Episode.11 As many times as you like

 翌朝。スッキリとした目覚め。ん〜、とベッドの上で気持ちよく伸びをする。昨日は長時間も列車に揺られた上に初めてのことばかりで疲れていたのだろう。こんなにも熟睡したのは久しぶりだった。


 「さあ!今日からがんばろー…」


 一日の気合を入れながら何気なく壁時計に目を移したフレアは、針が指す時刻を見て、石化した。

 朝の号令は、8時10分から。

 現在の時刻は――7時58分。

 状況を理解した途端、全身から一気に焦りが噴き出した。


 「わーー!!遅刻する!!寝すぎちゃったー!!授業初日から遅刻するなんてありえない!」


 ハッとして、そういえば部屋の相方はどうしたのかと隣のベッドを振り向いた。


 「ローズちゃ――まだ寝てた!?」


 こちらも同様に、むにゃむにゃと気持ち良さげに熟睡中だ。時間に余裕があれば、天使のような無垢な寝顔に癒やされていたのだろうが…。布団がもぞもぞ動くと、ひょこりと出た黒髪が寝返りを打つ。

 

 「そんなにいっぱいは食べられないよ…お母さん…。パンは20個が限界だよ…むにゃ」

 (なんか言ってる…)


 その後、フレアに揺すって起こされたローズは状況を理解するなりガーン、とショックを受けた。二人して大慌てで制服に着替え、荷物をかっさらい、お城目がけて一直線。普通に歩けば7分はかかる距離を前後に並んで全力疾走し、ハアハアいいながらバンッと扉を開けて教室へ駆け込んだ。


 (時間は!?)


 サッと確認すると、8時を過ぎるのは当然回避できなかったが、小さい針のほうは9分を指していた。ギリギリ間に合ったようである。ほっと息を吐くと、制服の下からどっと汗が噴き出してきた。


 「オイ」


 ギクッとする二人。声は向かいのほうからした。案の定、定位置に座るブレイドは身を屈め、遠くから鋭く睨みつけてきている。


 「…あと1分あります!遅刻じゃありません!」


 とっさに笑顔を取り繕い、言い張ってみせたフレア。昨日の帰りにブレイドが言い残していった言葉が思い出される。遅刻したらシバき倒す。冗談なんかじゃない。この男はやると言ったらやる。今もそんな目をしている。


 「………」

 「………」

 「………………チッ。とっとと座れ」


 ホッと、二度目の息をつく。遅れて、ローズも胸に手を当て安堵の表情を浮かべた。

 当然のことながら、他の生徒はきっちり席についている。ちょうど最前列に二つ並んで空いている席が見え、探す手間が省けた。先にフレアが奥へと進み、ローズが端っこに座る形となった。


 「あ…」


 フレアの隣は、デメトリアだった。昨日あれからここにくるまで一度も顔を見かけていない。一瞬躊躇しつつも、意を決して口を開く。


 「おはよう。デメトリアさん」


 じ…っと横顔を見ていたら、こちらをチラッと見返してきた。だが、すぐに目線をそらされてしまい、返事をしようとする様子もない。

 フレアの口元に笑みの形は残りつつも、どことなく肩がストンと落ちる。 

 予定時刻となり、サラが教室へ入ってきた。


 「おはようございます。皆さん」


 生徒は一斉に立ち上がった。


 「おはようございます!」

 「はい。では、着席してください」


 椅子を引く音がギーギーと重なり響く。

 音が止むのを待ち、サラは生徒の顔を見回した。


 「昨夜はよく眠れたでしょうか?慣れないことばかりで皆さんお疲れだったかと思います。誰も遅刻せずに済んで何よりです」


 サラがもう少し早く教室に来ていたら、生徒にかける言葉も違うものになっていたことだろう。


 「今日から授業が始まりますね。心構えはしっかり出来ていることでしょう。これから厳しい鍛錬が待っていますが、ここにいる仲間と共に乗り越えていってください」


 サラは大事なことを強調するように話すスピードを少し緩めはじめた。


 「いいですか?まず初めに皆さんが見据えるべきは、二週間後に行われる能力測定です。これは、パワー、スタミナ、スピード、テクニック、知力、アトス能力値、以上六つの項目をテストを通して数値化します。そして、全ての得点を総合することで、E〜Sのランクが決まります」


