Episode.19 time and space

 クラス・イグニートとクラス・ミラージュ。クラス・ウォールとクラス・ブリザード。クラス・テンペストとクラス・レイニー。対戦する者同士、フィールドを挟んで向かい合い、地べたに座り込んでいる。その真ん中、つまりクラス・ウォールとクラス・ブリザードの間にモカは立ち、今回の進行役を務める。


 「じゃあさっそく、ルール説明をするわね。担任のほうがあらかじめ決定したオーダー表に沿って、チームバトルを行っていくわ。各クラス10チームあるから、計10回戦ね。制限時間は15分。それまでに相手チームを全員戦闘不能状態にしたほうを勝利とします。仮に15分経っても決着がつかなかった場合、動ける者の総数が多い側を勝ちとするわ。みんな!わかったかしら」


 はい、と元気のいい返事が返ってくる。

 モカは胸の前で手をぱちんと合わせた。


 「よし!じゃあ各自、担任の指示に従って動いてね。それじゃあみんな、がんばってね〜!!」


 笑顔で大きく手を振られると、生徒は指示どおり各々の担任に向き直る。

 サラはまるめた用紙をするする広げ、クラス・イグニートの全員に見えるよう顔の横に掲げた。


 「順番はこのようになっています。一から順に読み上げていきますね」


 暗記しているらしく、オーダー表をいっさい見ないまま、チームの名前を呼んでいく。チーム・ジャスティスは9番目、チーム・スカーレットは10番目だった。


 「自分がどのチームと当たるのかはバトル直前までわかりません。ですが、どんなチームが相手でも、最大限のパフォーマンスを発揮できるよ――」

 「俺からひと言ある」


 ブレイドがぐいっと割り込んできた。フレアたちはあんぐりとする。

 

 (まだサラ先生がしゃべってる途中なのに…!)


 サラも苦笑いを浮かべているが、文句を言うような様子はない。さすがは寛容さが取り柄の、見た目も中身も大人な女性である。

 ブレイドがこの場に立つと、サラのときと違い、生徒の空気は一気に張りつめた。


 「死にたくなけりゃあ勝て。以上」

 「絶対に勝ちます!!」


 生徒は一斉に立ち上がった。勝てなければ、一人一発の刑が待っている。もはやそれは発破ではなく脅しであり、突然の気迫に他クラスの生徒がビクッとした。


 「それでは、両クラスの担任はオーダー表を提出してください」


 サラと、向こうからはアッシュが、審判の教師のもとへ向かい、言われたとおりにする。


 「いよいよだな」

 「ああ」


 アスタは勝ち気な笑みを、フォンセは鋭い眼差しで、気合いを露わにする。


 「白銀の王子様は随分と余裕があるみたい」


 シャウリーに言われて、フレアは相手陣地のほうを見た。他の生徒が立って応援する中、シルヴァスはその奥で一人椅子に座っている。庶民にはとても手が出せないような、金装飾の赤いまるで玉座だ。後ろには例の四大家という側近が控えており、腕を後ろ手に組み微動だにもしない。


 (あれが全員Sランクのチーム。もしかしたら、当たるかもしれないんだ)


 考えただけで、ゴクリと息を飲んでしまう。


 「やあ、ローズちゃん」


 最初のチームが呼ばれてわっと盛りあがったところへ、後ろから声を掛けられた。軽く手を挙げ、眉を下げて控えめに笑っていたのは、あの保健医だ。気づいたローズは、ぱっと表情を変え、愛想良くぺこりと頭を下げる。


 「ポッドさん、お久しぶりです…!」

 「何年ぶりかなあ。見ない間にずいぶん大きくなって。相変わらずお母さんには似てないようだね」

 「お、お父さん似なので」

 

