第五章
Episode.18 Gathering
――勝ちたい。
勝負の世界においてだれもが強く求める欲求だろう。例の話を聞かされて以降、各々が勝利だけを見据え、努力を惜しまず鍛錬を続けてきた。今日はその成果を十二分に発揮するときである。
城内地下闘技場。
ここはクラス対抗のチームバトルを開催するために作られた場所であり、普段は悪天候などでアトス訓練場が使用できない場合に利用されている。広さはなんと70✕25もあり横幅が圧倒的に長く、とてつもない奥行きがある。赤茶色の石タイルが床一面に敷きつめられ、天井の照明で光を反射してピカピカしている。
一年生は戦闘服と武器を身に着け、すでに集まっている。あと一クラスを除いて。
入口のほうからぞろぞろ来る気配があり、アスタは振り返った。
「とうとうおいでなすったようだぜ、お前ら」
薄暗がりから姿を現す白服の銀髪。第一王子シルヴァス・セイクリッドを先頭に生徒の集団がやってくる。クラス・イグニートの対戦相手、クラス・ミラージュだ。シルヴァスはやはり別格の異彩を放つが、後ろに控える者の数名もまたただならぬ雰囲気を纏っていた。
オーラに気圧され、クラス・イグニートの生徒から不安の声が漏れる。
「どうするよ…。チーム・エンブレムと当たったら。ぜってー勝てる気しねぇよ」
「こてんぱんにやられるのが目に見えてるよね」
「うわ…っ、チーム・ヴェールのおっかなそうなヤツと目ぇ合った!心臓に悪っ」
「おいお前ら!なに弱気になってんだよ。死ぬ気で勝つのはどうした!」
アスタが一喝するも、最強軍団を目の前にすると怖気づくのも無理はない。
と、クラス・イグニートの前にブレイドが出てくる。反対側からも女がツカツカと歩いてきた。灰色のロングストレートヘアに、小柄で目つきが鋭い。両者は互いにガンを飛ばしながら向かっていき、至近距離でピタリと立ち止まった。ブレイドは顎を突き出し、30センチも低い相手を睨め下げる。
「よお、アッシュ。お互い学内にいる割には一ヶ月前ぶりくらいに見た気がするぜ。見ねェ間にまた背が縮んだんじゃねェか?どチビ野郎」
(――え?アッシュって…)
フレアは右隣のローズを見た。ローズは胸の前で両手を重ね、不安そうに険悪な空気が漂うほうを見つめている。もはや、クラスメイトに知れ渡っている事実で、あのアッシュという見た目の怖そうな女性教師はローズの実の母親だ。
(ぜ、ぜんぜん似てなかった…!)
てっきり娘に似て優しく控えめな性格だろうと思い込んでいたフレアはあ然としたが、似てないのは外見だけにとどまらない。
アッシュは腰に差す黒刀の柄の先端に手を添えると、こちらも負けず劣らずの鋭さで睨み上げた。
「黙れ。二度と無駄口を叩けぬよう、その舌を切り取ってやる」
「ほーう?やれるモンならやってみやがれ。だが、学生の頃からテメェはそーやって言い続けているが、一度でもこの俺に勝てたことがあったか?」
「愚問だ。誰がどう判断しても、貴様より私の方が断然、
「そりゃ奇遇だな。俺も今同じことを思っていたところだ。なんなら今ここで決着をつけてもいいくらいだぜ」
え?という空気が生徒の間に流れる。
フレアもまた不穏な予感を感じ取ったうちの一人だった。
「え…、あれってまさか…ちがうよね…」
指差しながら左隣のエレーナのほうを向くと、彼女もフレアと同じく表情をこわばらせていた。
「ええ…。だって、ありえないわよ。これから、チームバトルが始まるっていうのに」
そのまさかであった。
ブレイドとアッシュはほぼ同時に武器を引き抜くと、容赦なく相手に斬りかかった。ガキィインッ!金属の割れんばかりの音が響くと、風圧を起こし、周囲にいた生徒をよろめかせた。
「うおぉおおッ!!?」
