第二章

Episode.6 girl in shared room

 雪が解け、ぽかぽかした陽気に満ちてくると、地上へあらゆる生命が姿を現す。世界は新緑に覆われ日の光で美しく輝き、野生の花たちが風に揺られている。外へ出れば、虫や鳥といった小さな生き物がよく目につくようになる。

 春は始まりの季節でもある。人によってはすぐそこに新たな人生と出会いが待っている――


         ❖❖❖


 フレアは列車のかすかな揺れに身を委ねていた。小さなホテルと見紛うような広い空間内の席は、どこも人で埋まっている。モダンな床の上に立ち、椅子のサイドの円形に寄りかかっている乗客もいた。この時間は電気がついておらず、天井の棒状の窓から日光が差し込んでいる。晴れ晴れとした青空。かれこれ三時間、たまに仮眠を挟みつつも、それ以外のときは窓際の席でまるく縁取られた外の景色を眺めっぱなしだった。

 乗客の中にフレアと同じ格好した若者がちらほらといた。男女でデザインは若干異なるものの、全体が黒で統一されアクセントに襟元とその下のボタンが白いところは変わらない。向かう先はみんな同じのようだ。


 (あとすこしでモルダンに到着かあ。第二の都市と呼ばれるくらい大きな街だって、父ちゃんは言ってた。どんなところなんだろう?ワクワクする)


 かすかに緩む頬。列車は海沿いを走っている。だんだんとトンネルに近づいていくのが見え、一瞬にして暗闇の中へ入ると窓に反射する彼女の顔はすこし寂しそうだった。


 (エレーナ、どこにもいなかった…)


 大事な試験の日、道に迷って困り果てていたところを助けてくれた恩人。

 フレアは列車に乗り込むなり五両すべてを探したが、特徴的なツインテールの姿はどこにも見当たらなかった。

 でも、と首を振る。


 (エレーナが落ちてるはずない。試験中、誰よりも率先して動いて、みんなを導いてた。絶対に受かってる。きっとまた会える)


 フレアがそう思ったとき、暗闇にかすかな光が見えはじめトンネルを抜けた。


          ❖❖❖


 駅から出ると、近代的な建造物に挟まれた通りがずっと先まで延びていた。右上の看板には、“フリード通り”と書かれている。一応、アカデミーまでの道のりを示す地図は持っているが、何のことはない、漆黒の制服に身を包んだ学生のあとをついていけばいいだけのことだ。知らない土地でも試験のときみたく迷うこともない、最高の道標である。

 他の学生の姿を見失わないように注意しつつ、観光気分を楽しんだ。村にいたら絶対にお目にかかれなかったであろうものがたくさんあった。噴水広場に時計塔、ありえないほど階段の長い苦行の大聖堂まであった。一番心を持っていかれたのは、どんなにすごい風景や建物より、市場で売られていたいかにも甘そうなボール状のお菓子であったが。


 「わあ〜っ」


 城が見えてきた。長大な城壁にぐるりと取り巻かれている、堅固と美しさを兼ね備えたまさに要塞のよう。このあたりになると学生の姿が一気に増えだし、城門へ続く坂道をぞろぞろと歩いている。フレアもその集団にまじって入口をめざす。

 ひときわ大きく中心部の建物の前までやってきた。あれがいわゆる、学校でいう校舎にあたるのだろう。学生の集団はまっすぐ城内へ――ではなく、右へそれていく。最初に用があるのはここじゃない。敷地の右端にある学生寮のほうだ。

 アトラシアアカデミーは全寮制である。城は“混沌の時代”より前から廃墟寸前だったところを学校仕様に生まれ変わらせたものだが、学生寮のほうは空いたスペースに増築されたものらしい(合格通知が届いたあとアカデミーから送られてきた入学案内書の中に当時の城の名前や歴史が記載されていたが、歴史分野に興味のないフレアは読みとばしてしまっていた)。三階建ての横に長い石造りの外観だ。これとまったく同じ建物があと、二年、三年、四年とご近所同士で続く。

 鮮やかな緑の芝生を突っ切ってエントランスへ入ると、学生の列が出来上がっていた。合計で三列ある。先頭は正面奥のカウンターのようなところでゴッドブレイカーの戦闘服を着た大人(おそらく教師)となにやらやりとりをしている。部屋の鍵をもらっているようだ。どの列も同じくらいの長さなので、とりあえず真ん中の最後尾につくことにした。

 二十分くらい待っただろうか。ようやく先頭に終わりが見えはじめ、自分の番が回ってきた。ウェーブがかった青髪の女性はにこりと笑う。


 「ようこそ、アトラシアアカデミーへ。入学おめでとう」

 「ありがとうございます!」

 「お名前は?」

 「フレア・バーンズです」


 女性は小声で復唱しながら、手元の名簿を指でなぞっていく。待っている間、フレアはカウンターの奥を見た。壁一面のキーフックは最初は全部埋まっていたのであろうが、半分以上がごっそりなくなっている。比較的遠いところから来ているフレアは後半組のようだ。女性は顔をあげた。


