Episode.15 sorry
フレア、ローズ、エレーナは教室の床に地べたで座り、じーっとあるものを見ている。
白髪に先端が桃色という風変わりな色の、肩に触れるサラサラ髪。陶器のようにキメの細かい色白肌、綺麗な青い瞳。
どの角度から見ても完璧な美少女――それがシャウリー・アマランサスという女子生徒だ。
(かわいい)
(肌キレイ…)
(完璧だわ)
三人が見惚れるのも無理なかった。現在は午後の戦闘訓練の時間であり、チーム結成後初授業となるため、はじめの一時間はチームの話し合いに割かれていた。机をすべて壁際へ移動させて広い空間を作り、チームごとに円座しているのだが、何人かの男子生徒がシャウリーのほうをちらちらと見ている。
(シャウリーちゃんと話すのはこれが初めて。まさか、同じチームになるなんて)
フレアから見たシャウリーは、男女ともに人気者で、他クラスにも多くのファンを持ち、いつも清楚に笑っているという印象が強い。そういえば、一度中庭で見かけたとき、鼻の下を伸ばして見惚れてくる男子生徒の集団に最上級の笑顔で優雅に手を振るというリップサービスをしていた。あれにはフレアも、天使が舞い降りてきたと錯覚したほどだ。
「えっと…じゃあ、始めていこっか!まずはお互いのことを紹介し合わなくちゃだよね」
多少、声は上擦ってしまったが、リーダーとして進行役を買って出なければとフレアは続けた。
「まずはシャウリーちゃんから、お願いしてもいいかな?」
「ええ。わかったわ」
シャウリーは首を少し傾け、優しく微笑む。
「これが私の、この間の能力測定の結果よ」
手元の用紙を円座の真ん中にスッと差し出してくる。爪先まで整った細長い指が引っ込むと、フレアとローズとエレーナは重心を前へ移動させた。
氏名 シャウリー・アマランサス
アトス能力値 A+
テクニック S
パワー C
スピード B+
スタミナ A
知力 A
総合評価 A
エレーナは重心を元に戻すと、シャウリーに話しかける。
「確かアトスは、“無属性”だったわよね」
「そうよ」
「入学初日の特別授業のとき、印象的だったからよく覚えてるわ。あなたの番のときだけ戦わなかったものね」
「そうなの!覚えてくれててうれしい」
シャウリーは顔の横でパチンと手を合わせた。
遡ること、入学当日。アトス訓練場の砂地に降り立ったシャウリーは、対戦相手の男子生徒に向けてこう言った。無属性の自分はサポート役で戦えないの、ごめんなさい、せめてあなたの自慢の力だけでも見せてほしいな、と。対戦相手はその切実な思いを即答で受け入れ、みんなの前で個人技を披露するという謎の時間に終わったのだ(もっとも、対戦相手は試合が始まる前からシャウリーにデレデレで、本気で戦う気などさらさらなかったように思えたが)。
「無属性は、他の属性のこと以外なら、大抵のことはできると聞きました…」
ローズから控えめな態度で言われると、シャウリーは「そうねぇ…」と考え込むそぶりを見せた。
「もしかしたら、直接見せたほうが早いかもしれない。フレアちゃん、良ければ小さな炎を出してくれないかしら」
「了解!」
フレアはぐっと親指を立て、そのまま手のひらを上向けた。ボッと炎が上がり、頬に熱が伝わる。シャウリーは人差し指を火の玉に向けた。
「“
直後、火の玉が忽然と消えた。自分の意思とは無関係に消えてしまい、茫然と手のひらを見つめる。
「スゴい…」
「ええ…。驚きだわ。他にはあるの?」
エレーナに訊ねられると、シャウリーは人差し指を頬に当て視線を右上にさまよわせる。
「んー、そうねぇ…。自慢できる技といえば、“
シャウリーはエレーナに向かってパチっとウィンクしてみせた。
「え、ええ。お願いするわ」
若干どきまぎする。
ひとまずシャウリーの番は終わった。次へ移る前に、微妙な間が空く。
フレアは少し引き攣った笑みを浮かべた。
「じゃあ!次はデメトリアさん!いい、かな…?」
デメトリアは話し合いが始まってからずっと、フレアのことをジッと見ていた。視線には気づいていたが、フレアも見て見ぬふりをするしかなかった。今もなお、まばたきを一切せず、視線をうろうろさせるフレアを暗い瞳が凝視している。
(ヒィ…!こ、怖い!)
