8、アンダンテ、もしくはポコ・ア・ポコ

 五階のフロアボス、巨大結晶ゴーレム『センチネル』。

 数メートルはある斧槍ハルバードを振り回し、驚くほどの素早さで動く、間違いなく強敵のはずの存在。

 それが、たった二人に、翻弄されていた。


「回転、烈風斬っ!」


 竜巻のように体をひねり、巨人の右すねに深々とめり込む剣の一撃。もちろん特殊能力など一切ない、純粋に物理の攻撃だ。

 痛みも苦痛もない巨像は、無理やり足を引き抜き、荒々しく足踏みする。


「地団駄踏んでる場合ですかぁ、ご主人様ぁっ!?」


 叫び、走り込み、敵の体を蹴りつつ駆け上がる。

 そして、結晶の顔に向けて、両手の銃を撃ち続ける柑奈かんな

 機械の体は、銃撃時の反動を完全に消し切り、ヒトには不可能な、連続精密射撃を約束する。

 のけぞり、よろめき、それでも巨像は片手にした武器を、地上ではい回る虫のような連中を薙ぎ払おうと、振りかぶった。


「おせえよ」


 まるで縄跳びでも飛び越えるみたいに、暴力的な一撃を避けながら、腰だめの突きが腹部に向けて叩き込まれた。

 衝撃を喰らい、水晶の体が地面に叩きつけられ、


「本日のスペシャルサービス、鉛玉で描くハートマークです。たっぷり喰らってね」


 顔の上に飛び降りたメイドが、豪雨のような銃弾を撃ち込み続ける。背中から蒸気が立ち昇り、擬態の解けた青黒い肌が真紅に染まる。

 そして、決定的な粉砕が、ゴーレムを完全停止させた。


「終わったぜー、みんな。あ、俺の鞘、サンキューな」


 傷一つない姿でへらりと笑うと、紡は俺が差しだした鞘に剣を収め、一息ついた。


「あのさ、つむぐ?」

「うん?」

「お前、マジで強いんだな」


 その瞬間、白い狼の顔が、満面の笑いになった。


「ありがとな! まあ、俺ってば聖竜天狼騎士団の団長ですからね、わははははは!」

「いや、それはむしろ言わない方が……まあ、いいか」


 そういえば、と見回せば、ゴーレムの側で立ち尽くす柑奈。その身体からは、未だに白い煙が立ち昇っている。


「まさか、オーバーヒート?」

「ああ。あいつ、全力でやると、ああなるんだ。五分戦って十分ダウン。だから、冒険者稼業、できなかったんだよ」


 考えてみれば、無限に弾倉を取り出し続けられる、機械の体を持つ存在なんて、戦闘系のギルドなら引く手あまたのはずだ。

 メイドは本人の趣味だろうが、弱者互助中心のギルドに所属するうま味はない。

 このパーティにいる連中はなにかしか、『世間からはみ出す要素』があるんだな。

 

「……ああ、最悪。視界がジャギってるわ……」


 普段ならすぐさま展開する擬態もせず、ぎこちない動きで柑奈は姿勢を起こした。


「体はどうだ? かなり無茶したんじゃないか?」

「へーき、自己修復があるから。時間はかかるけど、壊れはしないよ」

「そうか……でも、無理はするな」


 ここらが節目だろう。

 俺は荷物を降ろし、宣言した。


「休憩する。飯にしようぜ」



 それぞれの弁当を手にして食事をする様子を、俺は失礼にならない程度に眺めた。


「いやー、今日まで修業してきたかいがあったわー。二度とここには入れないもんだと思ってたからな―」

 

