Episode.8 Reunion and new encounter
宣誓式後のクラス分け発表によると、新入生三百人を一クラス五十人ずつで計六つのクラスに振り分ける仕組みらしい。クラス名はそれぞれ、ミラージュ、イグニート、ウォール、テンペスト、レイニー、ブリザードとあり、フレアとローズは同じクラス・イグニートの生徒となることを知った。
硝子のない、吹きさらしの石廊下。中庭に面した側からは苔や蔓が入り込んできている。中と外では明るさがまるで異なり、曲がり角の向こうの山麓は間近に感じるほど壮大だ。ただ、これから目標に向かって切磋琢磨していく大事な初日のはずが、教室へ向かうフレアの表情はどこか浮かない。となりを歩くローズもその横顔を心配そうに見つめている。
と、フレアが何かに気づいた。
「え…あれって、もしかして…」
詰め寄り状態で移動する全一年生。たくさんの頭がぞろぞろ動く中、見覚えのある茶髪のツインテールがちらりと見えている。
「エレーナ!」
サッと振り返った相手は――間違いない、彼女だ。エレーナ・シンディーだ。
「エレーナ、こっちこっち!」
「…ああ。フレアだったのね」
フレアは待ち望んだ恩人との再会に喜び、同時にひと安心した。フレアの背に少し隠れるようにしながら、ローズも遅れてついてくる。
「良かったあ。お互い、合格してたんだ」
「そうみたいね」
「ア・テーナ出発の列車の中探したんだけど、ツインテールの子見つけられなくってさ。ちょっと不安だったんだよ」
「ツイン…?ああ」
エレーナは、束ねた髪の先端を指先でいじくりながら言った。
「髪の毛下ろしてたから、気づかなかったんじゃない?」
「ええ…!?」と、フレアはショックを受ける。
「そんなことってあるの?」
「実際あったんだからしょうがないじゃない」
「えぇ…、確認不足…」
「次からはもっと良く見て探すことね。それよりも、あんた、初日からえらく悪目立ちしてるじゃないの」
「う…っ」
あきれたようにため息をつくエレーナ。
フレアはごまかすように笑ったが、その顔はこわばっている。
「イタイとこ突くなー。これでもだいぶ落ち込んでるんだよ」
「…本気、だったのね」
「…うん。超本気」
でも、とフレアは続ける。
「唐突に目標を奪われた感じがして、今まで何のために自分ががんばってきたのか、わからなくなっちゃってる…」
気づけば、そんなことを口にしていた。
沈黙の中、いつしか最後尾の生徒がフレアたちを追い越していき、この場は三人だけとなった。
フレアはわずかに唇を噛みしめ、しかし、ぱっと顔をあげてまた笑った。
「ごめんね、なんか…。今の私、超暗いよね。ほんと何言ってんだろ」
「それはこっちのセリフ。なにガラにもなさそうなこと言ってんのよ。そもそも、どうして目標を奪われたなんて言えるわけ?」
「え…。どういう…」
エレーナは腕組みを解くと、フレアをまっすぐ見つめた。
「確かに、偽神になった人間を元に戻す方法は見つかっていない。現時点では、ね。見つかってないだけで、絶対にないとも限らないのよ。だったら、ないなら探せばいい」
ハッとして、フレアは「そうか…」とつぶやく。
「誰かに否定されたぐらいで、あんたは目標をあきらめるの?あんたの超がつく本気はその程度?」
「…ううん、違う」
実に一時間ぶりだ。フレアに本当の笑顔が戻ったのは。
「私、絶対にあきらめない」
「はいはい」
「ありがとね、エレーナ。おかげで気分が晴れたよ」
「私は別に大したことは言ってないわよ」
「またまた〜」
ローズは二人から一歩離れたところで笑い声の混じる会話を聞きながら、エレーナのことをすごいなと思った。
(あんなに落ち込んでたフレアちゃんがいつもどおりになった。良かった…)
「ん?」と視線を感じたエレーナは、フレアとの会話を中断しローズのほうを見た。パチッと目が合う二人。不意を突かれたローズは反射的に下を向いてしまった。そして、すぐに青ざめる。
(ど、どうしよう…!目そらしちゃった…。絶対感じの悪い子だと思われた…)
多分もう愛想を尽かしてこっちを見ていないだろうと思いつつ、恐る恐る顔を上げてみる。
エレーナはまだ、ローズのほうを見ていた。目が合うなり、やさしく微笑んでくれる。
「はじめまして」
ローズは一瞬まばたきを忘れ、それからぱあっと表情をほころばせた。
「は、はじめまして…」
「さ、そろそろ教室に行きましょ。初日から遅れるなんてことになったら、なんて不真面目な生徒かと思われるわ」
「そうだね。行こ行こ!ローズちゃんも」
「う、うん…!行こっ」
3人はフレアを挟んで横に並んだ。
一面が芝生の中庭は、中央に神獣の
❖❖❖
「本日より私、サラ・ヴァーミリオンがこのクラスを受け持ちます。皆さんどうぞ、よろしくお願い致します」
