6、つぎはぎ探索者、出発

 店に帰り着いたころには、すでに必要な荷物は揃っていた。

 柑奈かんなは自前の体が武器防具だったし、つむぐも自宅から長剣と革鎧を持ち込んで、今日は店で寝ることにしていた。

 俺たちが他のダンジョン探索者と違うところは、食料を持ち込まなくて済むこと。栄養は偏るけど、出先であったかいものが食えるんだから、文城ふみきの存在は大きい。

 昨日よりも早めにみんなが寝に入ってしまうと、後に残されたのは乙女さん、それからじっとこっちを見つめる文城だけになった。


「孝人君、ちょっといい」


 彼女はカウンターの内側を漁って、掌に収まるくらいの何かを差しだしてきた。

 とはいえ、大人の女性の手よりも小さい、ネズミの俺にとって、それはかなりかさばる代物と思えたけど。


「これ……時計ですか?」

「『永久の金時計』って言ってね。大げさな名前が付いてるけど、ねじを巻く必要も電池を交換する必要もない、って程度のものよ」

「上の階で手に入る、トレジャーなんだって。でも、どうして」


 金色の懐中時計は、閉じられた蓋の奥で静かに時を刻んでいる。

 彼女は竜頭と呼ばれる、ねじを巻くパーツを指さした。

 よく見る平たい円筒形のものではなく、大振りで歪んだ形状の飾りが、目立つ形で付いていた。


「以前、ある人から貰ったのよ。お守り代わりに、持って行って」

「もしかして……何か特別な力がある、とか?」

「ちょっとお耳を拝借」


 そうして囁かれた言葉に、俺たちは目を見開いた。


「ね、すごいでしょ」

「……それはそうですけど、何か副作用とかは?」

「特には聞いていないわ。でも、回数制限はあるみたい。わたしもなんどか使ったことがあるから、過信しないでね」

 

 こりゃ、とんでもないものを貰っちゃったな。無くすと嫌なので、付けられていた金鎖を使って首から下げる。


「単なる時計としても使えるから、ダンジョンでも役立つはず」

「何から何まで、ありがとうございます」


 何か言いたそうにしていた乙女さんは、それでも笑顔を残して背を向けた。


「もう寝ておきなさい。寝不足の頭じゃ、大変なことになっちゃうから」

「はい……おやすみなさい」

「お、おやすみ、なさい」


 そのまま店を抜け、黙って部屋まで歩く。

 踊り場に差し掛かったところで、俺は文城に向き直った。


「何か言いたいことがあるんだろ?」

「……僕、結局、なにもできてない」


 その言葉は予想していた。そして、その内に秘めた気持ちも、なんとなくわかる。

 ブラックな案件、そのど真ん中でやらかした本人が、人に尻拭いをしてもらうしかなくなった時、よく見た表情だ。

 はっきり言って、やる気のある連中を諫めるより、もっと大変な『爆弾』だ。

 

