Episode.13 naming ceremony

 能力測定当日。

 アカデミーの敷地内に五つの会場を設け、そこで待つ試験官のもと、クラス別に順序回っていく。


 第一会場  アトス訓練場  アトス能力値

 第二会場  アトス訓練場  テクニック

 第三会場  トレーニングルーム①  パワー

 第四会場  トレーニングルーム②  スピード

 第五会場  トレーニングルーム③  スタミナ


 アトス能力値は今の自分に引き出せる最大限の力を試験官の前で披露する。テクニックは属性を応用した技のことだ。どちらも試験官の目で、おおよその数値をはかり、技術力の高さを評価する。

 場所は城内へと移り、精密機械で素の力、つまりパワーを計測・記録する。残るスピードとスタミナは走る距離とコースを定め、生徒を何人かに分け、ストップウォッチでタイムをはかる。

 以上が試験の内容だが、知力だけは明日の朝一番に問題用紙を用いて行う予定だった。

 はじめ空欄ばかりだった記録用紙が試験官の文字で埋められると、それぞれの担任に提出する、という流れだ。

 結果は後日、朝のホームルームで担任から配られた。


 「フレア・バーンズさん」

 「はい」


 フレアはよく響く声で返事をし、教壇に立つサラのもとへ用紙を受け取りにいった。


 「お疲れさまでした。とても良い評価がつきましたよ。一年生の時点でこれだけの評価がつく生徒はなかなかいません」

 「……!!ありがとうございます」


 席に戻ると、早速結果に目を通していく。

 六つの能力への評価は円グラフでわかりやすく表示されていた。もう一度、サラの言葉を思い出してみよう。最低ランクがE、最高ランクがSだったはずだ。それを踏まえて、ふたたび目を落とす。


 アトス能力値  B

 テクニック   C+

 パワー     A

 スピード    A+

 スタミナ    S

 知力      C


 多少ばらつきは見られる。だが、総合評価はAランクだ。ここにきて、これまでの頑張りが全て報われたように感じ、喜びが一気に込み上げてきた。


 「どうだった?フレアちゃん」


 胸元あたりで用紙を握りしめローズが話しかけてくる。後ろにはエレーナもいる。


 「二人とも、見せてくれるの?やったぁ」

 「そんなこと言ってないわよ、ひと言も」


 といいつつ、エレーナはフレアの用紙のとなりに自身のものをスッと差し出してきた。さらにローズもそこへ追加し、三枚が横並びになった。全員で上から覗き込み、それぞれの円グラフを見ていく。


 氏名  エレーナ・シンディー


 アトス能力値  A+

 テクニック   S

 パワー     C−

 スピード    B

 スタミナ    B+

 知力      S

 総合評価    A


 氏名  ローズ・ブレッド


 アトス能力値  S

 テクニック   S

 パワー     D

 スピード    B+

 スタミナ    A

 知力      A+

 総合評価    A


 二人のものを見比べると、かなり似通っているように思える。日頃からアトスに磨きをかけている者同士のため、評価を見て納得がいく。


 「みんなAランクだ…。これって珍しいこと、なんだよね?」


 フレアが聞くと、エレーナから「そうよ」と返ってきた。


 「一年生は良くてせいぜいB。Aを取れる者は数少ないと聞くわ。しかもそれがさらに上となると――」

 「Sってオイオイ!!?マジかよ!!」


 向こうのほうがワッと騒がしくなった。中心にいるのはルビーとアスタで、ティアラとウル、他の生徒たちもわらわらと集まっていく。


 「ルビーお前!すげぇヤツだとは思ってたけど、一年でS取っちまうなんてとんでもねぇな!」

 「うそうそ!ルビーちゃんSなの?マジで?」

 「見せて見せて〜」

 「もう、みんな大げさよ」


 騒ぎに気を取られていたエレーナはフレアたちのほうに話を戻す。


 「――というわけで、Sランクなんてめったにいないのよ。一年生でSランクだったのは、チーム・ディザスターとして名を馳せた例の五人だけ。それ以外の年は取得者0が当たり前。の、はずなんだけど、今年はそうじゃないみたいね」