 「相部屋の子が先に来て、鍵を持っていったみたい。行けば開いていると思うわ」

 「そうなんですね!」

 「あなたの部屋は215号室よ。右手の階段から上がっていったほうが早いわ」

 「わかりました。ありがとうございました。これから、よろしくお願いします」


 フレアが頭を下げて案内されたほうへ歩き出そうとすると、「待って」と呼び止められた。


 「大事なことを言い忘れてた。これから四年間、頑張ってね」


 胸が高鳴り、エントランスに「はい!」と元気な声が響き渡った。


 「215、215…」


 コツコツ響かせながら通路をスローペースで歩いていると、ひし形の出っ張りに215と彫られた扉を発見した。


 「あった!ここだ」


 押し開こうとして、あっと思い出す。


 (そういえば、相部屋の子が先に来てるんだった。ちゃんとあいさつしなくちゃ)


 深呼吸をして息を整えた。相手がどんな子かわからないので、すこしドキドキする。手に力を入れると扉がギシッと音を立てた。


 「はじめまして!今日からここで一緒に暮らす、フレア・バーンズです。どうぞよろしくねー……あれ?」


 誰も、いない。

 目をパチクリさせるフレア。

 ベッドと勉強机が二人分ずつ両脇にあるからか少々手狭に感じる室内は、左側がきちんと整頓されているのに対し、右側は木箱が積み重なったままになっている。つまり、相部屋の子は先に片付けを終えてどこかへ行ってしまったのだろう。ベージュ壁の正面の窓から陽の光が差し込み床に反射して目にまぶしい。勢い込んでいった分、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。

 気を取り直し、ふぅと息をつく。


 「私も片付けをしよう!」

 「あ、あの…」


 フレアはさっと後ろを振り返った。そこには、誰の姿もない。不思議そうに首を傾げる。

 

 「今、声がしたはずなのに…」


 と思ったが、視界の端に黒い頭がちょこんと見えていた。視線を下へずらすと、こちらを上目遣いする小動物のような少女とやや目があった。

 胸の奥がキュンとした。


 (か、かわいい…!!)


 ぴょんぴょんとクセのあるミディアムヘア。150センチあるかないかの低身長。白い肌に映える瑠璃色の潤んだ瞳。

 これがかわいいと言わずしてなんと言おうか。

 気づけばフレアは少女の両手をぎゅっと握りしめていた。


 「相部屋の!」

 「は…っ、はい…」

 

 ぐいっと顔を近づけられ、少女は身をのけぞらせた。フレアの興奮した気持ちは止まらない。


 「私、フレア・バーンズ!あなたの名前は?」

 「ろ、ローズ・ブレッド、です…」

 「ローズちゃんっていうんだ!名前もかわいい!これからよろしくね」 

 「あっ、はい…!よろしく、お願いします…」

 「同い年なんだし、ため口でいいから」

 「あっ、うん、はい…です…」


 相手が戸惑っていることに気づき、フレアは、ぱっと手を離した。


 「あ…ごめんね!いきなり。なんだか、妹みたいで可愛いなあって思ったら、つい興奮しちゃって」

 「妹さんがいるんですか…?あっ、いる、の?」

 「ううん!いないけど!」

 「え…」


 一瞬、ローズはぽかんとした。


 「えっと…どういう…」

 「あー、その…変な意味じゃなくって。ちっちゃくて小動物みたいに可愛らしくて、なんかこう、守ってあげたくなる感じがしてさ!そこが、妹っぽいっていうか」

 「あ…なるほど」


 少しだけ、ローズの顔に笑みが浮かんだ。


 「フレア…ちゃんは、明るいのに落ち着いてて、お姉さんっぽい…ね」

 「え!?落ち着いててお姉さんっぽい?はじめて言われたなー…」


 なんだかこそばゆくなったフレアは、顔を赤らめて頭の後ろをかいていた。そんな彼女を見つめ、ローズが安堵したように微笑む。

 

 「相部屋の人…どんな相手なのかわからなくて、ちょっと不安だったけど、フレアちゃんみたいな人で良かった」


 フレアのまるいほっぺたがさらに赤みを増し、またまた照れくさそうに笑う。


 「私のほうこそ…」


 少しの間を置いて、ローズは思い出したように言う。


 「あ…。そういえば、11時までには、新入生全員が礼拝堂に集まって“宣誓式”が行われる予定、だったよね」

 「あっ、そうだった!すっかり忘れてたよ」


 フレアは手のひらをぽんっと叩いた。


 「それまでに荷ほどき終わらせなきゃだなー」

 「あ…私にできることがあったら、手伝う、よ」


 まだまだ、ため口に慣れない様子のローズ。それでも、がんばって距離を縮めようとしてくれている姿勢が伝わってくる。フレアはというと、第一印象からすでに今日から生活をともにする相部屋の新しい友にすっかり気を許していた。

 二人は目が合うと、表情を崩してえへへと互いに笑いかけた。

 


  

 



       

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