(これは、なかなか手強そうね…)
底知れぬ不安が、チームの間に広がっていく。
❖❖❖
――ホログラム訓練施設。
ここは立体映像の偽神と戦うことができる。災害レベルは1〜4まで選べる。チーム戦の訓練のために利用することが多い。
「ンじゃあ次、チーム・スカーレット」
二階の欄干からブレイドが叫ぶ。手にはペンと、グリップホルダーが握られている。チーム・スカーレットは階段をカツカツと下りていき、鉄製の床に立つ。欄干から顔を出し見守るクラスメイトもいれば、先に終えたチームは座り込んで反省会を開いている。
「初心者はレベル1から徐々にレベルを上げていくのが定石だ。テメェらはまだ実戦経験のない小娘どもだからな。ンじゃあ行くぞ」
手元のパネルを操作しようとするブレイドだが。
「…いや、レベル3だ」
「あ?」
デメトリアの発言に全員耳を疑った。
「…は?!あんた、何言ってんの!?」
エレーナの訴えにもデメトリアは無視している。暗き炎を宿す鋭い両眼から、ブレイドは彼女が冗談を言っているのではないと悟る。
「…ほーお?まァいいぜ。が、最終的な決定権を持つのはリーダーであるお前だ」
「…え?わた、し…?」
「そうだ。さあ、どうする。リーダー」
フレアはあきらかな動揺をみせていた。
当然、答えるならレベル1だ。勝つか負けるかの話ではなく、地道に力をつけていきたいのならそうすべきだ。チームメイトもそう望んでいる。それをわかっていながら、フレアは答えることにためらいをみせた。
「フレア!!」
エレーナの強い呼びかけに、ハッとする。そうだ、迷う必要なんかない。デメトリアからの無茶な要求はリーダーである自分がはっきりと断らねばならない。フレアは思いきって顔を上げた。
「あの!デメトリア――あ…」
暗い瞳に見られた瞬間、体が言うことをきかなくなった。
―――怖い。
「あ、の…私…」
返事がなかなか来ないことにイジイジしたか、ブレイドが問いつめるように言う。
「何も言わねェってことは、レベル3でいいってことだな?」
「いや、そうじゃなくて…」
「どうなんだ?」
「あ………はい」
後ろからハアとため息をこぼすのが聞こえた。
「……ごめんっ、みんな」
不甲斐ない自分に拳を痛いほど握りしめる。本当に情けなさすぎて、チームメイトに向ける顔がない。
「…あんたは悪くない」
サッと振り返ると、エレーナが下を向いていた。
「エレーナ…」
「悪くないけど、ここは思ってることをちゃんと、言ってほしかったわ」
エレーナは喋る途中からもう背を向けており、フレアから距離を置いていく。
「…あ…あ…」
間に立つローズはどんどん遠のく背中と苦しげにうつむく顔とを交互に見て、オロオロした。シャウリーは少し離れた位置からそんなチームメイトの様子を黙って見守っている。
「戦闘訓練開始だ。武器を構えろ」
ブレイドがタッチパネルを押すと、ブンと音がして、天井の四方から光が投じられた。ほぼ透明な長方形の箱に閉じ込められた五人は各々武器を手に持つが、そのほとんどが別のことに意識を取られてしまっている。
彼女たちの眼前に、胴体部分から形作られ巨体の生き物が生成されていく。緑がかった半透明のそれは鱗のびっしりついた美しい人魚の体を持ち、顔は整っているのに鬼の形相をした恐ろしい怪物だった。イーッとした唇から上下鋭い四本の牙が覗く。
「アァアアアアッ」
女の絶叫が耳をつんざく。
デメトリアの両眼が一気に鋭さを増し、力強く床を蹴った。
「え…」
味方が一人で突っ込んでいくさまを、フレアはぼう然と眺めている。
ぐわっと伸びてくる白い腕をデメトリアはジャンプして避け、そのまま操風へと切り替えた。巨眼目がけて上に長剣を振るうと、偽神はアァアッとのけぞり、攻撃が当たった箇所の横に+100という数字が出た。あれはどれだけダメージを負わせたかを示すもので、一定以上の数字に達すると偽神は消滅する。当たりどころによっては一気に大ダメージを与えられる。
上から様子を眺めていて、ブレイドがハッと息を吐く。
「オイオイ…。仲間一人に戦わせて、他の連中は呑気に見学たァ、いいご身分だなァ」
一瞬の間のあと、誰よりも先にローズが動いた。両手をかざすと鉄製床の至るところに闇の池が生まれ、その後はまるで墓地からゾンビが這い出るかのごとき光景だった。無数の影人形がローズの手の動きに合わせて走り出し、次々とホログラムの人魚へ襲いかかっていく。
それを見て、シャウリーも口を動かす。
「“
五人の前にキラリと何かが光る。今まさに、敵の手から鱗が機関銃のように射出され、デメトリアを貫いたが、NODAMAGEと表示された。光を反射する透明なあれは、見えない盾だ。
フレアのすぐ横をツインテールをなびかせ走り去る。エレーナは短剣の銀刃に毒を塗布していた。敵の注意がデメトリアへ向いている隙に、死角へ回り込み、両剣で斬りかかっていく。
「はあッ!」
四人が戦う姿を見て、フレアも
(私も、戦わないと…!!)
姿勢を低くし、突撃の構えを取る。
後ろに踏ん張る右足を前へ出そうとしたとき、横の同じ直線上にデメトリアが降り立った。
ビクッ。
デメトリアは再び風に乗り突っ込んでいったが、フレアの足は出なかった。
(あ…。行くタイミング、失っ――)
大きな気配を感じて天井を見上げると、魚類の尻尾が振り下ろされようとしていた。それが迫りくる様子をただぼう然と見つめ、床に張りつく体を半透明の巨尾が頭からすり抜けた。途端、赤い文字でDEDと浮かび上がり、
(私は…何をやってるんだ)
チームメイトを見てみる。
全員、無言だ。掛け合いなど一つもない。
みんなバラバラに戦っている。
チームとは名ばかりの、本来あるべき姿から遠く離れた寄せ集めに過ぎない。
リーダーという重みがフレアに多大な責任を感じさせた。
(自分の意見すらまともに言えない…。リーダー失格だ)
右手で両目を覆い隠すと、一筋の涙が頬を伝った。
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