Episode.21 descendants of heroes
時は昨夜の食堂にさかのぼる。
「王国誕生の歴史?」
パンにかぶりつこうとしていたフレアは目をまるめエレーナを見た。
「つまり…シルヴァス王子といつもそばにいる四人は、この国を創った人たちのひい孫ってこと?」
「まあ、そうなるわね」
「へえ〜!なんかスゴい話。英雄の子孫が同じ学校、しかも同い年なんて、不思議な感じがする」
「そもそもこの話、この前の授業でやっていたけれどね」
「あれ?そうだっけ?」
真向かいに座るシャウリーにやんわりと指摘を受けると、フレアはきょとんとした。
「あんた寝てたんでしょ、どうせ」
「あちゃー…記憶にないやあ」
同じテーブルにはアスタたちもいて、あっちはあっちでわいわい盛り上がっているようだ。ローズとデメトリアはすぐ横にいるが、フレアたちの話には参加していない。デメトリアがコップ1杯の水を一気飲みすると、ローズは目をきらっと輝かせ、自身もまねてゴクゴク飲んだ。が、途中でうっと苦しげな顔をし、ゲホッゲホッと咳き込んでしまった。
フレアはパンに塗ったバターが溶けて垂れていくのをじっと見つめ、ふっと顔を上げた。
「活躍したって、具体的には何をしたの?」
コップに口をつけていたエレーナはごくりと一口飲み、テーブルに置いた。
「およそ百年前、人類にアトスという超常的な力が芽生え、偽神化した人たちが人間を殺戮しはじめた。まさに青天の霹靂。人々はアトスという謎の力を扱いきれず、為す術なく偽神に殺されていった。秩序は崩壊し、国は国でなくなった。いわゆるこれが、混沌の時代ね」
フレアだけでなく、シャウリーも真面目な顔をして話に聞き入っていた。
「そこで立ち上がったのが、初代国王ディファイエ・セイクリッド。彼は崩壊しきった国を再建すべく、仲間をかき集めた。そして、再建同盟の初期メンバーとなったのが、例の四大家の始祖。アロマ・フェーデル、ユクテシア・ストライク、カーディル・アーク、インドラス・ウォールよ」
エレーナはいったん話を区切ると、再びコップに手を伸ばした。
「まあ、再建といっても、結局はディファイエを国王に据えた新たな王国が誕生したわけだけれど。前身となる国の王家の血筋は偽神によって途絶えてしまったみたいだし。民衆も人々を救った英雄として、単なる庶民の出だったディファイエを歓迎したそうよ」
「そうなんだ。自分の国のことなのに、ぜんぜん知らなかった」
フレアはパンを一口ちぎったが、口に入れず、指先でふにふにした。
「礼拝堂でのシルヴァス王子、偽神による被害が深刻なこの国をなんとかしたいって言ってた。私たちとは、見てる世界が違うんだよね、きっと」
「そうでしょうね」
シャウリーが同意してみせた。
「いずれ一国を背負う
「覚悟、か」
一庶民として伸び伸びと平穏に暮らしてきたフレアにとって、それは途方もない話だ。シルヴァスがどんな思いでアカデミーへ来たのか、目的は理解できてもその奥に秘めた責任ある立場からくる重圧までは想像すらつかない。普段の姿を見るかぎり完全無欠のような印象が強いが、何も感じない人間など存在するはずがない。そういうふうに見えるだけだろう。もしかすると、四人の従者はそんなシルヴァスを最も近いところで支えているのかもしれない、とフレアは思った。
❖❖❖
――そして、現在。
他のクラスはすべてのバトルを終えていた。残るはクラス・イグニートとクラス・ミラージュの最後の一戦のみとなり、生徒および教師全員がこの戦いに注目した。
およそ三百人が1つのフィールドを囲い込み、場内はガヤガヤしていた。
「チーム・スカーレットか。確か、全員Aランク以上のチームだったな」
「アッシュ先生の娘さんがいるとこ!」
