Episode.12 A man who embodies justice

 PM:1時30分 アトス訓練場

 第5授業 戦闘訓練


 生徒の集団が小さな石を飛ばして砂利の上を走っていく。制服でも戦闘服でもない。全員バラバラの服装をしている。私服の中から選んだ自前のトレーニングウェアである。

 ブレイドは集団が目の前を通り過ぎる際、右手のストップウォッチに目を落とした。


 「もう少しスピード上げろ!血反吐吐いてでも気張りやがれ!」

 「はい!!」


 砂地は広大だ。向こう側でもランニングやストレッチをする他の集団がちらほらといる。

 フレアは集団の先頭あたりをキープしていた。呼吸も安定しており、まだまだ余裕がありそうだ。ただ、授業中のブレイドはいつも以上にピリピリした気迫を纏い、トレーニングの内容がここからさらに過酷さを増していく予感を抱かせた。


          ❖❖❖


 寮へ戻るなり共同風呂で汗を流したフレアはベッドにばふっと倒れ込む。

 

 「あ〜、スッキリしたぁ!」


 同じくシャンプーの甘い香りをまとわせるローズは、ベッド脇のドレッサーの前で濡れた髪にドライヤーの温風を当てている。量が量なので、乾かすのも大変そうだ。終わったのか、ドライヤーの電源を切り、今度は櫛で髪全体をときながら鏡越しにフレアを見つめる。


 「ブレイド先生のトレーニングメニュー、すっごくハードだったね。後半はもう足がパンパンで…」

 「だね。あと、前屈のときローズちゃんの体を押しても押しても前に倒れないからビックリしたよ」 


 ローズは顔を赤らめ、櫛を持つ手をわたわたさせた。


 「あ、あれは…!その…うぅ…。私、体がすごく硬くて…。フレアちゃんが羨ましいな」

 「あはは。ゴメンね、からかっちゃって。毎日コツコツやっていけば、そのうちやわらかくなってくると思うよ」

 「うん。だといいな」


 ふと、ローズの表情が少し暗くなる。


 「チーム分け、どうなるのかな…」


 ぼそりと呟かれた声は不安を帯びているように感じた。


 「もしかして、どんな人と組むことになるのかわからないから、ちょっぴり不安?」

 「うん…」


 ローズが櫛を台の上に置いて、椅子に座ったまま体ごとフレアのほうに向き直る。顔は依然、下を向いたままだ。


 「本当はフレアちゃんやエレーナちゃんと一緒がいい。二人はとてもやさしくて、私に初めてできた大切な友だちだから」


 なんと声をかけるべきか、フレアは迷う。


 「でもね」


 さっきまでと違う声色にぱっと顔を上げると、ローズはフレアを見つめ口元に笑みを浮かべていた。


 「私は毎日こうやってフレアちゃんと部屋でお話できるし、教室にはエレーナちゃんもいる。たとえ、ちがうチームになったとしても、二人の存在があるから、きっとがんばれそうな気がする」

 (ローズちゃん…)


 つい昨日まで初対面の相手にビクビクしていたのに。もしかすると、ここでの出会いが彼女を少しずつ変えていっているのかもしれない。


 「一緒のチームに、なれたらいいね」


 フレアはようやくそれだけを伝えた。もちろん、本心だ。しかし、願ったとおりにいくかどうかわからないのが現実というもの。ローズも小さく「うん」と言った。


 「じゃあ早いけど、私はそろそろ寝るね。今日みたいに遅刻しそうになったら困るから。ローズちゃんは?」

 「私も寝ようかな。タイマーセットしておかなくちゃだね」

 「それだ!」


 枕元の置き時計を手に取るローズをびっと指差すと、二人は声に出して笑った。


 「じゃあ、また明日。おやすみ」

 「うん。おやすみなさい」


 フレアが電気を消しに行くと、パチッと音がして、部屋は暗闇に包まれた。カーテンの開いた窓の外は少しだけ欠けた月が浮かび、青白い光の横をキラリと流れる一筋があった。


          ❖❖❖


 まだひと気の少ない早朝の廊下を、ルビー、アスタ、ティアラ、ウルの四人が横に並んで歩いている。昨日もそうだった。入学初日は同じ列車に乗り、街に着くまで旅の気分を味わいながらいつもみたいにふざけあった。

