Episode.9 take your weapon
――30分後。
広い砂地に生徒を集めさせたブレイドは袖をまくりあげた太い筋肉質の腕を組み仁王立ちしていた。教室にいたときは椅子のそばに立てかけてあった重量感のある大剣を、その背に軽々と負っていた。
生徒のほうは、想定外の事態で武器を寮に置いてきた者が多かったため、そこかしこでゼェゼェ肩で息をしている。もはやテストを受けるどころじゃないが、もちろんそんなことを口にすれば、どんな仕打ちが待っているのかは目に見えている。恐らく、素直にテストを受けておいたほうが身の安全が確保される確率は高い。
全員集まったことを確認し、ブレイドは「よし」と腕を解く。
「言わなくても分かるだろうが、ここは“アトス訓練場”だ。アカデミーの敷地内で、教師の許可なしにアトスを使用してもいいことになっているのは、原則ここのみ。つまり、アトスを使って思いっきり暴れるには、うってつけの場所っつーわけだ」
生徒は適当な順番ながら、自然と五列を作っていた。ブレイドは彼らの顔をゆっくり見回していく。
「いいか、お前ら。今から好きな相手を選んで二人一組になれ。どんな相手でもいい。強そうなヤツ、コイツなら勝てそうだと思うヤツ、なんなら今隣に立ってるヤツでもいい。そして、相手を選び終えたら、そいつと戦え。全力でだ」
生徒は一瞬ざわつきかけたが、はじめてブレイドに睨まれたときのことを思い出し、ぐっと堪えた。
「戦い終えたヤツは寮へ帰るもよし、そのまま残って他の連中がバトってるところを観戦していってもいい。好きにしろ。以上だ。おら、さっさと始めろ」
一気に場がザワザワとしだす。大抵の者は、隣近所で誘い誘われをして向かい合っていた。
フレアはというと、「うーん…」と目を閉じて、どうしようかと悩む。
(どうせなら、ローズちゃんかエレーナを誘いたいなあ。でも、ローズちゃんが戦ってるところは想像できない。むしろ…)
脳内で、大爆撃を受け、ローズが許しをこいながら必死に逃げ惑う姿が思い浮かぶ。フレアはひとり静かにうんと頷いた。
(よし、エレーナにしよう)
彼女を見かけた方向に向かって歩き出す。
(初見じゃ近寄りがたいから、きっと余ってるはず。私と戦おう!エレーナ)
とても失礼なことを言っているが、本心だった。
背後からガチャリと音がし、なんだろうと思う。振り向くと、目の前にいきなり鋭い切っ先が飛び込んできて、フレアは目を剥いた。
よく見るとそれは、長剣の刃の先端だ。
「ちょっ…何?」
こんな危険な行為をしてくるのは一体どこのどいつだ、と視線を剣の切っ先から持ち主のほうへと移動させる。
目の前にいたのは、マフラーで口元を隠した長身の女――デメトリア・ヴェルディグリだ。
その特徴的な姿に、フレアは見覚えがあった。
「確かあなた、礼拝堂でみんなの前でしゃべってた…。名前は、えっと――」
「武器を取れ」
「は…?」
唐突なひと言。デメトリアの吊りがちの目は、瞳の奥で冷や汗をかくフレアの姿を暗い炎でめらめらと燃していた。
「な、んで、私…?」
「言わなければ分からないのか」
そう言われて、フレアは思い返してみる。そして気づく。
偽神に殺され目の前で肉親を奪われた彼女は、その憎き対象を救うような発言をしたフレアのことが許せないのだ、と。
礼拝堂で感じた殺気の正体も、きっと彼女だ。
「お前の目的も、信念も、潰す」
「…言ってくれる」
フレアは言われたとおりに武器を手に取り、構えた。
「あなたの気持ちも超大事…。私だって、もし親を失ったらと思うと、正気じゃいられないと思う。でも、信念云々に関しては、負けるわけにはいかないんだ!その勝負、受けて立つ」
両者の、芯を貫く思いが交錯し、火花を散らした――。
❖❖❖
アトス訓練場は校舎側に長い階段が連なる。二人一組になって座り込んでいるところを見ると、全員が対戦相手を決め終えたようである。視線は、階段の向こう側の砂地に集中している。
号令をかけるブレイドは階段手前に立っていた。
「準備はいいな?」
「はい!いつでも」
「じゃあ始めろ」
開始早々、フレアが素早く動いた。これは事前に考えていたことだ。
(属性を含め、相手の戦闘能力が未知数の場合、下手に突っ込むのは危険…って、前に父ちゃんが言ってた。なら最初は遠距離からの様子見で)
刃がカーブする部分を銃を構えるみたいにして相手に向ける。瞬く間に空気が熱を帯び、炎が渦を巻くようにして大玉が出来上がる――発射!炎の大玉が相手陣地へ猛スピードで駆け抜けていく。
デメトリアが長剣を一振りした。途端、大玉が真ん中から引き裂かれ火が散った。フレアはえっ、と目を見開く。
(斬った?剣で?――いや、違う!!)
フレアの初撃を超えるスピードで何かが迫りくるのが見え、とっさに左へ避けた。振り返ると、砂塵を猛烈に巻き上げる様子が遠のいていく。
(一体何…――っ!!?)
前を向き直したフレアは思わず飛び上がった。デメトリアが懐まで飛び込み、大きく振りかぶっていた。
(うそ…!!速…っ)
ガギンッと金属音を響かせなんとか受け流す。柄の震えが手に伝わる。たったの一撃でジンジンと痺れた。態勢が整っていないときに斬り込まれたため、その後の攻撃も受け止めるので精一杯だ。
(あんなに距離があったのに、なんで一気に詰められたの?)
