Episode.4 unclear exam
試験会場へ向かう途中で、彼女自身のことについてフレアは色々な質問をした。
まず出身がア・テーナであり、この街の道事情はすべて把握していること。なぜゴッドブレイカーになりたいのかを問うと、もともと医者を目指していたが、ゴッドブレイカーの年間の殉職率に非常にショックを受け、志しを変えたのだと言った。
一般的にアトス属性は1人につき1属性が基本だ。だが、エレーナは傷を治すことのできる“癒”属性ともう1つ、“毒”の属性を有していた。複数の属性を持つ人間にはじめて出会い、フレアは素直にすごいと思った気持ちを彼女に伝えた。
「さ、着いたわ。ここよ」
「え…ここ…?」
フレアは眼前にそびえ立つ巨大な建物をゆっくりと見上げていった。無骨な鉄筋コンクリート造で、大鎌を振るおうが炎の弾丸を飛ばそうが、傷ひとつつかなさそうだ。窓は一つもない。入口に目を移すと、たしかに“アトラシアアカデミー入学試験会場は一階奥”と書かれた看板があった。
(横も広いし、縦もデカい…。なんだか色々すごい)
「時間がない。さっさと中に入りましょ」
「…うん」
エレーナの後ろについて看板の横を通り過ぎる。
エントランスにもアカデミーの関係者らしき人は誰もいなかった。広くて薄暗い。極太の柱がいくつも立っている。
建物に入ったときから、試験会場の中はすでに見えていた。正面の扉が開けっ放しになっていたからだ。まっすぐ進んでいくと、急に視界がぱっと明るくなり、見渡しのいい空間が広がってきた。フレアの感覚で言い表すならば、「巨人がこの中で大暴れしても建物が崩れる心配のなさそうな広さ」だ。
「もう人がいっぱいいる…」
ざっと見るかぎり、200人ほどだろうか。武装した若者たちが試験が始まるのを今か今かと待っていた。全体を通して、そわそわした空気が伝わってくる。時間的にフレアたちで最後の志願者かもしれない。
エレーナが深い息をつく。
「…いよいよね。それじゃ、私はこれで」
「え?一緒にいないの?」
思わず、呼び止めてしまうフレア。
エレーナは、はっきりとした口調でこう言った。
「試験は一人で集中したいのよ。悪いけど、一緒に行動するのはここまでよ」
「あっ、そっか」
つまりは本気で合格したいと思っているのだ。同じ気持ちであるフレアは、すぐに納得した。
「わかった。ここまで案内してくれて、ありがとうね。お互い、絶対に合格しよう!」
「お互い…」
出会ってほんの数十分間足らずの関係である相手を気遣えるフレアに、エレーナは少々びっくりした様子だった。
はじめて、エレーナの口元がふっと緩む。
「ええ。お互い、合格するといいわね」
「うん!」
フレアは力強く頷き、そばから離れていくエレーナの背中を手を振って見送った。
直後、笑顔が消えた。
今まではエレーナが隣にいてくれたから気をまぎらわせれていたようで、一人になった途端、一気に心臓のあたりが張りつめた感じになる。
(平常心、平常心…)
そのとき、どこからか強めの風が吹いてきて、フレアの髪が後ろになびいた。フレアはあたりを見回すが、風を送る機械のようなものは何もない。
「皆の者、よくぞ集まってくれた」
上から声がした。
志願者たちがあっと驚いて天井を仰ぐ。宙に誰か浮いている。よく見ると、それは初老の男性で、白い立派な口髭と、靴まで隠しそうなほど長いローブがバサバサと激しくひるがえっていた。
風属性のアトスで自分を浮かせているのだ。
初老の男性は、空中にとどまったまま、大きな声で志願者たちに話しかけた。
「儂は、アトラシアアカデミーで校長を務める、モルガディオ・オッドネスという者じゃ。儂のこの様子は、他二つの試験会場でも中継で流れておる」
モルガディオは、ゴホンと咳払いをして、話を続けた。
「少しばかり、昔話をしよう。ほんの百年ほど前のことじゃ。我々人類に、アトスという超常的な力が芽生えた。偽神が発生しだしたのも、この頃じゃった」
子どもに本を読み聞かせるような、モルガディオの静かで深みのある語り口調は、志願者たちをいっときの間だけ試験の緊張感から解き放っていた。
「“混沌の時代”を抜け出した先人たちは、国を創建し、人々をまとめ上げ、偽神に対抗するため新たな職業を確立した。それが、ゴッドブレイカーじゃ。ゴッドブレイカーは、偽神の脅威から人々を守ることが使命である。しかし、志願者は年々数を減らしておる。それは、ゴッドブレイカーが死と隣り合わせの危険な職業じゃと、世間に認知されてきたことが背景にある」
フレアの脳裏を、母セレーヌの顔がよぎった。
他の志願者たちの表情も、先ほどまでとは別の意味で固くなる。
そんな彼らに、モルガディオは言った。
「それでもなお、ゴッドブレイカーとなるために諸君はここへやってきた。儂はその勇気を讃えよう。じゃが、ここから先は、勇気だけではやっていけぬ事実もある。それが現実というものじゃ。今からそれを諸君に試す」
――来た。志願者たちに一気に緊張が戻る。
「適正判断じゃ。ゴッドブレイカーとしての素質があるかどうか、今試験で見極めさせてもらう。二階席をぐるりと見回してみるといい」
フレアは、他の志願者同様に、二階席へ目を向けた。いまさらながら気づいた。そこかしこに、宗教服にも似た黒の戦闘服姿の人間がいることに。あれはゴッドブレイカーであることを示す服装だ。
「彼らは全員、“霧”のアトスを有しておる。知ってのとおり、霧属性は幻術を使用することができる。彼らの力を借りて、数分後この試験会場に、過去、実際に起きた災害現場をリアルに再現してもらう」
一瞬、志願者たちにどよめきが走った。この反応から、誰もが予想外のものだったのだと窺える。
「諸君には、自分がゴッドブレイカーになったと仮定して、思い思いに行動してほしい。大切なのは、目の前の光景を現実であると思い込むことじゃ。なに、自分が適切だと思った行動を取ればよいだけのこと。ちなみに、会場の様子はここにはいないアカデミーの全教職員たちが中継を通して見、そして採点することになっておる。心して臨むがよい」
動揺を隠しきれない志願者たちを前にして、モルがディオは両腕を大きく開いた。
「では、始めよう。健闘を祈る」
あたり一面が霧で真っ白になり――何も見えなくなった。
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