「一人Sランクがいたはず。あのちょっと怖そうな感じの…」
「シャウリーちゃんやられちゃうの可哀想〜っ」
「なんにせよ、勝負は目に見えてるな。あとは何秒持つかどうか」
フレアは大声援を送ってくれる(とくにチーム・ジャスティス)クラスメイトに手を大きく振り、チームメイトとともにフィールドのほうへ歩いていく。向かいから誰かが近づいてきた。
「ローズ」
「お母さん!」
ローズの母親、アッシュ・ブレッド。何気に、この親子が会話するところをフレアははじめて見た。アッシュは口を開こうとして、少しためらう素振りをみせる。
「…覚悟はできているな」
「うん。できてるよ」
「そうか、ならいい。さすがは私の娘だ」
「えへへ」
フレアは目をぱちぱちさせた。
娘の頭を撫でやさしい微笑みを浮かべるあの女性は、一体どこの誰だろう。ブレイドにガンを飛ばし、口喧嘩をした挙げ句、生徒を巻き込んで床を破壊しまくった人と本当に同一人物だろうか。じーっと見ていると、母性あふれる表情から一変、殺人鬼のような目つきに変わりキッと睨められた。
「なんだ貴様」
「い、いえ!」
やはり、同一人物が正解のようだ。世の中には色んな母親がいるらしい。
先に整列したチームメイトの横に並ぶ。フレアはふぅと息をつき、意を決して前を見た。
目の前にシルヴァスが立っていた。銀色の瞳をこちらに据えている。その顔立ちは氷のように冷ややかで美しく、神々しさを纏っている。外見も雰囲気も本当に同じ人間かと疑わしく、緊張とも恐怖ともつかない感覚がフレアを襲った。
右側には四人の従者が並んでいる。
シルヴァスの隣から順に、エルロッド・フェーデル、紺色の髪で、キリッとした目元の、落ち着きのある青年。
ナディア・ストライク、片方の横髪を三つ編みに束ねた短い紅髪に、勝ち気な顔立ち、騎士のような風貌がよく似合いそうなこのチーム唯一の女。
シャイデン・アーク、薄緑の髪はギザギザで背中まであり、蛇を思わせる吊り上がった細目の男。
ガラクト・ウォール、岩のような体つきの大男で、ずしりとしたハンマーを持っている。
五人は近くで見るとより迫力があり、落ち着き払った様子もたゆまぬ努力と恵まれた才覚に裏打ちされた自信の大きさを物語っていた。
よく見ると、シルヴァス以外の四人は首から皮紐のペンダントを下げている。肝心の先端は襟の下に隠れてしまって見えない。
「では、両チーム、武器をお構えください」
審判の言葉遣いも目上を敬うものとなっていた。
フレアは大鎌の柄を掴みながら、エレーナの言葉を思い出していた。9回戦目の時点でチーム・スカーレットの対戦相手が確定したため、チーム・ジャスティスの応援の合間に話したことだ。
「チーム・ヴェールのリーダーが使ってた技を覚えてる?聞けば、シャウリーも同じことができるそうよ。シャウリーにその技を使ってもらって、私たちの身体能力を底上げし、チーム・エンブレムとの力量差を埋める。パワーやスピードに関しては、これで互角に渡り合えるわ。あとはテクニック…。これはもう、実戦の中で相手のレベルに食らいついてくしかないわ」
それほどまでに格上の相手。しかし、勝ちへの望みは捨てたくない。フレアは柄を握りしめ、剣を鞘からゆっくり引き抜く銀髪を見据え、構えた。
「それでは、バトルスタートです!」
大歓声に押されて戦いは始まった。
フレアはシルヴァス、デメトリアはエルロッド、エレーナはナディアへそれぞれ向かっていく。シャウリーとローズはその場にとどまり、前者は作戦通りみんなのサポートを、後者は遠距離からシャイデンとガラクトを一度に相手する。
じっと動かず待ち構えるシルヴァスにすぐそこまで迫っている。フレアは大きく振りかぶった。
(勝つ!!)
振り下ろす寸前、銀色の残像が空を切り裂いた。
ガキンッ!キィィィンッ!!