フレアは目の前の猛撃に集中しながらも、必死に頭を回転させた。そのとき、フレアの頬をそっと撫でる生暖かなものがあった。デメトリアのいる方角から来ている。
(…そうか!風属性だ!)
これなら、相手が一気に距離を詰められた理由も説明できる。風属性は訓練次第で、人間を浮かすことも可能となるのだ。入学試験の際、頭上からモルガディオが現れたときのように。
(とりあえず、一旦態勢を整えないことには…)
フレアは相手が逃げてくれることを期待して、自身の周囲を炎の渦で囲った。火属性の人間は耐火性があるため、このくらいの熱量ならば平気だが、そうじゃない者がいきなり燃え盛る炎に迫られたら本能的に恐怖を感じ得ないはずがない。
しかし、フレアの眼前から炎の壁が消えた。入れ替わりでデメトリアの姿が現れ、風で炎を巻き上げこじ開けたのだと悟った。すでに相手は斬りかかろうとしており、屈んだ状態からとっさに武器を構えようとしたが間に合わず、体に受けるのをかろうじて防いだだけだった。
「ああっ!!」
砂地を擦過して倒れ込むフレア。階段の女子生徒が「うぅ…」と痛ましそうな顔をする。なかなか起き上がれず、四つん這いになってからも、ハアハアと肩で息をした。
(強い…)
フレアも身体能力には自信があった。あの父から太鼓判を押されたほどだ。昔から足が速く、木登り上手で、どんな運動をさせても人並み以上だと村でも評判だった。
しかし、デメトリアはフレアと同じかそれ以上の身体能力に加え、パワーとテクニックも兼ね備えていた。アトラシアアカデミーでは成績に応じて戦闘能力指数を示すランク付けが行われる。もし、今のフレアがよくてAランクなら、デメトリアはそれを上回るSランクに近い。観戦する生徒のほうを見れば、あ然とする顔が並んでいることから、デメトリアの実力がいかに他生徒より頭一つ抜きん出ているのかがよく分かるだろう。
(だからって…)
指を地面に突き立て、砂をガリガリと握りしめる。一方で、ブレイドは視線を左右に動かし、口を開いた。
「まだ…っ、負けてない!」
近くに落ちていた
ブレイドが口を閉じたため、戦いは続行となった。
フレアはフゥーッと息をつく。
(さっきは一気に距離詰められるなんて思ってもみなくて、不利な態勢からスタートしてしまった。でも、今度は違う。自分に有利な状況を作り出す。それが、パワーもテクニックも数段上の相手に勝つ、私なりのやり方)
構えるフレア。今度は相手から来るのを待つ姿勢だ。デメトリアは倒れ込むように前傾姿勢をとり、そして――風に乗って突っ込んできた。
フレアは何かを狙うようにじっと待っている。相手との距離が残りわずかとなり、デメトリアが長剣を振りかざした瞬間、武器で受け止めると見せかけ両足をくの字に折り曲げると背中が地面すれすれになるまで体勢を低めた。
「――ッ!?」
デメトリアの目には、フレアの姿が視界から急に消えたように映ったことだろう。虚を突かれ、急ブレーキをかけるが、勢いをつけることに力を注いだためすぐには止まれない。
そこがフレアの狙いだった。
相手が風を解除して降り立ち、まだ態勢が整っていないその背目掛け、炎の弾丸を撃ち込む。
「く…っ」
デメトリアにはじめて焦りの色が浮かんだ。かろうじて炎を風で弾いたが、すでにフレアが突っ込んできていた。まさに先程とは立場が逆転していた。
「やあっ!!」
全力で
階段のほうから「おおっ!」と歓声が上がる。
フレアとデメトリアはまだ睨み合ったままだ。
「…武器を弾いた程度で」
長身の周囲で風が起こり、ダークグリーンの髪や戦闘服の裾をふわりと浮き上がらせる。武器を持たずとも、彼女には戦う手段がまだ残されているということだ。フレアも当然、理解している。
「そうだね。勝負はここから!」
「――いや、終わりだ」
突っ込もうとする両者の間に、突如、地面から壁が生えてきた。
「へ…?」
気づいたときには、もう目の前。高い運動能力を持つフレアでも、この距離ではもう顔面衝突を避けられない。デメトリアのほうはまだ距離があり寸止めに終わったが、その反対側で鈍い衝突音がした。材料は砂であるはずが、凹むどころか、まったく揺れもしない。
「〜〜〜ッ」
鼻を抑えて激痛にもだえるフレア。そこへ、ゆっくりと近づいてくる大きな影があり、しゃがみこむフレアを覆い尽くす。
「強制終了させてもらった。悪く思うな」
赤い鼻を見られるのもお構いなしに、手を外しフレアはブレイドを見上げた。
「な、なぜですか…?」
「はじめに言ったはずだ。こいつはあくまで、テメェらの実力を見るためのモンであって、決着をつけることが目的じゃない。続きがやりてぇなら他でやれ。――オラ、次ぃ!」
ブレイドはポケットに両手を突っ込みさっさと立ち去っていく。その向こうで次の組が階段を駆け下りてくる。
ハッとし、フレアは砂の壁を回り込んだ。
「あなたの名前――あ…」
相手の背中はすでに遠かった。デメトリアは落ちた長剣を拾い、振り向きもせず階段の方へ向かって歩いてゆく。深緑色の髪に覆われた長身の背を、フレアは名残惜しそうに見つめる。
(次は戦う相手としてじゃなく、違う関係として話せたら…)
フレアの望む未来は、この先訪れる日が来るだろうか。夕日が沈むまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。
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