 生徒は全員、真面目な顔をして聞いている。


 「能力測定の結果は、自分には何ができて、何ができないかを知る良い機会となり、各々の課題を明確にすることができます。また、今度のランク付けにおいて重要なことはもう一つ。それは――チーム決めです」


 一拍置いて、話は続く。


 「偽神を相手に戦うゴッドブレイカーにとって、仲間と連携を取ることは必要不可欠。このチーム制度はその連携性を培うために作られたものなんです。チームは成績や日頃の生活態度などあらゆる面から調和性を見い出せそうな生徒同士をこちら側で判断し、組み合わせることにより生まれます。皆さん、今の説明でご理解頂けましたでしょうか?」

 

 はい、と生徒は大きな声を揃える。

 サラは口元を優しくして小さく頷く。


 「モルガディオ校長は、いつもこう仰られています。“チームに同じ色は存在しない”と。今年はどのようなチームが生まれるのだろうかと、教師一堂、楽しみにしています。それでは皆さん、今日一日頑張って下さいね」


 気合のこもった五十人の返事で、ホームルームは幕を閉じた。


          ❖❖❖


 第一授業 宗教学

 第二授業 現代語

 第三授業 歴史

 第四授業 戦術学


 PM:12時30分 城内西側二階 食堂エリア


 総勢千人が座れるホールはお腹を空かせた生徒でごった返している。ここの食堂は毎日ほとんど決まった数十種類のおかずから食べたいものを選んで皿に盛っていくスタイルで、なくなりそうなものを発見しだいホールスタッフがその都度補充していく。同じ時間帯に一気に来るため、ホールスタッフの足どりは常に忙しない。外からでは見えないが、厨房の中は二十人規模のシェフが鬼の形相で手を動かし、そこかしこで怒号が飛び交っている。まさに戦場と紙一重だ。朝昼晩、つまり約三千の胃袋を満たす必要があり、一日における食べ物の消費量は計り知れない。

 騒々しい座席の真ん中あたりにフレアとローズとエレーナの姿があった。三人は横に並んで、これから食事に手を伸ばすところらしい。エレーナの前にはパン二つ、サラダたっぷり、肉のソース付け、スープと健康的な品々。隣に目を向けていくと、フレアの前にはパン六つ、そしてローズの前にはパン十五個とバランスの危ういタワーができあがっていた。ついでに言うと、二人のおかずはエレーナより三倍近くもある。


