第三章

Episode.10 Aiming for mother

 気づけば真上あたりにあった太陽もだいぶ西へ進み、雲が増えて日が翳りはじめる。本来予定になかった特別授業もいよいよ大詰めだ。

 フレアは自分の番が終わったあともクラスメイトの奮闘を見守った。人の数だけ戦い方もさまざま。時にハッとさせられることもあれば、最後まで戦い抜こうとした頑張りに拍手を送って讃えた。

 途中で帰った者も多いので、階段は人がまばらだ。砂地から一番下の段に足をかけ、ツインテールの少女が上ってくる。

 

 「お疲れさま〜!エレーナ」

 「ありがとう」


 フレアの横に腰を下ろし、黒ブーツの細く長い脚を組む。


 「惜しかったね」

 「全然。惜しくもなかったわ。彼女、相当に強かった。あなたが対戦したデメトリア・ヴェルディグリと同じくらいにね」


 ちらっと、エレーナが視線を寄越した先に2人の女子生徒がいる。そこへ、彼女たちから笑顔で出迎えられながら、赤い髪をポニーテールに束ねた美女がやってくる。金の装飾を帯びたハルバードを背負い、屈強な中にも物腰のやわらかさを感じさせる大人びた雰囲気を纏っている。エレーナの剣の腕前も相当なものだが、あの年で武を極めつつある迫力は目を見張るものがあった。しかし、フレアは一つだけ腑に落ちないことがある。


 「どうして毒を使わなかったの?」


 相手は槍撃の要所要所で華麗な火技を取り入れ、見る者を圧倒させた。対するエレーナは、技という技を使ったようには見えなかった。彼女は真面目な顔をしてこう説明する。


 「毒なんて、人間相手に使う代物じゃないのよ」

 「そうなんだ…。そういうものなんだね」

 

 一拍の間。


 「でも毒使ってたら勝ってたんじゃ――」

 「そういうこと言わないの」

 「そっか」


 空気を読んだ。

 あちらは赤髪の彼女を含め、三人並んで座ったようである。仲良さそうな雰囲気から察するに、アカデミー以前からの交流があるのかもしれない。

 三人は砂地のほうに向かってすぅーッと息を吸う。


 「いけいけっ、アスタ!」

 「よっ、色男〜!(笑)」

 「がんばって、アスタ」


 声援(?)の先で、よく目立つ水色の髪をしたテンション高めな少年がグッと親指を立てて応える。


 「任せとけって!目にもの見せてやるぜッ」


 それを受け、赤髪の彼女以外が腹を抱えて笑う。


 「くくく…っ、いつもどおりのアスタ」

 「あいかわらず元気」

 「あれがアスタの良いところよ」


 四人のやりとりを傍目から聞いていて、フレアは苦笑い、エレーナは何あの子たちと言わんばかりの目をしていた。


 「さてと…」


 実は、次の最終対決こそフレアにとってある意味最もハラハラする戦いだった。なぜならば、アスタと呼ばれた少年の相手が、あのローズだからだ。

 砂利の上に立つローズは緊張の面持ちをしており、フレアのほうまでソワソワしてくる。


 「うぅ〜、ローズちゃん大丈夫かなー…?がんばれぇ〜、がんばれぇ〜」


 両手で力いっぱい気を送ろうとする隣で、エレーナがわずかに眉を下げる。


 「大丈夫かしら…」

 「だよね…。ローズちゃん、緊張してるみたいだし…」

 「いや、そっちじゃなくて」

 「え?」

 「さっさと始めちまえ」


 どういう意味かを確認する前に、どことなく苛立ちを含んだ指示が放り投げられる。それまでずっと立って勝負の行方を見守っていたブレイドは、なぜかこの戦いだけ階段にふんぞり返りあまつさえそっぽを向いていた。まるで最初から見る気がないとでも言うような態度だ。


 「そういや、自己紹介がまだだったな」

 

 水色の髪の少年はにやりと笑い、自分の顔を親指で指差し言った。


 「オレはアスタ・レインハット。ヨロシクな!アンタの名前は?」

 「あ…。ローズ・ブレッド、です…」

 「ローズ・ブレッド。よし、わかった。覚えとくぜ。負けても恨みっこなしな!」

 「は、はい…!」

 

 アスタは腰の帯に差し込んでいた二丁拳銃、ではなく背負いの機関銃を紐を頭からくぐらせて構えた。本物の弾丸を使用するのだろうか。フレアはぎょっとした。もしローズが震えていたらどうしよう。視線を横に移動させて、えっと思う。


 (ローズ…ちゃん?)


