何マイル?

 そこは、無限に広がるような、透明壁が続く通路の一角。俺たちは身構え、その瞬間を待っていた。


「んじゃ、せーので行くぞ!? っ……せーのっ!」


 紡の一撃が目の前のガラス壁を粉砕し、その向こうにずらりと並んだ、ひし形の結晶が姿を現す。


「しおりちゃん!」

「『硬装竹こうそうちく』っ!」


 第六階層、鏡の間。

 目が痛くなりそうな輝く空間で、俺たちは強攻策をとっていた。

 ここでの敵は、浮遊する結晶のみで、攻撃方法はレーザー、のようなもの。

 実際、見ただけでレーザーと分かるような知識は俺にはないし、みんなも慣例的にレーザーと呼んでいるだけなんだが。


「よし、集まって来たな。柑奈、そっちは?」

「敵影なし! 早く来て!」


 行く先に柑奈を先行させ、少し離れて俺たちが壁を破壊、敵を誘導する。ここにいる連中は、壁を破壊すると、その場所に集まって侵入者を撃退する性質があった。

 そこで生きてくるのが、しおりちゃんの例の竹だ。


「うわっち!? レーザーすり抜けてきた! もっとびっしり生やしたほうが」

「視界が通らないと壁認定されるだろ! ほら、とっとと行くぞ!」


 案の定、結晶のレーザーは竹の隙間を通るが、結構大きな図体をした連中は、その場で立ち往生していた。

 

