Episode.2 I've already decided

 数分も経たないうちに母、セレーヌが例の仲良しの女性を連れて駆け足で戻ってきた。

 事情は説明済みらしい。近づけば肌が焼けるような熱さもお構いなしで、アンリは両手を突き出し大量の水をぶっかけた。じゅわっと炎が消え、白い蒸気が立ち昇る。


 「はい。もう大丈夫よ」


 振り返ったアンリの手からは、ぽたりぽたりと水が滴り落ちていた。


 「ご迷惑おかけしました」

 「ほんとにスンマセン」


 頭を深々と下げて謝るフレアとサン。アンリはポケットから取り出した花柄のハンカチで手をふきふきしながら、「いえいえ〜」と応える。


 「こういうときのために、日頃から水のアトスを扱う練習をしておいて良かったわ〜」

 「この村で水属性のアトスを持つのは、アンリさんだけですからね」


 サンは苦笑いを浮かべながら言った。


 「アンリさん、本当に助かったわ。後でお礼の手作りパイを持っていくから」

 「そんな〜、気を遣わなくてもいいのにぃ。でも、ありがとう」


 アンリはひらひらと手を振り、来た道をゆっくりと戻っていく。

 彼女の姿が坂道の向こうへ見えなくなるまで、セレーヌは頭を下げつづけていた。

 それから、やらかした親子をキッと睨みつけた。二人はピシッと背筋を正す。


 「訓練だかなんだか知らないけど、また次同じようなことをしでかしたら、二度とさせないからね。わかったかい」

 「はい…。ごめん、お母ちゃん」

 「俺ももっとよく注意すべきだった。…スマン」


 二人は本当に深く反省しているようだった。

 セレーヌはふぅと息をつく。


 「お昼ご飯の支度できてるから、訓練は終わり。さ、さっさと中に入りな」

 「わーいっ、お腹ペコペコ〜」

 「腹減ったなあ〜」


 変わり身の早さにセレーヌはげんなりとして、さっきより大きなため息をついた。

 

         ❖❖❖


 家の中は暖炉の火がついて、ポカポカだ。すでに身体中が火照っているフレアとサンは、さらなる汗をかかされた。襟元をパタパタさせて両親と食卓についたフレアは、さっそくテレビをつけた。


 「おいしそう〜!いただきま――」


 カボチャスープをすくってスプーンを口に運ぼうとしたが、流れてきたニュースキャスターの報道にピタッと手を止めた。


 「昨日、王都ラスタニアの市街区で災害レベル5の“偽神”が発生しました。偽神の発生元とみられる男性は、精神鑑定で中程度の精神障害と診断されており、いずれ偽神になる恐れのある人物としてメンタルブラックリストに登録されておりました。

 また、被害規模も大きく、一般の死傷者は37名、駆けつけた40名のゴッドブレイカーのうち、7名が命を落としたとのことです。駆除後、警察組織“光の矢”が人命救助を行い――」


 繰り返し流れる過酷な被災現場の様子を、フレアは真剣な面持ちで見つめている。

 セレーヌがかっさらうようにリモコンをとり、何も言わずにテレビを消した。

 フレアの目に厳しい顔つきの母親が映り込む。


 「本当に、アトラシアアカデミーに入って、ゴッドブレイカーになるつもりかい?…私には、あんたがゴッドブレイカーとしてやっていけるような才能があるようには見えないけどね」

 「お母ちゃん…」


 フレアは、険しい表情でパンをちぎって食べる母親の姿を見て、眉根を下げた。

 サンがスプーンとフォークを持った両拳で「いや」とテーブルを叩く。


 「フレアの運動能力の高さは目を見張るものがあるぞ!同年代の男子にだって引けを取らん。俺が保証する」

 「そんなことは聞いちゃいない。今は、ゴッドブレイカーとしてやっていけるかどうかの話をしているんだよ。あんたは心配じゃないのかい!この子の父親だろう?!」

 「それは…」


 サンは尻すぼみになり、表情を暗くした。


 「…心配だ。フレアの身に何かあったらと思うと、気が気じゃない」

 「だったら――」

 「けどな、セレーヌ」


 サンの真剣な眼差しに、セレーヌは開けかけた口を思わず閉じた。


 「この子は本気だ。武器の扱い方を教えてほしいと頼まれたときから、俺はわかっていた。人の信念は、誰かがとやかく言って、そう簡単に曲げられるモンじゃない。そうだろ?フレア」

 「うん」


 フレアは深くうなづく。カボチャスープの中にスプーンを戻し入れると、姿勢を正して、セレーヌに向き直った。


 「私はゴッドブレイカーになる。そう決めたんだ」

 「…そうかい」


 セレーヌはそれ以上説得することをあきらめた。


 「なら、試験で恥ずかしい結果にならないよう、全力を尽くすことだね」

 「うん。ありがとう、お母ちゃん」


 セレーヌの顔が普段通りの表情に戻ることはなかったものの、それでも応援の言葉を口にしてくれたことはフレアにとって嬉しいかぎりだった。

 


 

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