第四章

Episode.14 class Mirage

 城の入口を抜けるなり、天井の高い広いホールは大変な賑わいを見せていた。


 「オイオイ、何の騒ぎだぁ?こりゃあ」


 アスタを先頭に、ルビー、ウル、ティアラ、フォンセ、フレア、ローズ、エレーナが登校してきた。ここは神話のオブジェを中央に挟んで一年生の教室が左右三つずつに位置する場所であり、もっと上の階に教室がある上級生たちにとって普段はただの通り道でしかない。だが、今日に限ってはどの教室の前にも上級生を含む黒服の群がりができていた。

 この中で一番背の低いウルがなんとか奥を見ようとして背伸びする。


 「う〜〜っ、見えない…!柱、邪魔っ」

 「何か貼り出されてるようだけれど」

 「あっ、あれって!」


 つぶやくルビーの横でフレアが何かに気づく。生徒が比較的少ない場所から高身長を活かして奥を見通すと、右手でひさしを作り額に当てた。壁上に飾られた絵画の下に横に長い白い紙が貼られている。


 「チーム表だ。昨日発表されたやつ、全員分載せてあるんだ。あ、ランクも書いてあるね」

 「ひぇ…っ」


 最後の付け足しに、ローズがビクッと反応した。エレーナは他のクラスのほうを見回すなり、「なるほどね」と頷く。


 「どうやらクラスごとに分けられてるみたいだし、私たちの分は私たちの教室前に掲示されてるというわけね」

 「見て!あっち、ものすごい人よ」


 ティアラは右奥のほうをビッと指差す。

 あきらかにあそこだけ、人の群れが段違いに多い。エレーナは顎に手を添え、目を細める。


 「あの教室は確か…」

 「クラス・ミラージュだ」


 フォンセが代わりに言った。


 「オレたちも行ってみようぜ!」

 「ああ!置いてくなアスター!」


 プンスカ追いかけるウルに続こうと、ルビーがフレアたちを振り返る。


 「私たちも行きましょ」

 「うん!」


 全員小走りになる。ひときわ多い群集の目前まで来たところで、アスタは急にスピードを緩め、なぜかわざとらしくゆっくり歩きはじめた。


 「おうおう!アスタ様のお通りだ!道を空けろ」

 「やめろバカ!恥ずかしいな!」


 周囲の注目を変に集め、逆にウルのほうが居心地悪くなる。フォンセたちも追いつくと、いま一度、人の数の多さに圧倒された。


 「さすがにこの中を全員で突っ切るのは無理だ」

 「だな。ここは誰か一人…この中で一番漢気のあるヤツが行くべきだ」


 アスタは腕を組み、うーんと考える。ぱっと顔を上げ、自信満々に一人を指名した。


 「よし!ここはお前だ、フレア!」

 「えぇっ、私!?」


 フレアは自分の顔を指差し飛び上がりそうになった。女性陣がスッと目を細め、アスタを睨む。


 「サイテー」

 「ほんとね」

 「自分で行けよ」

 「フ…ッ、なんとでも言いやがれ」


 暴言の嵐にもアスタはどこ吹く風だ。


 「がんばって…!フレアちゃん」

 「ありがとローズちゃん。行ってくるね」


 ローズたちに手を振り短く息をつくと、フレアはうごめく真っ黒い膨らみを見据えた。


 (――いざ!)


 見るからに隙間のないところに片手を突っ込み、体をねじ込んだ。


 「ちょ…っ、ごめん、なさい…!!通してくだ、さい…!」


 踏ん張りながら、一歩、さらに一歩と、進んでいく。と、急に手を遮るものがなくなり、ぷはっと顔を出す。


「や…やっとだ…。あ、」


 目の前に掲示の紙がでかでかと貼られてある。

 ぱっと見えたものに、目を疑った。


 「うそ…。これって」



 チーム・エンブレム

 ①シルヴァス・セイクリッド S

 ②エルロッド・フェーデル  S

 ③ナディア・ストライク   S

 ④シャイデン・アーク    S

 ⑤ガラクト・ウォール    S


 チーム・ヴェール

 ①ユテク・アーカイン     A

 ②タンザナイト・シスター   A

 ③ゼム・ルシファード     S

 ④アラン・ルーガン      A

 ⑤ネモ・ドール        A


 