「僕が悪いのに、僕には何も」

「悪いのはお前じゃない。契約を破った磨平の方だ」


 まずは事実関係の解体で、心労を軽減する。


「仕事を請け負っておきながら、自分の都合で勝手にキャンセルしたあげく、依頼料まで奪ってったんだぞ。これが日本なら、実刑がつく犯罪だからな?」

「……でも、僕の問題なのに」

「お前はお前の及ぶ範囲で、解決法を探しただろ。乙女さんの言う通りにしたから、こうやって対案を出す時間も作れた。何も間違ってない」


 全力で肯定してみるが、表情は晴れないままだ。

 ほんとはじっくり話を聞いてやりたいし、軽い仕事を任せたりして、自信を回復する時間も作ってやりたい。

 でも、余裕のない今、できることはほんのわずかだ。


「それなら、明日からの冒険、俺の指示に従ってくれ」

「……そんなことで、いいの?」

「人間って、思う以上に『言われたこと』って、できないんだよ。勝手に解釈したり、早とちりしたりしてさ」


 いやほんと、マジでそういう案件多いからな。返事ばっか良くて、仕事が中途半端だったってヤツはごまんといるし。


「あと、俺がしょっちゅう荷物を降ろすことになるから、その時は頼む」

「……うん、分かった」

「今回の冒険、誰一人欠けても困る。いらない奴なんて一人もいない」


 それは、本心以上の言葉だった。

 俺は何度、こんな思いを抱えて、部下や同僚と向き合ったろう。

 俺があの日の朝、あんな馬鹿な真似をした理由。取りこぼすまいとした、何もかもが零れ落ちていくことに、耐えられなくなったからだ。


「お前もその一人なんだ、文城ふみき。それだけは、忘れないでくれ」


 言ってから、俺は後悔した。

 目を見開いて、不安そうに硬直するネコの顔に、すべてを冗談にしてしまいたくなる。

 それでも。


「俺からは、それだけだよ。おやすみ」


 言うだけ言ったら、後はやるだけだ。

 余計なことを頭から追い出し、俺は寝床へと向かった。



 出発の朝がきた。

 薄暗い部屋で目を覚ますと、俺は起き上がって頬をはたいた。


「よし、いっちょやるか」


 枕元に準備はしてある。ポケットの付いた皮のジャケットを羽織り、腰にはベルトポーチを締める。

 貰った金時計は服の内側に、専用の靴はさすがに無理だったから、足全体に布を巻いて保護をしておく。


「おい文城ふみき、そろそろ出るぞ。いい加減起きろ」


 いつもなら、むにゅむにゅ言いながら寝そべる文城も、地面から体を引きがはがすようにして起き上がる。

 眠いけど、それでも、というしかめっ面で。

 文城の方も俺と変わらない服装。違うのは、短めの小剣が腰に吊られていることだ。


「その剣どうしたんだ? 買ったのか?」

「んー……ずっとまえ、来た時ぐらい、がんばった、の」


 寝ぼけつつも、ハッキリ受け答えするネコの背中は、いつもよりしゃんとして見えた。


「でも、ダンジョン、怖かったし。僕、お弁当しか出せないから。運動苦手だし」

「じゃあ、今日は今までできなかった分、たっぷり冒険しようぜ!」

「……うん」


 大きな腰を軽く叩き、先に立って歩きだす。すでに起きている下宿の連中が、こっちを気づかわし気に見ていたが、あえて無視した。


「おはよう、二人とも」

 

 すでに乙女さんはカウンターに入っていて、テーブルに五人分の朝食が載っている。

 その端っこに座って、手にした資料をチェックしているのはしおりちゃんだ。

 せわしなげに動く猛禽の目が、こっちを見ると柔らかく緩んだ。


「おはようございます。孝人さん、文城さん」

「おはよう。だいぶ早いけど、ちゃんと寝られた?」

「はい。体調も問題ありません。それと、これを」


 手にした資料を受け取りながら、俺と文城も席に着く。俺の渡した鉛筆を使って、綺麗な文字が書き連ねられている。


「すごいな、さすがダンジョン研究者。文字もきれいだし見やすいよ。あっちじゃ、なにかの専門職だったとか?」

「いえ。わたし、中学二年生でした」

「え……あ……そっか、ごめん」


 なんでもない、という笑顔で、彼女は専用のカップに口を付けて、あったかいスープを飲んでいる。今後、相手の前世は、うかつに詮索しない方がよさそうだ。


「えぇー、ふみっちがあたしより先に起きてるー!? うっそ、どんな魔法!?」

「うああ、ねみいぃ、目があかねぇ、だれかぁエナドリもってきてぇ……」


 驚きつつやってくる柑奈かんなと、大あくびで後に続くつむぐ

 それぞれが席に着き、置かれた軽食を口に入れながら、互いを見かわした。


「みんな、忘れもんとか、体調で気になることはないな?」

「問題なーし。システムオールグリーンってね」

「オレもばっちり、道中の敵は任せとけ!」

「私も大丈夫です。安全に気を付けて、がんばりましょう」

「ぼ、僕も、がんばるから!」


 全員の意思を確認すると、俺は提出書類を自分のザックに収めて、玄関へ向かう。

 

「それじゃ、『パッチワーク・シーカーズ』出発だ!」


 

