第六章

Episode.24 disturbing news

 朝、目覚めたフレアは、目元をこすりながら体を起こすと、ふとベッドの周りを見回した。


 (なんか今、大事な夢を見てた気がするのに、なんだろう…ぜんぜん思い出せない)


 思い出さなきゃいけない気もするが、普段夢を見た記憶がほとんどない熟睡体質のせいか、頑張っても無理だった。

 午前中の授業を終えて、昼休憩の時間となった。あいかわらず大賑わいの大食堂で、今日はチーム・スカーレットだけで昼食を取っていた。さっきから周りの見知らぬ生徒がチラチラ見てくるのは、五人ともがお揃いの大きなガーゼを頬に当てているからだ。その下は一日経ってもひどく腫れ上がったままである。

 フレアはグラタンをスプーンですくい、口の前に運んでくると、あーあーと口を開こうとして、ドサッとテーブルに突っ伏した。


 「ダメだ…!痛い」

 「ほんとそれ」


 真向かいのエレーナも持ってきた食事には手をつけず、ガーゼの上から腫れた部分をちょんちょんと触って痛そうに顔を歪めている。


 「あの鬼教師、加減ってものを知らないのかしら。おまけに、勝手に治したら連帯責任でもう一発ずつ全員を殴るときたわ」

 「う〜ん…。この腫れ、いつ治るのかしらねぇ」


 シャウリーも困ったように頬に手を当てている。学年一の美少女でさえ、ブレイドの許容の範囲外だったらしい。

 フレアは斜め向かいで口にスープを流し込むデメトリアを見た。


 「デメトリアは平気そうだね」

 「食べなければ力が出ない」

 「確かに…。といっても、この中で一番可哀想なのは――」


 皆がシャウリーにつられてフレアの隣に視線をやった。そこには両頬がパンパンに腫れ上がった、ハムスターならぬローズがいた。ローズはろくに口を開けられず喋ることもままならないため、大好きなご飯を目の前から取り上げられた子どものように大量の涙を流していた。何度見ても痛々しい哀れな姿に、チームメイトも言葉が出ない。

 なぜローズだけがこんな状態かというと、一人一発のはずが、彼女はブレイドが犬猿の仲とするアッシュ・ブレッドの娘ということで特別に二発食らわされたのだった。

 

 「あのあと、ローズのことを知ったアッシュ先生がブレイド先生に斬りかかって、教員塔は一時騒然としたそうよ」

 「やりかねないねえ」


 フレアは殺人鬼のような目をした灰色髪の姿を思い出し、エレーナと顔を見合わせうんうんと頷く。


 「ワァーオ、めちゃくちゃ痛そー」


 一瞬の間を置き、自分たちのことを言われてるのだと気づいたフレアたちはパッと振り向いた。フレアの斜めうしろの通路に片目を隠した黒髪にピアスという印象的な人物を合わせ合計五人がこちらを見ていた。


 (チーム・ヴェールの人たちだ!びっくりした)


 クラス・ミラージュで、チーム・エンブレムに次ぐ強いチームだ。さっきの声は、そのリーダーであるユテク・アーカインのものだった。

 隙間からアラン・ルーガンが顔を出し、真面目な顔で心配する。


 「クラス・イグニートの人たちがブレイド先生に殴られたって聞いてたけど、うわさは本当だったんだね」

 「ここに来るまでの間、あんたらと同じようにガーゼをしているヤツを見た。クラス・イグニートだとすぐに分かるな」


 タンザナイト・シスターが眉毛をぴくりとも動かさずに言う。


 「っていうかぁ〜」


 ネモ・ドールは片手に食事を載せたバッドを持ったまま、唇の片方を上げふふんと笑った。


 「学年一の美少女までやられてるってどーゆーコトー?ブレイド先生にとってはいくら顔が良くても関係ないんだあ〜」

 「心配してくれてるの?まあ嬉しい」


 シャウリーは顔の横でやんわり手を合わせ、ニコニコした。


 「…痛々しいね」


 ゼムはローズのとなりを避けてその横の空いた席に座る。ローズは恥ずかしそうに肩で顔を隠すようにサッとうつむいた。代わりにエレーナが答える。


 「ローズは喋れないのよ。一人だけ二発殴られたせいで。アッシュ先生の娘っていう理由だけでね」

 「…へえ」


 ゼムの目の色が一瞬にして変わった。


 「そんなら俺は、ここ失礼させてもらうとしますか」


 ユテクはフレアの隣の椅子を引く。フレアは少しだけ右に詰めてあげた。彼以外のメンバーも近くの空いたところへ移動していく。


 「そいつ手癖悪いから気をつけなネー」


 ネモがフレアのほうを振り返りながらケラケラ笑った。フレアは目をぱちくりさせ、エレーナに小声で聞く。


 「今のどうゆう意味?」

 「女に手を出すのが早いってことよ」

 「ああ〜」

 「おい、ネモ。おかしなことを吹き込むのはよせ。俺はあくまで女の子に優しく振る舞ってるだけだ。フレアちゃんがビビっちまうだろうが」

 「あいあい。言ってろー」

 「あはは…」


 ピロロン、ピロロン。会話が一瞬途切れたところに、ニュース速報の音が流れてきた。カウンターの上に等間隔で三つ設置された、大画面のテレビからだった。


 『たった今、情報が入りましたことをお伝えします。西のアスタンブールで災害レベル3の偽神が発生しました。また、その二時間前にもセントブリアンで災害レベル2の偽神が町の住民を襲い、常駐のゴッドブレイカーが対応したということです。この被害による死傷者の数は現在確認中です。繰り返します…』


 多くの生徒が神妙な面持ちで大画面に見入っている。ネモはさくらんぼの実を口にくわえ唇から飛び出す柄を上下に動かした。


 「まひゃ?ひのうもひゃなかったっけー?」

 「最近多い気がするね」


 アランが真向かいから食べる手を止め同意する。その横、タンザナイトはぴんと伸びた姿勢で腕組みをしている。


 「シルヴァス殿下が言っていたように、日々増加の一途を辿っているのかもしれないな」

 「俺たち学生が実戦に出る日もそう遠くなかったりして」

 「そうならなければいいね」


 誰もがユテクの冗談を軽く受け流す中、唯一、ゼムだけは冷たいまなざしで受け止めていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る