 それ以前から、彼らはずっと一緒だ。血は繋がっていなくても、家族と同じくらい大切で、かけがえのない友であった。

 彼らの会話を聞いてみると、話題に上がっていたのは昨夜のフレアたちと同じく、チーム分けのことだ。それについて、アスタが自信満々に言った。


 「オレたちはまず間違いなく同じチームだ。なんでか分かるか?腐れ縁っていうだろ?オレたちの運命はそう簡単に引き裂けるもんじゃない。女神様にだってムリだ!」

 「私もみんなと一緒だったら、これほど嬉しいことはないわ」


 右端を歩くルビーは左を向いて三人の顔を順番に見ていった。

 一方で、ウルは「んー」と唇をとがらせ、ティアラのほうも何か言いたげだ。


 「どうかなー。クラスの人数って五十人じゃん。四人全員揃う確率ってかなり低くない?」

 「そうよねぇ。ちょっと厳しいかも」

 「オイオイオイオイ!何言ってんだよお前ら!そこで奇跡を起こしてこそ、本物の絆っていうんじゃねぇか」

 「アスタが言うとなんか薄っぺらいんだよなー」

 「そうそう」

 「なんでだよ!」


 憤慨するアスタは隣のルビーにぐいッと迫った。


 「おいルビー。この現実思考の連中に何か言ってやれよ」

 「えぇ…?」


 ルビーは困ったように笑い、ふぅと息をついた。


 「とりあえず、奇跡が起きることを信じましょ。信じて行動していれば、私たちの見えないところで影響して、結果に繋がるかもしれないから」

 「――だそうだ!分かったか!二人とも」

 「うんうん。ルビーの言葉なら信じられるね」

 「やっぱりアスタとは重みがちがうわね〜」

 「だからなんでだよ!」


 アハハハッと笑ったところで、ウルは「じゃあさ」と言い人差し指を立てた。


 「信じて行動するっていうんなら、こういうのはどう?四人が同じチームになった体で、だれをリーダーにするか決めておくんだよ」

 「へぇー!それおもしろそう!」


 ティアラは両手をパチンとさせすかさず食いついた。


 「この中でだれがリーダーにふさわしいかってことね」

 「そういうこと!」

 「だったらもう、答えは決まってるんじゃねぇのか?」

 「え…?」


 一人だけ話の流れを理解できないルビーは友人たちのほうを振り向いた。三人ともこっちを見ている。


 「私…?」

 「そうだよ!リーダーとしての素質があるのはルビーちゃんしかいない!」

 「いや、でも…」

 「強くてカッコいいし、美人でやさしいし、なにより人望があるもの!」

 「いや、だから…」

 「大丈夫だって!リーダーっつっても、率いるのは見知った相手。気負う必要はゼロだ!」

 「んー…そうかしら」


 それでもなおルビーは渋る。自分がリーダーに適した人間だとはどうしても思えない。前方から「便所便所!」と慌ただしく駆けてくる二人の男子生徒にも、考えることに全意識を向けるルビーは気づいていない。すれ違いざま、前を走る男子生徒の肩がルビーの肩にゴツンッとぶつかった。


 「痛…っ」


 男子生徒は痛がるルビーをチラッと振り返ったが、無言でその場を走り去ろうとする。

 その態度にアスタとウルは憤慨した。


 「おいおい!ぶつかっておいて謝りもしねぇのかよ」

 「ほんっと、失礼なヤツら!」

 「大丈夫…?ルビー」

 「ええ、ありがとう、ティアラ。心配してくれて。このくらいなんとも――」

 「おい」


 怒りを含んだ低い声に四人はサッと振り向く。

 男子生徒の前に黒髪の少年が立ち塞がっている。

 フォンセ・カーテだ。

 血のように赤い瞳の鋭い両眼をさらに尖らせ、ぶつかったほうの男子生徒を射抜く。


 「人にぶつかったんなら謝れよ。それが礼儀ってモンだろ」

 「いや、その…。走るのに夢中で…」

 「言い訳はいい」


 フォンセに凄まれると男子生徒はビクッとした。謝罪するかどうかの狭間で彼はしばらく葛藤を見せ、最終的にルビーのほうに向かって会釈する程度に頭を下げた。 


 「…スンマセン」

 「いいえ。大丈夫よ。気にしないで」


 フォンセは謝る姿を見届けると、逃げ去っていく彼らにはもう見向きもせずに歩き出す。ルビーはすれ違いざま、やわらかい笑みを向けた。


 「ありがとう」

 「…いや」


 それだけ言って、四人を抜き去っていく。


 「イケメン〜♡」 


 面食いモードになるティアラと反対側を向くアスタは、すでに遠くまで行き角を曲がりかけている男子生徒の背に叫んだ。


 「ぶつかったんなら謝れよコラー!」

 「遅いなー」


 ウルが平坦な口調でツッコむ。と、かすかに笑みを浮かべて遠くのほうをじっと見つめるルビーに気づき、顔を覗き込む。


 「どうしたの?ルビーちゃん。まさか、あのフォンセって子に惚れた?」

 「いいえ。ただ…」


 ひと呼吸のあと、もう一度口を開く。


 「ああいう人こそ、リーダーにふさわしいと思うわ」


 透き通ったブルーの瞳は尊敬の光に満ちあふれていた。

 


 

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