腰に剣を差した短髪のボーイッシュな女性教師はステンドガラスを背にして一段高い教壇に立っている。かしこまった中にも洗練された大人の女性の魅力のある、賢くやさしそうな人だ。
教室は木製で高貴な絨毯の敷かれた床にちょうど五人が座れるサイズの長机が十個、縦二列に並んでいる。正式な席順が決まるまでは自由席のため、最後に教室に入ってきたフレアたちは中間あたりの空いていた席に三人バラバラに座った。
「そして、こちらが――」
サラは後ろを振り返り、壁際の椅子にもたれかかって座る一人の男を手で示した。
「副担任のブレイド・グラスター先生です。私は基本、必須科目のうち歴史を、そしてブレイド先生には戦闘の実技のみを見ていただいております」
端正な顔立ちだがすこぶる眼つきの悪い金髪の男性教師に一挙に注目が集まり、生徒がざわめき出す。
「ブレイドって、あのブレイド?」
「えっ!?伝説のチーム・ディザスターの?うっそ…!」
「スゲェ…!本物だ…。オーラやべぇ」
「昨年度からチーム・ディザスターの五人全員がアカデミーの教師になったってウワサでは聞いてたけど、本当だったんだ」
熱を帯びたひそひそ声はやむ気配がない。
「オイ」とドスの利いた一声が飛んできた。
「こっちがまだ喋ってる途中だろうが。最後まで黙って聞け」
「す、すいません!!」
「失礼致しました!!」
不運なことに最前列にいた生徒は殺気立ったガン飛ばしを食らうという思わぬ被害を被り、ガタンといわせて席を立ち机に頭をぶつけそうな勢いで謝罪した。運良く被害をまぬがれた後列の生徒はサッと隠れるようにして身を屈めた。
(やべぇ…超怖ぇよ)
(絶対逆らわないようにしよう…)
(今本気でチビリそうになった…。危なかった)
教室の中が静かになると、サラは微笑み、話を再開した。
「では、明日からのスケジュールについて説明していきます」
サラが話している間、新入生の様子を見に来たモルガディオが古びた教室の扉をギシッと開けた。
(さてさて。いま一度、新鮮な顔ぶれを見ていくとするかのぅ)
隙間から半分顔を覗かせる。全席埋まった背中はどこか不自然な感じがした。
(このクラスはやけに姿勢の正しすぎる生徒が多いのぅ。ここから見る限り全員、背筋がきれいに伸びておる。はて、生真面目な生徒ばかりが偶然集まったのじゃろうか?)
事情を知らない彼に、本当の理由を察知する程の洞察力は備わっていなかったようだ。教師と生徒の初顔合わせの光景をじっくり眺めたあと、音を立てないようかくれんぼする子どもみたいに無邪気な姿で扉を閉じた。
「――では、説明は以上になります。今日は初日ですので、ここで解散となります。長い道のりで疲れている方もいるでしょうから、しっかり休息をとって、明日からの授業に備えてください」
途端、はあぁと急速に肩の力を抜いていく生徒たち。彼らはここに来るまでの過程(主にさっきの件)で、相当に体力を消耗しているらしい。休息という言葉は、今の彼らにとって、最上級の喜びだ。
「それでは、各々好きなように――」
「いや、いいことを思いついた」
サラとほとんど腰を浮かしかけていた生徒は目をまるめ、石のように固まった。
ブレイドが教室の外のほうを親指でグイッと指し示す。
「全員、戦闘服に着替えて外へ出ろ。各自のロッカーにもう用意されている」
「え…」
まるで理解が追いつかないらしく、生徒全員、思考停止状態に陥る。
代わりにサラが訊ねた。
「ブレイド先生…?」
「単に休息とったって時間の無駄だ。俺は効率的に授業を進めたい。よって、お前らの現段階での実力を見る。そのために今から、誰にでもできる至極簡単なテストを行ってもらう。今の説明で、ちったあ理解したか?お前ら」
ブレイドはのらりと立ち上がり、顎を突き上げ、180センチを超える長身で最後列の生徒をも見下ろす。
「おい、どーしたお前ら?まさか俺の声が聞こえねェってわけじゃねぇだろうな」
「いえ!すいません!すぐに着替えます!!」
クラスは見事なまでに声を揃え、且つ迅速に行動を開始した。
自分のロッカーへ駆け足で向かい、真っ黒いアタッシュケースから戦闘服を取り出しながら、生徒は思った。
(これがアトラシアアカデミー!めちゃくちゃ厳しいことで有名な学校!)
(自分たちの常識を超えているからこそ、強くて勇敢な有名ゴッドブレイカーが数多く輩出されてきたんだ、きっと!)
(強くなるってこういうことか…!)
いや、彼らは単に巡り合った担任教師が悪かっただけである。
ブレイド・グラスターは学校中にその野蛮性が認知されている程、絶対に担任になってほしくないとして有名な教師だった。
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