「…え」
手元から大鎌が消え、少し遅れて遠くのほうで重たい金属物が落下する音が聞こえた。歓声がピタリと止み、敵陣に突入しかけていたデメトリアとエレーナも早々に武器を失ったフレアを見て言葉を失っている。
フレアの手は小刻みに震えていた。恐怖からではない。一発…いや、二発食らっただろうか。その衝撃で痺れが未だに取れないでいる。
今のだけでわかる。その強さはフレアたちの想像を遥か先まで超えていた。
隣のほうで動きが再開した。衝撃が抜けきらないデメトリアとエレーナに、エルロッドとナディアが剣を振り下ろす。二人もすぐさま対応し、金属音が間断なく激しく鳴り響く。
フレアはゆっくりと顔を上げ、シルヴァスを見た。彼は刃を下に向けている。
「その顔に覚えがある」
「え?」
「礼拝堂で妙な発言をしていたな」
またその話か、とフレアは正直うんざりした。
「…貴方も、私の話をばかげていると思われるのですね」
シルヴァスは顎を持ち上げた。
「貴様は普段から相手の言う事を最後まで聞かず、勝手に解釈する癖でもあるのか」
皮肉めいた言い方にフレアは一瞬唇を噛みしめたが、ぐっと我慢した。
「じゃあなぜ、いまさらそんな話を…」
「興味がある」
フレアは鋭く息を吸い込んだ。
「うそ…」
「可能性を検討するだけの価値はある」
礼拝堂ではフレアの言うことを聞いて、誰もが首をひねり、顔をしかめた。だが、あのときあの瞬間、シルヴァスだけはそうじゃなかったのだ。一度は彼に苛立ちを覚えた手前、自分を認めてもらえたような気になると、どうにも複雑な思いになってしまう。
「そして、」
手元の銀刃がきらりと光った。
「敵前で隙を見せるのは愚の極みだ」
「―――ッ」
とっさにフレアは顔をかばったが、刃から放たれた光刃は一瞬で横を過ぎ去った。狙いはその向こう、唯一武器を交えず後方にいる人物。
「シャウリー!!」
彼女はハッとし、身を守る動作をしながら早口で言った。
「“
透明な盾が出現し間一髪――ホッとする間もなくガラスが粉々に砕け散る音が響いた。
「きゃあっ!!」
シルヴァスの前において透明な盾はただの紙切れでしかなかった。華奢な身体は軽々と吹き飛ばされ、結界の外に立つクラスメイトは見えない壁がドンッと音を立てた瞬間、思わず後ろへよろめく。
フレアとシルヴァスの隣は、デメトリアとエルロッドの戦場である。
エルロッドは剣を片手に、対峙する濃緑の女が若干肩で息をしはじめた様子を見つめた。
「君は強いな。長い間修練を積んできたことが刃を通して分かる。だが、すまない。シルヴァス様が見ておられる前で、恥を晒すわけにはいかないんだ」
エルロッドが前に出ると、デメトリアも床を蹴った。前者は剣を振りかざし、後者は振り上げようとする構えを取った。ヘーゼルの瞳は相手のわずかな隙を捉え、そこに目掛けて長剣を振るい、胴体をスパッと斬り裂く。
「―――!!」
斬った箇所から水蒸気のように霧散し、やがて空中へと消えた。遅れて、まったく同じ姿形が飛び出し、斬りかかってくる。斬る寸前、刃から棟に切り替え、デメトリアのみぞおちを的確に狙った。剣を鞘に収めるエルロッドの後ろで、濃緑の長身はどさりと倒れた。
霧属性は幻術を操る。高度な使い手は、対象に五感を感じさせ、目や指の動きなど細部に至るまで本物そっくりに再現できるという。エルロッドの幻術はまさにそれだった。
さらにその隣、エレーナとナディアの戦いである。
「はぁあッ!!」
「うっ…ぐ!」
凄まじい気迫を纏った剣撃がエレーナを襲う。シャウリーの技が解けた今、それを受け止めるだけの力がエレーナにはない。一撃、二撃と食らう度、手元から短剣が吹き飛ばされた。二本目は2つの戦場を飛び越えフレアのさらに向こうへ落下した。
ナディアがエレーナを蹴り飛ばす。そのまま後ろへジャンプし、刃に赤赤とした炎を纏わせた。
「鳳凰爆炎!!」