 この二つのチームは上位ランカーばかりだ。しかも、チーム・エンブレムに至ってはSランクが全揃いである。まるで、チーム・ディザスターの再来とも呼べるような…。

 ふと、近くでひそひそ話す声が聞こえ、フレアはそちらに意識を向けた。


 「シルヴァス様より以下の四名は、長らく王家に仕えるのご子息、ご令女らしい」

 「才能もあるんだろうが、やっぱり、幼少期の頃から英才教育を受けてきた者は違うな」

 「ああ。それに他のチームでも上位ランクが目につく。今年の一年は粒揃いだ」

 「オレたちもうかうかしてられないぞ」

 「だな」


 この場を立ち去ったためか、声は次第に遠のいていった。


 (エレーナの予感、当たってた…。同級生にこんなスゴい人たちがいるなんて。早くみんなに報告しよう)


 フレアは顔を引っ込め、重圧の中へとふたたび潜った。


          ❖❖❖


 朝のホームルーム。今日はいつもと様子が違う。

 最前列の席を、チーム・スカーレットと、チーム・ジャスティスの面々が占めている。他の席もチームごとに分かれて座っている。命名式を経て、ようやく席順が決まったのである。チーム・スカーレットは、左からローズ、エレーナ、フレア、シャウリー、デメトリアの順に並んでいた。

 いつものようにサラが教壇に立ち、新鮮な教室内を見回す。


 「チーム結成を晴れて迎えることができました。教室の中の空気も少しだけ違うように感じられます。さて。これにより、今日からチーム主体の訓練も増えてくることでしょう。戦いの中で他者と連携を取ることは、言葉以上に難しいものです。焦らなくともよいので、個人とはまた違う戦い方を経験を通し学んでいってください」


 サラの挨拶が終わると、生徒のほうから手が挙がった。


 「すいません。一つ質問よろしいですか?」

 「はい。どうぞ」

 「チーム結成のあと、毎年クラス対抗のチームバトルが行われると風のうわさで耳にしたんですが、本当でしょうか?」

 「ええ。本当です」


 生徒から、おおっと声が上がった。


 「なら、もう日程とかは決まってるんですか?」

 「実施予定はちょうど一か月後となります。実はすでに対戦するクラスも決まっているんです」

 「そ、それはどこですか…?」


 生徒が恐る恐る聞くと、サラはにこりと笑った。


 「このクラスの対戦相手は――クラス・ミラージュです」

 「ミ…ッ」


 相手が分かった途端、あれだけやる気に満ちていた生徒たちは態度をガラリと変えた。そこここで「マジか…」「冗談でしょ?」と声が聞こえる。そんな彼らの気持ちを汲むようにサラは頷く。


 「クラス・ミラージュのことは、今朝の掲示で皆さんすでに目の当たりにしたことでしょう。ですが、逆に言えば、対抗できる者がいないとの意見が出ました」


 チーム・スカーレットとチーム・ジャスティスの面々がぴくりと反応する。


 「SランクとAランクの生徒がいるのは、クラス・ミラージュとクラス・イグニートだけ。私は戦闘訓練に励むあなた方の様子をブレイド先生からよく聞くにあたって、クラス・ミラージュに見劣りしているとは到底思いません。むしろ、この貴重な経験から多くのことを学んでほしいと思っています」


 生徒たちは顔を上げ、サラを見た。

 泣き言を口にする者はもういなくなった。


 「オイ、テメェら」


 ブレイドが椅子からのらりと立ち上がり、サラの隣へ歩いてきた。両手をポケットに突っ込み、顎を突き上げ、生徒たちを見下ろす。


 「一つ言っておく。俺は、アッシュ・ブレッドが嫌いだ」

 「へ…??」


 真っ先に反応を示したのは、他ならぬその娘であるローズだ。他の生徒もブレイドが何を言いたいのか分からず、ぽかんとしている。

 ブレイドが目をすがめる。


 「俺ァ、入学時から、あのクソ生意気なチビ野郎が心底嫌いでよぉ。それは今だって変わってねェ。廊下ですれ違っただけで、その面をブン殴りたくなるんだわ。つまりだな――」


 ブレイドが胸の前で両手をボキボキッと鳴らす。


 「ヤツが担任であるクラス・ミラージュに負けやがったら、テメェら全員オレの前に並ばせて、その鼻っ面に一発ずつ打ち込んでやるからな。覚悟しとけよ」


 アスタは椅子をガタンッといわせ、必死の形相で後ろを振り返った。


 「分かったかお前らぁあ!!死にたくなかったら死ぬ気で勝ちに行くぞぉおお!!偽神に殺られる前にここで人生終えてたまるかってんだ!」

 「絶対に勝つ!もうそれしか道はない!」

 「私、まだ死にたくない!!」


 ウルとティアラもすかさず呼応する。その気合い(?)が他の生徒へ見る間に伝染した。


 「うおおお!やってやるー!全員やるぞー!!」

 「オォオオオオッ」


 生徒の魂が一つになる。

 サラのときよりもあからさまに、怖いくらいのヤル気が全身からみなぎっていた。

 

 

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