 「すっごくお腹空いたね〜」

 「いただきます…」

 「いや、加減を知りなさいよ。あんたたち」


 ナチュラルに食べはじめようとする二人にエレーナが突っ込みを入れる。自分と周りの生徒を見比べて、二人はしまった、というような顔をする。


 「朝食べてないから、つい手が伸びちゃって…」

 「私も、いつものクセで、つい…」

 「まったく」


 ここに来るまでずっとお腹をギュルギュルいわせていたフレアとローズ。パンをひとくち頬張ると、この世の天国だとばかりに幸せそうな顔をした。

 三人の斜め向かいの椅子を誰かが引いた。


 「よお!御三方。邪魔するぜ」


 ガチャリ、とテーブルにトレイを乗せ馴れ馴れしく話しかけてきたのは、アスタ・レインハットだ。三人はこの少年のことをよく覚えていた。


 「あっ、昨日ローズちゃんと戦ってた…」

 「ローズに完封されてた人ね」

 「え、エレーナちゃん…!?」

 「ああ!完敗だ、完敗。相手の完全勝利だったな」

 「意外と素直に認めるんだ」

 「負けは負けだからな。――オーイ!こっちだこっち」


 アスタが椅子にもたれかかったまま大きく手招きすると、三人の女子生徒が縦に並んでやってきた。こちらも見覚えのある、例の仲良し三人組だった。


 「ちゃーんと席確保しといてやったぜ。感謝しろよ」

 「ごくろー!アスタ。感謝してるよん」

 「ようやくご飯にありつけるぅ…」

 「ごめんなさい、前失礼するわね」


 前髪の長いボブカットの子がエレーナの前、前髪に星型のヘアアクセサリーをつけた子がフレアの前、赤いポニーテールの美女がローズの前にと、それぞれ座っていく。

 赤いポニーテールの美女がエレーナのほうを向き会釈した。


 「昨日はどうも。いい経験ができたわ」

 「こちらこそ」

 「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は、ルビー・ラヴァよ。それで、こちらが――」


 隣のヘアアクセサリーの子が引き継ぐ。


 「ティアラ・マーフィーです。よろしくね〜。ちなみに光属性、です☆」

 「アタシはウル・ペネシア!仲良くしよ〜」

 「で、オレが――」

 「アンタはいい」

 「なんでだよ!言わせろよ!」


 ティアラとウルが同時に言い、すかさずアスタが不満をぶちまける。まさに息の合った漫才芸だ。そのあとも同じ調子でからかいからかわれを交わす彼らを横目に、エレーナがルビーに言う。


 「あのアスタって人、いつもあんな感じなの?」

 「ああ…。彼ってその…とっても愉快な人なのよ」


 他に言葉が見つからなかったようだ。

 すると、ティアラはアスタから目を離し、なにやら別のほうへ釘付けになりはじめた。と思えば、突然目の奥をハートにし、顔の横で手を組みメロメロ状態になる。


 「あの人すっごくイケメーン♡上級生かしら?お近づきになりたーい…!」


 エレーナはまたしても微妙な顔をしてルビーのほうを振り返る。


 「彼女、いつもあんな感じなの?」

 「ああ…。彼女はその…男の人を前にすると、いつも舞い上がってしまうみたいなのよ」

 「みんな個性的なんだね」


 フレアはただのひとことでこの状況をまとめあげた。


 「あ、あの…!」


 ローズはほぼ初対面の面々ながら頑張って話しかけようとする。


 「皆さんは、その…同郷の方、とかですか?」

 「あ、それ、私もおんなじこと思ってた。みんな仲良いもんね」

 「へ…っ、まあな」


 フレアに褒められたと思い込み、アスタは鼻の下に指を当てた。


 「オレたちは西の街“ウッドハグ”の出身だ。街の名前くらいは当然知ってるよな?んで、全員近くに住むご近所同士だったってわけだ」

 「家の近くに道場があってさー。アタシら、小さいときからそこに通ってたんだー。いずれ有名なゴッドブレイカーになるだろうって、近所でもけっこう評判だったんだよ!」


 ウルの自慢話を聞き、エレーナは「なるほど。道理で」と深く頷いた。昨日の戦いを見る限り、四人とも対人戦闘に慣れていると感じられたからだ。

 ルビーがローズのほうを向き、「あの」と優しく声をかける。


 「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。みんないい人ばかりだから、気軽に接してくれたらいいわ」

 「あ…!う、うん!」


 ちょっぴり頬を赤らめパンにはむとかじりつく。


 (ここに来てから、優しい人ばかりに出会うなあ…)


 ローズは幸せそうにもぐもぐした。

 彼らはすぐに意気投合し、他の席に負けないくらいの声量で盛り上がった。食事を選び終え、ほぼ満席状態となり、喧騒はより一層大きくなる。

 フレアは座席の間を歩くトレイを持った一人の女子生徒に気づく。あれはデメトリアだ。席を探しているのだろう。隣の席が一つ空いているのを見て、フレアは立ち上がった。


 「デメトリアさん!こっち席空いてるよ。良かったら、みんなと一緒に食べない?」


 デメトリアは体は向こうを向いたまま顔だけで振り返り、手で指し示す空席をじっと見つめた。サッと視線を移動させ、フレアのまっすぐな目をジッと見つめ返す。言葉を交わすでもなく、顔を翻し、深緑色の長身は遠のいていく。

 アスタ、ウル、ティアラ、ルビーが身を寄せ合い小声で話す。


 「朝も話しかけてるところ見たぜ。無視されてたけど」

 「フレアちゃんがんばるなー」

 「見ててハラハラする…」

 「どうなるかは、フレアの今後の頑張り次第ね」


 ルビーの言葉に三人はうんと頷き、肩を落とすフレアの背中を温かく見守った。

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