 三つ目の焼肉弁当を食う紡。食欲旺盛、問題なしだ。


「そういえば、つむぐさんの修業とは、どういうものなんですか?」


 まげわっぱのような容器の、シラスと高菜の小弁当をゆっくりと食べるしおりちゃん。

 小食なのは小柄な体型のせいだろうけど、こっちもたぶん問題はない。


「あれでしょ、なんかでかい丸太避ける奴とか。でかい岩をひたっすら叩く奴。漫画のキャラかなんかなの、あんた」


 シーフードピラフを食べる柑奈。有機体摂取ができるロボって、動力を想像するのが怖いんだけど。今は気にしないでおこう。


「師匠……いや、師匠って呼んじゃいけないんだけど。ともかく『お前は集中力がスゴイから、単純な練習をひたすらやれ!』って言われたんだ! つまり、俺最強!」

「……まあいいわ。どしたの、ふみっち?」


 少し離れた場所に座る文城は、食べかけの塩カルビ弁当を、物憂げな眼で見つめた。


「ごめん……おなか、調子悪い」

「え、嘘!? 大丈夫!?」

「ちょっと、いいでしょうか」


 素早く自分のポーチから瓶や小袋を取り出し、問診を始めるしおりちゃん。

 頷きながら、最終的に小瓶と丸薬が処方された。


「おそらく、緊張から来るストレス性の胃痛かと。こちらの丸薬と、あとはこっちのシロップを飲んでください」

「う……うん」

「おお、かいがいしい……」


 その場で横にならせると、俺は文城ふみきの頭を軽く撫でた。


「おつかれさん。ここまでなかなか大変だったよな」

「ごめん、なさい。僕、足引っ張っちゃう」

「いやいや、昨日まで荒事と無縁だったのが、こんなキツキツの世界に来たんだぞ? ここまでついてきてるだけで――」


 いや、そうじゃないな。


「――緊張が腹にくる奴って、呼吸が浅い傾向があるって、知ってるか?」

「……知らない」

「腹具合が収まってからでいいから、腹式呼吸するようにしてみてくれ」


 俺も、仕事が詰まると息が浅くなって、全身に疲れが溜まりやすくなってたからな。先に辞めちゃった先輩が、新人の頃の俺に教えてくれたことだ。


「鼻から息を吸って、腹を膨れさせるようにしてから、腹を絞りながら口から息を吐く。その時、吸う時に四つ数えて、終わったら息を止めて四つ数える。それから息を吐きつつ四数える。これを繰り返すんだ」

「う……うん」

「まあ、今は何も考えずに目を閉じとけ。何なら寝ちゃってもいいから」


 そんな俺たちの会話に割り込むように、ぐうぐうという、いびきの音が聞こえた。

 食うだけ食って眠くなったのか、背負い袋を枕にして、紡が大いびきをかいている。


「ということで、全員仮眠にするぞ。見張りは俺」

「あたしがやるわ、寝る必要が無いし。リーダー、あんたも寝てなさい。いいわね?」

「アッハイ……んじゃ、二時間ぐらいで」


 ジト目で睨みつけられ、おとなしく仮眠の姿勢になる。俺もあんまり飯食えてなかったのを、見られていたらしい。

 この体になって初めて、肉の脂がキツイと感じた。

 状況をチェックして、罠を調べ、士気を落とさないよう声を掛け続けることの難しさ。

 緊張が、俺の体を縛り上げてる感覚だ。


「ゆったりのんびりまったり、でもしっかり。か」


 口に出すのは簡単で、なかなか実行するのは難しい、ギルドのモットー。

 そういえば、まだ正式に加入するとは言ってなかったっけ。



 ――気が付くと、俺の枕元に文城ふみきが座っていた。


「あれ、ごめんな。だいぶ寝こけたみたいだ」

「大丈夫。それと、はい」


 差し出されたのはおにぎりの包み。ああ、これもコンビニ弁当のカテゴリだから、範囲に入ってるのか。


「普段は出してなかったよな、これ」

「お弁当とセットにして売ってるんだ。あとは、自分で食べる用だけ」


 そう言いつつ、本人も鮭おにぎりをもぐもぐ食べている。


「食欲戻ったか。もう大丈夫そうだな」

「うん……ごめんなさい」

「いや、お前のおかげで、俺も休みが取れたよ。ありがとな」


 立ち上がると伸びをして、体をほぐす。ひと眠りしてスッキリ目覚められるとか、いつぶりだろうか。

 模造人モックレイスの頑健さに感謝しつつ、皆をまとめて行動を再確認する。


「あと五階層だ。油断せずに行こう」


 ほどよい緊張と意気込みを見て取ると、俺は次の階層への階段を踏んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る