 

 フレアは振り返り、たくさんの人に囲まれた中で首を振り謙遜する赤いポニーテールの美女を見つめた。エレーナの話を聞けば、Sランクがどれほど凄いことなのかがよくわかる。努力だけでは到底たどり着けない人外の領域なのだろう。


 (すごいな、ルビーちゃん…。私も、負けていられない)


 Aランクで満足していてはダメだと、フレアは己を奮い立たせた。


 「あ」


 デメトリアがすぐ後ろの席に座った。用紙を貰ってきたばかりのようだ。フレアはすかさずテンション高く話しかける。


 「デメトリアさん、おかえり!結果どうだっ…た…」


 氏名  デメトリア・ヴェルディグリ


 アトス能力値  A

 テクニック   A+

 パワー     S

 スピード    A

 スタミナ    A+

 知力      B−

 総合評価    S


 フレアは開いた口が塞がらなかった。エレーナとローズも気づいたようで、三人は恐る恐る顔を見合わせる。

 

 「今年はもしかすると、とんでもないことが起きるかもしれないわね…」


 エレーナの予感が見事に的中していたことを、彼女たちは後日知ることになる。


          ❖❖❖


 礼拝堂、再び。

 全一年生はクラスごとに二列をなし、整然と並んでいる。担任は先頭にいた。静かな礼拝堂で誰か一人だけ嗄れた声で喋っている。


 「――今後はこの五人で、手を取り合い、いくつもの困難な試練を乗り越えてゆくがいい」

 

 五名の生徒は大きく返事をするとモルガディオの前で反転し、壇上から下りていった。


 「クラス・テンペストは以上である。最後に、クラス・イグニート。担任、サラ・ヴァーミリオン。チーム名簿をここに」

 「はい」


 サラは言われたとおりに祭壇へと向かいはじめる。その間、控えの教師がモルガディオの背後から近づき、クリップホルダーを受け取る。今度はサラが空いた手に別のクリップホルダーを手渡した。


 「よろしくお願いします」

 「うむ、確かに。ではこれより、クラス・イグニートのチーム発表及び名付けを行ってゆく。呼ばれた生徒は壇上へ来るがよい」


 サラが階段を下りていく間、モルガディオは息を大きく吸い込んだ。


 「ルビー・ラヴァ」

 「はい」

 「アスタ・レインハット」

 「ウッス!!」

 「ティアラ・マーフィー」

 「はいっ」

 「ウル・ペネシア」

 「はい!」

 「そして、フ――」


 次に書かれた名前を読み上げようとして、モルガディオはピタッと止まった。この人物は印象深く、最近老化で人の顔と名前が一致しないことが度々あるこの初老の男の脳にも、記憶がはっきりと刻まれていた。宣誓式でのことを思い出し、白い口髭がフッと動く。


 「フォンセ・カーテ。以上五名は壇上へ」


 フォンセよりも先に呼ばれた四人は、すでに列を離れていた。遅れてモルガディオの前にやってきたフォンセは彼らと並んで右端につく。モルガディオは端から歩き出すと順番に彼らの顔を見ていき、「うむうむ」とかすかに頷く。


 「皆、いい表情をしておる。名簿によると、このチームのリーダーに据えられたのはフォンセくん、君だそうじゃ」

 「俺、ですか?」

 「そうじゃ」


 フォンセは眉をひそめた。なぜ自分がリーダーなのか。それに教室にいればこの四人が深い仲であることは誰だって気づく。外野がいきなり上に立っても、彼らは納得しないのではないか。