 二人を交互に見て、フレアも会話に参加した。


 「お知り合いなんですね!」

 「そうなんだ。アッシュに子どもができたって聞いて、家に何度かお邪魔させてもらってね。モカもふらっと来ては、ローズちゃんと遊んでたって聞いたよ」

 「へえ〜!チーム・ディザスターの人と知り合いなんて、ローズちゃんスゴい!」

 「す、すごいのはお母さんだよ」


 照れくさそうにローズはもじもじした。

 そこで、フレアはあっと思い出す。


 「そういえば、さっきの…。床を直していたのは何の属性だったんですか?」

 「――ああ、あれは、“時間”さ」


 フレアは身を引いてしまうくらいびっくりした。


 「時間って、あの時間ですか?もう一つの空間と同じくらい非常に稀で、10万人に1人の割合でしか生まれてこないっていう…!!」


 フレアが目を輝かせると、ポッドは恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。


 「直球に言われると、なんだか照れてしまうね」

 「さっきの技にも感動しました!あんな簡単に床を元に戻せちゃうなんて」

 「アハハ…。でも僕は基本、非戦闘要員なんだ。だから、戦いに関しては他の四人に任せっきりにしているよ」

 「どうしてですか?」

 

 ポッドは自信なさげに肩を落とす。


 「僕は運動音痴でね。体を動かすことがからっきし駄目なんだ。学生の頃はスタミナだけでもなんとかつけようと思って食らいついてはいたんだが…。そういうわけで、僕に出来るのは、さっきみたいに壊れたものを修復したり、怪我した人を怪我をする前の状態に戻すことくらいなのさ」 

 「くらいなのさって…。十分すごすぎますよ!怪我人を治すのだって、痛みが一瞬でなくなっちゃうんだから、怪我した本人だってビックリですよ」


 ポッドはぷはっと噴き出す。


 「君、面白いなあ。ローズちゃん、良いお友達を持ったんだね」

 「はい…!本当に」


 二人から微笑まれて、フレアは「?」と首を傾げる。


 「そういえばさっき、“空間”の属性の話が出てきたけど、実はいるようなんだよ」

 「いるって?」

 「君たちと同じ年に入学してきた…。確か、名前は――」


 突然、女子の黄色い声が響いてきて、何事かとフレアたちは振り返った。見ると、クラスメイトだけでなく、他クラスの女子までもが、クラス・ミラージュのほうを見てキャッキャと飛び上がっていた。耳を澄ますと、こんな会話が聞こえてくる。


 「ゼムくんカッコいいー♡」

 「キャー!こっち見て〜」


 ゼムとは誰のことだろう。フレアは一歩前へ出ると、観戦するエレーナの背中に話しかけた。


 「ねえ、エレーナ。ゼムってだれのことか知ってる?」

 「あれよ、あれ」


 エレーナは顎をしゃくって指し示す。ちょうどまっすぐ向いたところに、すらっと背の高い青年がいた。腰まで長さのある赤茶髪を後ろでひとつ結びにしている。中性的な顔立ちは無表情で、どことなく冷たい空気をまとっている気がした。


 「ゼム・ルシファード。チーム・ヴェールで唯一のランクS。属性は、空間」

 「空間!?」

 「そうそう。僕が言おうとしていたのは、まさに彼のことさ」


 ポッドはうんうんと頷いた。

 稀少な属性を持つ人がこの場に二人もいるなんてまさに奇跡だとフレアは思った。

 興味を持ったのか、ローズも例の青年のほうをちらりと見てみる。ドキッとした。なぜか青年は、ひどく驚いたような顔をして、ローズを見ていた。


 (え?え?私のこと、見てる…?なんで…)


 うろたえるローズ。後ずさりしかけたとき、右足首をぐねりとさせてしまった。


 「あ…!!」


 反射的に目をつむって痛みに耐えようとする。誰かに腕を掴まれ、倒れなかった。中途半端な姿勢のままゆっくり目を開けていくと、さっきの青年の顔が目の前にあった。


 「あれ!?え…!」


 フレアはサッサと首を動かした。一瞬で空間移動したのだと気づくのに少し時間がかかった。彼の属性を聞いていなければ、一体何が起きたのかと混乱していたことだろう。

 ローズとゼム。見つめ合う二人。ゼムのほうは、わずかに顔をしかめている。腕を引き寄せローズを立たせると、フイッと体ごとそむけた。


 「もっと気をつけたら」


 冷たく突き放すような言い方だった。

 なのに、ローズの胸はこんなにもドキドキしている。彼の体温が残る左手首の下をぎゅっとにぎりしめ、遠のく背中にポーッと見惚れた。

 

 

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