Episode.3 can't be in time!
村はずれに墓地がある。
入口すぐの道の脇に岩をくり抜いた祠があり、中には小さな女神像が祀られている。素通りは厳禁。どんなに急いでいてもいったんここへ立ち寄り、両手を組んで拝むことはこの村の暗黙の了解である。
それを済ませると、フレアはバーンズ家の墓標があるほうへ向かった。今日の彼女の服装は、いつもの田舎娘の冬衣装とは違い、明るく可愛らしいデザインの小洒落た戦闘服を着ていた。
なぜなら、今日は待ちに待った試験日だから。
これまでの努力が報われるかどうかは、その合否にかかっている。
気合いがみなぎるいっぽうで、昨日の夜から頻繁に胃のあたりがキュッと縮みあがっているのだが。
フレアは墓石の前にしゃがみこんだ。花のいい香りがふっと漂ってくる。花好きのセレーヌが墓石の周りに寒い時期でも咲くという多種多様な花を植えているからだ。おかげで周りのシンプルな墓石などかすんで見えてしまうくらい、ここだけ華やかで目を引きやすい。プレート型の冷たく硬い表面には、“HOLY Burns”と刻まれている。しばらく戒名を見つめたあと、目を閉じた。
「…それじゃあ、ひいおばあちゃん、行ってきます。おばあちゃんの形見も一緒に持っていくから、見守っててね」
そう言って、手元の四角いエメラルドグリーンのアクセサリーケースをそっと撫でる。表面はなめらかな質感の毛皮に覆われているため、触り心地がとても良い。高級感あふれる代物は、ごく普通の庶民的な生活を送る彼女の身には、すこし不釣り合いのようにも思えた。
(さてと、行こう!!)
フレアがこれから向かう場所、それは山道を片道30分かけて下ったところにある都会の街、ア・テーナだ。というのも、試験会場は3つあり、王国の中で比較的大きな街である、モルダン、ア・テーナ、ウッドハグにて一斉に行われる。一箇所でないのは、辺鄙な地域に住む志願者への学校側の配慮なのだろう。
ア・テーナまでの道のりは、母親の買い出しに何度もついていったことがあるため、通い慣れていた。一本道なので、ここを左でこっちは右へ、などといちいち考えることもない。絶対に試験に遅れてはならないと、時間に余裕を持って家を出たこともあり、緊張はすれど心に幾分か余裕があった。
余計なことを考えずできるかぎり頭の中を空っぽにして歩きつづけていると、視界をさえぎる木々が減り、眼下にうっすらと雪の積もった都会的な街並みが広がってきた。一体、ガネット村が何十…いや、何百個あればあの土地が埋まるのだろう。何度目にしても、心の中ですごいとつぶやいてしまう。フレアは山や川で自由に遊び回れる自然豊かな土地のほうがだんぜん住み心地が良いと感じているが、たまにこうして異文化にも似た空気感を味わうのも悪くなかった。
街の入口に着くなり、フレアは上を向いて安堵の笑みを浮かべた。
「はあ〜っ、到着!」
前を向けば、そこはもう人だかりだ。手前の店は外に出たマネキンが女性物の服を着させられているため、ブティックだとすぐにわかる。コート姿の若い男女や手をつないだ親子連れが楽しそうに会話をしながらガラスの扉を出入りしていく。その向こうにも雑貨屋やレストランといった建物が並び、屋根付き市場も奥のほうまで続いている。どこかで楽器の生演奏でもしているのか、ざわめきに混じって豪華な館のダンスパーティーにでも流れていそうなメロディーが空高く響いてくる。
「まずは…」
左肩に下げていたポーチを広げ、四つ折りにした一枚の紙を取り出す。アカデミーから送られてきた簡単な地図だ。試験会場の場所が赤印で示されている。
「最寄りの駅から歩いて約7分。じゃあ、駅から探そう!」
いざ、大きな一歩目を踏み出す。
このときのフレアは、地図さえ持っていれば目的地まであっというまだと信じきっていた。
あれ?と思いはじめたのは、デジャヴの光景に出くわしたときだ。ここさっきも見た気がする、と口をもごもご動かしながら、地図と今いる場所を交互に確認する。ちょうどドーム状の列車がガタンゴトンと目の前を通りすぎていくところだった。
「えっと…ここが列車の通る場所だから、線路沿いをなぞっていけばきっとたどり着くはず…!」
だんだんと焦りはじめている自分がいた。
そのせいか、考えに自信がなくなり、歩くスピードも緩くなっていく。
ついには立ち止まり、もと来た道を振り返った。
「どうしよう、もし目的地の逆方向に行ってたりしたら…。本当はあっちが正解?いやでも、さっきはあっちに行ったから、もとの場所に戻ってきちゃったわけで…」
ヤバい、とフレアは思った。
焦れば焦るほど、迷路のごとく難解になっていく。
時計塔の時刻を見てさらにびっくりした。あれだけ余裕のあった時間は、迷ってうろうろしているうちに試験開始まで残り30分を切っていた。
「うそ…ほんとにヤバい」
このままでは試験に間に合わない。
そうなれば、今までの努力が全部、無駄になる。
ゴッドブレイカーになって成し遂げたかった目的も一生、手の届かないところへ行ってしまう。
(それだけは嫌だ…!!)