 街の中央にそびえる『塔』は、その周囲を頑丈な壁と柵で仕切られている。入り口は東西南北にひとつづつあって、検問が敷かれている。

 俺は門衛のゴブリンに近づくと、手にした許可証を手渡した。


「『ムーラン・ド・ラ・ギャレット所属:パッチワーク・シーカーズ』確認しました。お通り下さい」


 この周囲だけは、芝生が綺麗に敷かれていて、塔までに白い石材で道が続いている。

 独特の美意識というか、何かのこだわりめいたものを感じた。


「そういや、ここのゴブリン連中、ビックリするぐらい『ゴブリンっぽくない』な」


 緊張をほぐすために、軽い話題を振る。

 さして興味のなさそうな柑奈は肩をすくめ、文城と紡は軽く振り返りながら同意した。


「顔こそおっかねえけど、言葉遣いも丁寧だし、敬語なんて俺よりうまいぜ?」

「街の守衛さんも、なんか普通に接してくれるし、始めはびっくりしたよ」

「そもそもゴブリンというのは、イギリスやフランスで『妖精』を表す言葉です」


 研究者肌のしおりちゃんが、俺たちの疑問に注釈をつけてくれた。


「いたずら者の森の妖精。その彼らが魔物という意味と同義になったのは、古いTRPGが由来だと言われてますね」

「ってことは、あいつら、そのTRPG? から生まれたってことなのか?」

「んなわけないでしょ。そこは、何で連中が『地球での呼び方』を使ってるかって言うべきじゃない?」


 そう言えば、ゴブリンPも『汎世界語』がどうとか言ってたな。

 となれば、考えられることは。


「おそらく、翻訳問題だろうな。連中には連中の呼び方があるが、俺たちにとって分かりやすい概念が『ゴブリン』だから、合わせてくれた。とかな」

「こちらへの友好を、態度でしめすためですね。私も孝人さんの意見に賛成します」

「そもそも、なんであいつら、地球の言葉とかゲームの事とか知ってんだよ」


 紡の指摘は、俺たちすべての根源的な疑問だ。

 使われている言語も、集められた者たちも都合がよすぎる、まるでゲームかラノベみたいな話だ。そういう概念に添うよう、デザインされた箱庭。


「なんかの実験とか儀式とか、そういうんじゃないの? よくあるでしょ、そういう話」

「えー、だとしたら最後にオレら、ヒデエ目にあうじゃん。やだなー、考えないようにしてたのに」

「そ、そうなったら、どうしよう」


 おっと、脱線して『空が落ちてくるかどうか』なんて話が始まっちまった。

 落ちてくるのはでかい花びらだし、今、気にするべきはそっちじゃない。


「いつか来るかわからんイベントより、目の前のクエストに集中しろよ」

「そうですね。まずは、私たちの冒険を乗り越えましょう」


 未来の展望よりも、目先の生活だ。

 俺たちはどこまで行っても庶民、まずは着るモノと飯と寝床の確保。その余りで、世界のことでも考えるさ。


「先に来てた連中、みんな入ったみたいだぜ」

「じゃあ、コバンザメと行きますか」


 塔の入り口は南側に一つ。門衛はいないが、開閉は自動だと聞いている。

 俺は武器代わりの棒を軽く確かめ、重そうな扉に手を掛けた。

 

「おお……」


 音もなく滑っていく分厚い門扉。その向こうは薄暗く、石壁の通路が広がっている。


「暗順応に気を付けてください。模造人モックレイスの体は人よりも優秀ですけど、いきなり動くとケガの元です」


 しおりちゃんのフォローに頷き、俺は目をしばたたかせつつゆっくりと中に入る。

 全員が侵入すると、背後の扉が音もなく閉じた。

 そして、あちこちから聞こえてくる、叫び声。


『そっち行ったぞ! 気を付けろ!』

『あぶねえ! 囲む時は右回りだって!』

『違う、お前が逆なんだよ! あ、やめろこっちが射線にうわあっ!?』


『や、やっぱり駄目! 怖い、もう帰る!』

『稼ぎに来たいって言ったのお前だろ!? 馬鹿、逃げんなって!』


『っしゃ! 一機撃破!』

『決めてる場合か! こっち助けてくれ!』


 そして、行く先の十字路から、涙と鼻水を流して、棍棒を抱えた白い兎の子が、わき目もふらず駆けてくる。


「うおっと!?」


 その後から、彼女の仲間らしい何人かが扉を抜けていき、俺たちは顔を見合わせた。


「……俺たちは、ああならないようにしような?」

「う、うんっ」

「んじゃ、俺とメイドが前衛。後ろは孝人が頼むぜ」


 さすがに慣れているらしく、二人は自ら前を買って出る。俺が一番後ろに入って、しおりちゃんと文城ふみきが真ん中だ。

 前を行くみんなに悟られないよう、息を整える。

 これから始まるのはゲームではなく、命を掛けた冒険だ。

 しかも、俺が判断を間違えば、この中の誰かが、あるいは全員が死んでしまう。


孝人こうとさん」


 少し歩調を緩めて、しおりちゃんが背中を近づけてくる。


「私たちがいます。一緒に、文城さんを助けましょう」

「……悪い。ありがとね」


 頷くと、自分の後頭部を拳で小突く。

 それから、迷わずに前を見据えて歩き出した。

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