「リーダー、マップは!?」

「ちょっと待ってろ」


 俺は腕にはめたリングに意識を集中し、光の粒子でできた周辺地図を呼び出す。

 五階のトレジャー『オートマッパー』は、実際に視界の通った場所だけでなく、他のメンバーが見てきたエリアも映し出してくれた。


「こっちの右折が合流して、壁壊したところがここ。そこだ! 真っ直ぐいって右側!」

「よっしゃあっ!」


 具体的な指示をするより先に、紡が通路の先の右側の壁を粉砕する。その向こうに続くのは上への階段と、三機の結晶体。


「伏せて!」


 先行した柑奈かんなが銃弾を叩き込み、白い毛皮の狼が軽々と飛び上がって一体を貫き、黒い竹が最後の一機を天井に縫い付けた。


「走れ!」


 全員が一斉に階段のあるエリアに飛び込み、その背後から数十機の浮遊する結晶が追いすがってくる。

 その全てを密生した鋼の竹がさえぎり、いら立ったようなレーザーの斉射が、連続して叩きつけられた。


「うわおっかねえ。殺意高すぎだろ!」

「でも、全然こっちに飛んで来ないね。って、だんだん熱くなってきてない?」

「『硬装竹』の主成分は鉄を含んだ合金なので、ある程度加熱されると溶けだします。それでも相当の熱が必要ですけど」


 他のメンバーが息を整えている間に、俺は素早く攻略書類をめくって情報を確認する。


「七階は敵よりトラップの数が多いんだっけ。よし文城、打ち合わせ通りに頼む」

「う、うん。しおりちゃん、ここに入って」


 文城の大きめのザックに小さな鳥がすっぽりとはまり、俺が肩車される形で乗っかる。


「重いだろうけど我慢してくれ。パーティ分断なんてされたら、一巻の終わりだ」

「だ、だいじょう、ぶ」

「あたしが先行する。紡は後ろ」

「任せろ」


 階段を上がると、ある意味懐かしい石畳のダンジョンが現れる。

 第二のトラップエリア、第七階層。

 二階のと違い、ここでは戦力の分断を意図したものが中心になる。

 そこで、体格の小さい俺としおりちゃんを、文城にまとめる『一人分の陽だまりに二人で入っちゃう作戦』が生きてくるわけだ。


「そうだ柑奈かんな。これ使ってくれ」


 俺は赤の色鉛筆を数本、彼女に放って渡す。


「こんなのも出せるのか。壁とか床に印付けるわけね」

「こっちのマップと、印を照らし合わせてチェックする。異常があったら知らせてくれ」

「了解」


 その後の探索は、思う以上にすんなり進んだ。

 五階で手に入れた『オートマッパー』の威力は絶大で、一方通行や方向を惑わす罠も問題なく超えて行ける。

 それでも、問題は発生するものだ。


「しおりちゃん、大丈夫かい?」

「少し、きついです。でも、平気」


 さっきから瞬きの回数が多い。下の階では連続で力を使い、俺と一緒にトラップを見極め続けてきたんだ。疲れが出て当然だ。


「ご、ごめん、孝人こうと。ちょっと背負いなおすね」

「あ、うん」


 文城も、歯をくいしばって俺たちを背負い続けている。つぎはぎだらけのメンバーで、何とかでっち上げてきたけど、限界は近い。


「少し休もうぜ、さすがにみんな」

「いや、早く階段まで行く。それで、八階と九階は、俺が何とかする」


 再び、じりじりするような罠との格闘が続き、ようやく階段下までたどり着く。

 戦闘では元気になる紡や、鋼鉄の体を持つ柑奈も、慎重さを要求するトラップ地帯で、目に見えて気力をすり減らされていた。


「それでリーダー、まさか自分一人で、マップを書きに行って、戻ってくるとか言わないよね?」

「いや、そのまさかだ」


 俺は荷物を床におろし、ベルトポーチも外して、極力身軽になる。


「本気で言ってるの!? 多少素早いぐらいじゃ」

「心配するな、俺にはこれがある」


 それまで隠しておいた金時計を表に出し、深呼吸を一つ。


「行ってくる」


 八階層、霧の階層。

 そこは常に湿り気が支配し、スライムや巨大なナメクジのようなバケモノ、四階にいたシャドーストーカーがたむろしている。

 俺は最大限に耳を澄まし、息を殺して歩を進める。

 行く手に十字路、直進した先に、俺を丸呑みできるほどの、ゼリーのような塊がある。


「右は、問題なし。左はすぐに南か」


 塔のダンジョンは外壁が同質の石材が使われていて、最大範囲が分かる造りだ。

 そういや、古いゲームにも、こんな風な『塔』を登るゲームがあったっけ。


「んじゃ、始めるか」


 俺は金時計を握り、竜頭の部分を指で押した。

 途端に、それまで感じていた音の全てが剥がれ落ちて、秒針の刻むようなリズムだけに包まれた。

 手足の自由が少し束縛されるが、そのまま十字路を右折し、先を進む。

 全身がカビで覆われた人型が立ち尽くしていたが、息を殺してその脇を通り抜ける。


「九、八、七」

 