何が何でもこの目的だけは手放したくないのだ。
あきらめの悪い心が混乱しかかった脳にある1つの知恵をぱっとひらめかせた。
(そうだ!人に訊ねればいいんだ。地図見せて、この駅はどこにありますかって。なんですぐに思いつかなかったんだろう。急いで、誰かに聞かなきゃ――)
人通りの多い場所で周りをよく見ず動き出したせいで、通行人と肩をぶつけてしまった。
「いたっ…!」
思わず目をつぶったフレアは、ハッと我に返ると、慌てて相手に頭を下げた。
「ごめんなさいっ、前よく見てなくて…。大丈夫です…か…」
相手と視線が合った。
猫を思わせるつんとした顔立ちの少女。茶髪のツインテールは、ほどけば腰まで届きそうなほどに長い。美人だが、意志の強そうな瞳はキツそうな印象を際立たせており、怒っているようにも見える。
フレアはごくりと唾を飲み込んだ。
ヒヤヒヤしながら相手の反応を待つ。
フレアは怒られることを覚悟していたが、少女は意外にも礼儀正しく頭を下げてきた。
「こっちこそ、ごめんなさい。あなたが地図に目がいっているとわかっていながら、避けきれなかったわ。この人だかりだから、許してちょうだい」
「え…。い、いや、悪いのは私のほうだよ!ほんとにごめんねっ」
「いいえ。それじゃあ、お互いがんばりましょ」
「うん!お互い…」
(お互い?)
遠慮がちに手を振る格好のまま、一瞬、思考が固まった。
そして、少女の服装を思い出す。
白い医療着を基調としたコスチューム、両腰に二本の短剣が差し込まれていた。
それらが意味するものは――
「待ってーー!!」
全力で呼び止められた少女は振り返るなり身をのけぞらせた。
「ちょ…っ」
いきなり無遠慮に手をガシッと掴まれたら、誰だって同じような反応を見せるだろう。状況が状況であるフレアは、相手からどう思われるかなど、まるで頭にない。
「救世主様だ〜〜〜!!!」
「は…?」
事情を説明すると、少女は納得した。
「なるほど、迷子になっていたのね。どうりで落ち着きがないと思ったわ」
「あはは…ほんと情けないかぎりで…」
フレアは後頭部をさすって苦笑いを浮かべた。
「じゃ、行きましょ」
「へ?」
「困ってるんでしょ?会場まで一緒に行ってあげるわ」
なんて優しい子なのだろう!偏見じみた第一印象がフレアの中でパンっとはじけとんだ。
「感謝してもしきれないよ。この恩は一生、忘れない!」
「どういたしまして」
感謝の気持ちを最上級に向けられてもなお、淡々としている少女。彼女にとって困っている人を助けることは、良い意味で呼吸するのと一緒なのかもしれない。
少女はついてこようとしないフレアを訝しんだ。
「何してるの?早くしないと――」
「私、フレア・バーンズ。あなたの名前は?」
少女は虚を突かれた顔をした。真正面に向き直り、フレアの目を見つめる。
「エレーナ・シンディーよ。宜しく」
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