「キャアッ」
それはまだまだ序の口に過ぎない。アッシュは目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出し、ブレイドはそれを軽々と受け止め、その度に突風が生徒を襲う。
「ちょ…っ、なにこれ!?なにこれ!?」
「先生!!だれか止めてください!!」
だが、他の教師陣は相手が最強の
次の瞬間、床全体がグラグラと揺れはじめ、ブレイドの足元から尖った岩が次々と飛び出しアッシュへ迫った。アッシュは影を使って自身を押し上げ、天井に迫る勢いで高く上がると、そこから数本の影をブレイドに浴びせんとした。降り注ぐ弾丸の影はブレイドに回避されると石タイルを貫き、今度は破片の嵐が生徒を襲いまくった。
「ギャーーーッ」
「ヒェーーーッ」
「ちょっと!マジでどうにかしてくれ!!」
「だれか止めてー!!」
「痛ッ、痛いって!」
二次災害から逃げ惑う生徒たち。必死に助けを求める悲鳴があちこちで飛び交った。あれはもう誰にも止められない。そう、生徒と並の教師では――
「はいストップ!」
ブレイドとアッシュの打ち合いが止まった。いや、止められた。
彼らの間に立つのは、二人の男女。女のほうは白のレイピアでアッシュの黒刀を、男はブレイドが持つのと同じくらいの背丈の大剣で受け止めている。女――モカ・シャムロックは茶髪のボブヘアーを揺らし、端正な顔立ちでむっと唇をとがらせる。
「まったく二人とも!生徒たちの前でみっともない。ケンカするなら、チームバトルが終わったあとにしてちょうだい」
「その通りだ」
男――エルゴンドラ・ニスももともと彫りの深い強面にさらに皺を寄せ頷く。
「生徒たちを危険にさらすべきではない。お前たちはもっと、時と場所を考えて行動すべきだ」
「エルゴンドラの言うとおり!わかった?二人とも」
モカにビッと指を差されると、アッシュとブレイドは「…チッ」と舌打ちし、仕方なく剣を下ろす。
「…あの、先生」
フレアは小さく手を挙げた。
「なあに?どうしたの?」
「床が…とんでもないことに」
ブレイドとアッシュが暴れた辺りは、穴だらけで石の鋭い破片が飛び散り、大岩が飛び出したりとまったく原型をとどめていない。これでは、生徒がこれから戦うのに適した場所とは到底言えない。
モカは「大丈夫」と片目を瞑って笑った。
「これくらいすぐに直してくれるわ」
(直してくれる?)
フレアが首をひねったそのとき、モカがある方向に大声を発する仕草をみせた。
「ポッド!あとお願いね」
サッと振り向く生徒の間を抜け、げんなりした様子で白衣姿の男が現れる。
「僕の出番はまだまだ先だと思っていたのに」
丸眼鏡をかけている。彼――ポッド・アワーは、この学校の保健医だ。
「そんなこと言わずに」
「はいはい。わかったよ、モカ」
ポッドが手をかざすと、ぐちゃぐちゃの床にある不思議な現象が起きた。まるで逆再生かのごとく、無数の破片が宙に浮き繊細なパズルのように穴や亀裂にはめ込まれ、床から突き出した大岩が小さくなり引っ込んでいく。あ然とする生徒の前で、床はきれいに元通りとなってしまった。
「なにこれ…。スゴい」
一体どんな属性を持っていればこんな芸当ができるのかと、フレアは息を呑む。
「…揃った」
左隣でぽつりと聞こえた。フレアはわずかに目を開き、エレーナの横顔を見つめた。
「あれがチーム・ディザスター。史上最強の
モカ・シャムロック
ブレイド・グラスター
アッシュ・ブレッド
エルゴンドラ・ニス
ポッド・アワー
伝説の五人が一度に集結した光景を、フレアたちがはじめて目にした瞬間だった。
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