振るった先から炎の大鳥が現れた。翼を大きく広げ、くちばしを開けて威嚇し、四つん這いになるエレーナへ襲いかかっていく。全身の痛みで動けないエレーナは分かっていても避けられなかった。
「あぁああ!!」
至近距離での爆破に巻き込まれ、衝撃でまたしても遠くへ吹き飛ばされた。床を擦過し、ぐったりとなる。ナディアは火傷と切り傷を至る所に負った身体を見下ろし、フンと鼻を鳴らす。
端の戦場。ローズ、そしてガラクトとシャイデンだ。ここが一番苛烈な戦いを繰り広げていた。
影の大洪水と大岩の雪崩が激しくせめぎ合う。ローズはいっぱいいっぱいの顔で両手を別々の方向にかざし、対するガラクトはまだ余力を十分に残していることがうかがえる構えだ。
「ディザスターの血を宿すだけのことはある。親の名に恥じぬ戦いぶりだ」
「なァに敵を褒めてんだよ」
隣のシャイデンは影により縛り上げられていた。バトル開始直後からずっとこの状態だ。その間、一度も解こうとする素振りを見せていない。
シャイデンはハアとため息をつき、嘲るように鼻で笑った。
「つーかコレ、そろそろ解いていいか?」
「!」
ローズの眼前で、シャイデンを拘束する影が急激に膨らむと、パンッと弾け飛び風が猛烈に吹き出した。シャイデンは風に乗り、猛スピードで一気に駆け抜けてくる。ローズは数本の影を操り捕まえようとするが、軽々とすり抜けられていく。
「ハッ、ムダムダ♪そんな緩いスピードじゃ、このオレは捕まえられない」
あっという間にローズの目の前まで来た。かと思えば、いきなり方向転換し、頭上を駆けていく。上向きの強烈な風に巻き込まれ、小柄な身体がブワァッと浮かんだ。
「ガラクトぉ!!」
笑い声混じりにシャイデンが叫ぶと、空中で一瞬身動きの取れなくなったローズに大岩が飛んできた。
「キャーーッ!!」
その衝撃の凄まじさは、見ている者にも十分伝わった。影を緩衝材にしていなければ、大怪我どころでは済まなかったかもしれない。
シャウリー、デメトリア、エレーナ、ローズ。全員倒れたまま動かなくなってしまった。生き残ったのは唯一人、フレアだけだ。
(みんな…)
フレアはひどくショックを受けていた。ここまで一方的にやられることを想像すらしていなかった。
「降参するならば今のうちだ」
シルヴァスが言うと、フレアは奥歯をギリッと噛んだ。
「降参なんてしない!!」
即座に武器を拾いにいく。もはや、勝とうなんていう甘い考えは捨てていた。
(せめて、一撃でも入れられれば…!このまま何もできず、ただ惨めに敗北するなんてイヤだ!)
相手が誰だろうと、悔しいものは悔しい。
フレアは武器を構え、スゥーッと息を整えた。
シルヴァスは相変わらず剣を構えず、フレアを見据えている。四人の従者も手出しする様子はない。
「はぁああ!!」
全速力で走った。だが、はじめのように何をされたかもわからないままやられるのを避けるため、今度は相手の一挙一投足を注視した。
すぐそこまで迫っているが、シルヴァスはまだ動かない。フレアは勢いのままにジャンプし、武器を大きく振りかぶった。それでもまだシルヴァスは動かない。
フレアはこのとき、取った、と思った。
次の瞬間、視界が白く強烈に光り――何も見えなくなった。
(…え?なに、これ。なんで私、暗闇の中にいるんだろう。…いや、違う。目が、開かないんだ)
混乱する意識の外部から強い衝撃に見舞われた。自分の体が硬い床の上に叩きつけられたとわかった。半分目を開けることができるようになったが、視界が悪く、焦点のズレた色のない世界で白銀の冷たい目がこちらを見下ろしている。意識がずるずると闇へ落ちていくと、世界は黒に包まれていき、完全に閉ざされる前にスッと背を向け遠ざかっていく姿が朧げに映った。
チーム・スカーレット、惨敗。
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