 口に出してカウントを取り、先の通路を見据えて、隠れられそうなところを探す。

 そして通路の奥、湿った壁に三方を仕切られた行き止まりで、


「二、一、ゼロ」


 何かにふるい落とされるような感覚。音と触感が急に回復し、ほっと息をつく。


「最長で三十秒、ってところか。言われてた通りだ」


 乙女さんから借り受けた金時計、隠された力は『時間停止』。

 なんでこんなものを、とかいろいろ言いたいことはあるが、今の俺たちには値千金の超強力アイテムだ。

 ここに来るまでに書けたマップを確認し、次に塗りつぶす先を選定する。


「にしてもこれ、すごい能力だけど、副作用とかもありそうだなぁ」


 来た道を戻りつつ、敵の動きを探る。さっきのカビ人間、らしい奴が、鼻をクンクン慣らしながらうろうろしていた。

 こっちには気づけないものの、残り香で俺の存在を感知しているのかもしれない。


「さて、もういっちょ」


 かちり、という刺激と共に、世界が秒針の音で満たされる。

 それを繰り返すこと、五回。


「うっそ……ホントに書いてきたの?」


 帰って来た時には、疲労と緊張で息もできないほどだった。手渡された水を飲み、マップを全員に見せる。


「見つからなければ、階段二つ前の玄室には入れると思う。あとは、つむぐ柑奈かんなで」

「分かった。だからちょっと休めって、なんかスゲー顔してるぞ」

「ふみっち、リーダーをおぶってあげて。先を急ごう」


 意見の割れた二人がにらみ合い、俺は片手を上げてそれを制した。


「今は柑奈が正しい。文城ふみき、頼むよ」

「うんっ」


 文城に背負われたまま、湿った空間を素早く通り抜け、瞬く間にスライムとカビ人間を切り捨てた紡が、先に立って様子を見に行く。

 その手にした剣に淡く輝く光が、例の結晶を使ったものなんだろう。

 階段フロアにたどり着くと、俺は地面に降りて、先を見据えた。


「じゃ、ちょっと待っててくれ」

「待ちなさいよ! 一度でそんな状態なのに、二連続なんてムチャだって!」

「始めから、こうするつもりだったんだ。最後の作戦じゃ、俺は役に立たないしな」


 第九階層、通称『配備センター』。

 金属鎧のゴーレムたちがひしめいて、しかも扉や壁、天井や床に警報装置が満載というおまけつき。

 ここまで体力と神経をすり減らした連中を振るい落とす、十階層前の難関だ。


「解除可能な警報を潰して、迂回できる道を作る。最小戦闘回数で、最後の階段フロアに入るんだ」

「……分かった。無理だと思ったら引き返せよ。ゴールさえ分かれば、後は全部ぶっ潰してやるから!」


 頼もしい狼の声に頷き、背を曲げて一気に走り出す。この体型になった今、二本足より四本足の方が素早く動ける。

 俺はネズミだ。一匹のネズミ、地面を這いずって、おこぼれを拾う。

 それでいい。むしろこの体に転生できたことを、感謝したいぐらいだ。

 限界まで時間停止は使用しない。思ったより体力が減るし、回数制限がいつきれるかもわからないからだ。


「まずは、こいつからだな」


 目の前に横たわるワイヤー。ここのトラップの解除法は頭に入れてある。持ち込んだペンチと接着剤を使って根元を止め、刺激しないように、切断。

 長めに伸ばした部分に鉛筆を括りつけ、張力を保ちながら、くるくると巻き取って固定してやる。


「この能力、マジでシーフ向きじゃないか?」


 危険物のマーキングにトラップの検知、解除に使う消耗品。

 文房具の利用法から外れるが、使えるどころか、立派に頼れる相棒だ。


「さて、次も頼むぞ」


 慎重にその場を離れながら、俺は次の仕掛けへと向かった。



 騒々しい撤退戦が目の前で終了し、鉄竹のカーテンが、俺たちの安全を確保した。

 前衛の二人がぐったりと座り込んで、分厚く守りの壁を仕掛けた猛禽の少女が、安堵と共に壁に寄りかかる。


「み、みんな、ご飯にしよう! 何がいい?」


 大急ぎで敷物を広げて、食事の準備を始める文城の周りに、みんなが集まってきた。


「ガーリックチキン! 食い終わったらおかわり頼むわ!」

「ツナマヨ食べたーい。あと煮卵の奴ー」

「梅干しと昆布をお願いできますか」

「ステーキ弁当ぉ。肉がぁ、スタミナが足りねぇ……」


 そのまま、誰一人まともに会話も交わさず、ひたすら食事を詰め込む。

 一段落付くと、最初にひっくり返ったのはつむぐだった。


「くそー、きつかったぁ。トラップ解除の時、マジで役立たずだもんなぁ、オレ」

「その分、最後はきっちり決めなさいよ。あんたが鍵なんだから」


 平静を装っているが、柑奈かんなの言葉からも毒舌がなりを潜めている。


「だいぶ時間も押していますが、やっぱりここで宿泊ですか?」


 しおりちゃんにも、疲労の色が濃い。彼女がメインパーティに入れないのは、体格的に体力不足だからなんだろう。