 さっきまでとあきらかに様子が違う。ローズの姿を確かにしているはずなのに、見た目が同じなだけで、ひどく落ち着き払った翳りも、怖いくらいの集中力も、別人格のように錯覚してしまう。

 あれは一体誰…――

 カチャッ、と音がし、ハッと我に返る。アスタが先に攻撃を仕掛けようとしていた。


 「悪いが、勝たせてもらうぜ!“豪雨の機関銃レイニング・フルオート”」


 銃口から飛び出してきたのはなんと、水の弾丸だった。貫通はしないだろうが、通常の弾丸とほぼ同じスピードがあるので、かなりの威力が見込めそうだ。

 アスタは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 を目にするまでは。


 「いっ!??」


 弾丸はすべて、地面から生えた謎の黒い物体によって吸収された。あれは――影だ。ローズの足元から伸びる人影が質量を伴い現れている。

 彼女が前に手をかざすと、フレアは驚いた。自分やエレーナ、果てはブレイドまでも、この場にいる全員の影が砂地のほうへ吸い寄せられていく。影はアスタの周囲で収束して渦を巻き、激しくうねりを上げると濁流の如く襲いかかった。


 「うおおおおっ!??」


 もみくちゃにされ黒に映える水色が見えたり隠れたりし、やがて影は地面に溶けていく。その上に投げ出されたアスタは白目を剥き、打ち上げられた魚みたいにピクピクしていた。

 あちゃー、と仲良し三人組の一人がシブい顔をする。


 「もぉーっ、何やってんのアスター!」

 「すぐ調子に乗るんだからぁ…」

 「まあまあ。アスタも十分頑張ったと思うわ」

 「ルビーちゃんはいっつもアスタに甘いんだからー」


 一方で、フレアはぼう然と「すごい…」と呟く。


 「あれが、ローズちゃんの力…。闇属性のアトスを生で見るのは初めてだ」

 「やっぱり、アトス能力値が高い人間は範囲攻撃に長けているわね。紫電の彼みたいに」

 「紫電?…あぁ、フォンセくん、だっけ?」

 

 彼の出番は、フレアのちょっと後だったはずだ。紫の電気を操り、20メートル以上も離れた相手をビリビリにしていた(多分加減してた)。まさに瞬殺という他ない。アトス能力値とはどれだけ力を引き出せるかを表す数値のことで、その点でいえばフォンセとローズは非常に高いといえる。


 「身体的修業がメインで、アトスのほうはおろそかにしてたなぁ、私。あんな戦い方もあるんだ」

 「さすがはアッシュ・ブレッドの娘ね」

 「ふぅん、そうなんだ。――えぇっ!?」


 フレアの首が超高速で振り向く。


 「今なんて?だれがだれの娘?」

 

 今度はエレーナが頭にハテナマークを浮かべた。


 「何って…。ローズは、元チーム・ディザスター、アッシュ・ブレッドの実の娘だって言ったの」

 「うそー!?え〜〜〜そうなんだ!超ビックリだよ!」

 「なんで相部屋なのに知らないのよ…」

 「逆になんでエレーナは知ってるの?」

 「もともと噂になってたのよ。アッシュ・ブレッドの娘がアカデミーに入学してきたって。だから、名前を聞いたときにこの子のことね、と思ったわ」

 「なんだぁ〜。ウワサすら耳に入ってなかったよ、私…」


 とほほ、と残念がるフレア。ふと、ローズの母親はどんな人なのだろうと考えた。元チーム・ディザスターの五人は全員がハイランクで、ゴッドブレイカーを目指す者なら誰もが知る超有名人だ。中でもアッシュ・ブレッドは「ゴッドブレイカーの長」との異名を持ち、瞬速の剣筋を誇ると言われる。ローズのイメージとはあまり結びつかないが、娘に似て優しい心を持ち、生徒から愛される良い先生に違いない。

 パンパン、と手を強く叩く音が響き、フレアの思考は強制終了される。


 「ぐだぐたやってねェで、とっとと寮へ戻りやがれ。明日の朝遅刻しやがったらシバき倒すからな」


 ブレイドは三段飛ばしで階段をぐんぐん上がっていく。そんな彼を横目にエレーナはスッと目を細める。


 「ほんと、勝手な教師ね」

 「あはは…。じゃあ、そろそろ私たちも――あ、ローズちゃん!」


 ピョンピョン跳ねた黒髪を揺らし、階段をタッタッタッと駆け上がってくる。


 「おつかれさま〜!すっごくカッコよかったよ!勝利おめでとう」

 「ありがとう…」


 頬を赤らめえへへと笑う彼女は、いつものローズだ。ふと、ローズは何か言いたげな顔をして、フレアとエレーナを見上げた。


 「実は私…宣誓式のときには言えなかったけど、お母さんみたいになりたくてゴッドブレイカーを目指すことにしたの」

 「…そうだったんだ!」


 彼女のほうから打ち明けてくれるとは思っておらず、フレアはすこし目をまるめた。

 うん、とローズが小さく頷く。


 「私、小さいときから泣き虫で自分に自信がなくて…。だからこそ、お母さんのかっこよさは鮮烈で、いつもまぶしかった。あんなふうになれたらなって…」


 母を語る目は憧れに満ちていた。それこそが、あの圧倒的な強さを引き出す源なのだろう。


 「なれると思うわ。きっと」


 エレーナにそう言ってもらえると、ローズは「うん!」と満面の笑顔になった。

 


 

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