 そう思い振り返ったが――四人はニカニカしてフォンセのことを見ていた。親しみを込めた笑顔ばかりが並んでいた。

 モルガディオは「ホッホッホッ」と笑う。


 「どうやらすでにチームの空気は出来上がっているらしいのぅ。よし、では今日より君たちをこう呼ぶとしよう。“チーム・ジャスティス”と」


 それはフォンセから連想して名付けたものだった。彼らは与えられた名前に胸を張った。


 「君たちの正義と今後の活躍に期待しておる」

 「はい!」


 五人は声を揃え、壇上を去った。


 「では次の発表へ移る。――フレア・バーンズ」

 「…!はい」


 唐突に名前を呼ばれたフレアは足早に列を離れていった。途中でルビーたちとすれ違い、互いににやりと笑いかける。


 「エレーナ・シンディー」

 「はい」

 「デメトリア・ヴェルディグリ」

 「……」

 「シャウリー・アマランサス」

 「はい」


 フレアとエレーナの名前が呼ばれた。ローズの顔に緊張が走る。残る一人は誰なのか。フレアの前では強がってみせたが、やっぱりみんなと一緒がいい。この四年間を大切な人たちと共に過ごしたい。けれど、自分以外の名前が呼ばれたらどうしよう。そのときは覚悟を決めるしかない。色んな思考と感情が一瞬のうちに脳内を駆け巡る。ローズが目をギュッと瞑ると、モルガディオもまた口を開いた。


 「最後は君じゃ。ローズ・ブレッド」

 「……!!」


 途端、目に熱いものが込み上げ、袖でゴシゴシとこすった。

 壇上に五人全員が揃う。

 モルガディオは瞼の垂れ下がった小さな目をパチパチさせた。


 「ほぉ〜。ここまで綺麗なおなごが勢揃いするとは、老人の活力がみなぎるようじゃ」


 綺麗と言われ慣れていないフレアは恥ずかしそうに頭をさすり、エレーナでさえ照れ隠しで腕を組み、ローズはモジモジした。デメトリアは無表情、シャウリーは端正な顔立ちに微笑みを浮かべている。


 「このチームのリーダーは主じゃ。フレア・バーンズ」

 「私…!」


 フレアは驚いた顔をし、が、すぐに表情を引き締める。

 

 「チーム名を考える材料として、お主に一つ質問がしたい」

 「はいっ」

 「お主の核…。つまり、フレア・バーンズという人間が一番大切に思っていることは、何じゃ?」 

 「…私の、核…」


 急に言われると、すぐには出てこない。考え込んでみても、これだ、というものが心に浮かんでくることはなかった。逆に大切なものが多すぎて、一つに絞ることが困難なのかもしれない。


 「…あの、」

 「何じゃ?答えが出たかの?」


 フレアは首を横に振った。


 「いいえ。核、と呼べるものは、その…決めるのが難しいです。ただ、私には、経験を通して学び、心に刻んでいる教訓があります」

 「ほう?それは何じゃ?申してみよ」


 これを人に話すのは初めてだった。

 フレアはゆっくり噛みしめるように声に出した。


 「“自分が変われば世界は変わる。人生はいつだって自分次第”」


 エレーナとローズがちらっと見る。

 明るいボブヘアーの横顔はただひたすらに前だけを見つめ、綺麗なほど力強い瞳をしていた。

 そこに、純度の高い紅炎が虹彩を燃え包まんとするさまを、モルガディオは確かに見て取った。「ふむ…」と何かを確信したように頷く。


 「では、お主らには今日からこの名を授けよう。“チーム・燃える花スカーレット”と。この名のもとに、己の信念を燃やし続け、戦ってほしい」

 「はい!!」

 

 ここに新たなチームが誕生した。


 フレア・バーンズ(リーダー)

 ローズ・ブレッド

 エレーナ・シンディー

 デメトリア・ヴェルディグリ

 シャウリー・アマランサス


 チーム・スカーレット 結成――。


 

 

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