「乙女さんには悪いけど、一応、ビバークの可能性も伝えてあるし。明日の朝六時出発を目安にして、休息に充てよう」


 俺の宣言で、全員がホッとしたように相好を崩す。その中で、文城はザックの底から、木箱を取り出してきた。


「こ、これ、乙女さんが持たせてくれたやつ。みんなが、疲れてる時にって」


 蓋を開けると、中身は綺麗に焼き上げられた焼き菓子が並んでいた。まさか、こんな場所で甘いものが食えるとは。


「おおー、マジかぁ。こんなの久しぶりに見るぞ」

「これ、ムーランの主力商品でもあるんだけどね? あんたがドカ盛り定食しか注文しないからでしょ」

「折角ですので、お茶を入れますね」


 取り出されたのは、結晶を燃料にするポータブルコンロ。その上に小鍋を掛けると、いくつもの草を入れて煮立て始める。


「いい香りなんだけど、それも魔界の植物とか言わない?」

「カモミールベースのハーブティです。これに入ってるのは、普通に大丈夫ですよ」

「うわあ、普通に大丈夫って言葉が、超怖いよー」


 それぞれのカップにお茶が注がれ、和やかな雰囲気が流れていく。今日は一日、色々あったけど、どうにか誰も欠けずにここまでこれた。


「明日はいよいよプラチケかぁ。興奮して寝られないかも、オレ」

「でも、今回はいいとして、次からは大変だよ? あたしたち『滞留許可専用クエスト』を使えなくなる」

「……どういうことだ?」


 状況を一番理解している文城ふみきが、苦笑しつつ説明を口にした。


「自力でプラチケを取れない、取ったことのない人がいるパーティを、優先して入れてくれるクエストだからだよ。僕たち、プラチケが取れたら『自力で取れた』って、実績がついちゃうから」

「あ……そういうことか……」

「だから引率屋さんも、『滞留許可専用クエスト』を狙ってスケジュールを組むんです。依頼者の滞留を助ける代わりに、確実に自分たちもチケットを狙えますから」


 今日、ダンジョンを体感してみたが、階層ごとの癖が強すぎて、ゲームのように登れるような気がしなかった。

 しかし、日取りを打ち合わせて、内部構造を知っている『引率屋』がアタックチームを組んで列を成せば、内部での危険を極力減らせるだろう。


「一階のスカベンジャーハントに、現地シェルパを雇って進む、ヒマラヤ登山みたいな十階攻略。なるほど、ゴブリンPがここを、街の中心地って呼んだ意味が分かったぜ」

「そうですね。プラチナチケットを中心にした経済、そこから外れて生きるのは、難しいと思います」

「今回はどうにかなるかもだけど、次は分からない、かぁ」


 まったく、ちょっと考える時間ができると『杞の国の人』になっちまうのは、人の性なのかね。

 俺は手を打ちあわせ、湿っぽくなった全員の注意を引いた。


「まずは明日のプラチケを取ることを考えよう。その後は」

『その後は?』

「プラチケ自力ゲット、おめでとうパーティだろ!」


 それぞれの目が輝き、笑顔が戻る。


「次の更新は三か月後で、対策を取る時間もある。今回の経験も生かしていけば、もっと効率よく行けるさ」

「そっか。オレ、このパーティなら探索にこれんじゃん! うおお、燃えてきたぁっ!」「あたしを呼ぶのはいいけど、三階の対策はしっかりしてよね。あと、四階のアレ、次やったら、今度こそ処す」

「そろそろ、私もどこか専属のパーティに入りたかったので、嬉しいです」


 プロジェクトの円滑な運営は、必ず明確な『終わり』を見せることだ。同時に、それぞれのモチベーションを理解し、本人の欲望を刺激してやる。

 少なくとも、ここにいるメンバーは同じ目標と、よく似たモチベーションがある。


「そろそろ寝ようぜ。最後の詰めを誤らないようにな」


 それぞれが持ってきた寝具にくるまり、それほど広くない空間で眠りに入る。

 俺はコンロの『火』を落として、壺を取り上げると、そのまま文城の隣に座った。


「ほれ、残った分、飲んじゃってくれ」

「……ありがと」


 注がれたハーブティを、背中を丸めて舐めるネコ。それでも、何も言わない。

 言いたいこともあるし、何を考えているかも想像がつく。それでも、こっちから言うつもりもない。

 俺から見える『文城の現状』と『あるべき姿』を口にすれば、思考の誘導に繋がる。

 そうやって『上司の欲望』を強制すれば、そいつは必ず『壊れる』。

 かつて俺も間違ったことがあるし、上に立つ人間が、誰しも陥る間違いだった。


「もう、寝るね。おやすみなさい」

「……ああ。おやすみ」


 あいつには時間が必要だ。

 生きるか死ぬかなんて切迫の中で、進退を選ばされるなんて、間違ってる。

 そのまま資料を片手に、階段の中途に座って、内容を読み返し始める。

 誰も死なせず、無事に目的を達成するために。

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