地獄のへレイドーGhost genocide ー

心橋真子

第一章

Episode.1 tomorrow, at last

 舗装された山道を上った先に小さな集落がある。ウィンドラム王国の北西に位置する、ガネット村。一本のなだらかな坂道の左側には石造りの民家が建ち並び、右側は牧場、畑、段々になった田んぼが連なっている。寒風が吹きすさぶこの季節、農作業服を着て仕事にとりかかる者は誰もいない。葉のついていない痩せぎすの木々は、どこかみすぼらしい。

 坂道を上り終えると、広い砂地が見えてくる。左手には一軒のやや大きな民家、敷地をぐるりと囲むようにどかしたあとの雪が山積みとなり、白い粉を吹いたような森がどこまでも続いている。そこに断続的な金属音が響く。「やあ!」と気合いのこもった少女の掛け声も。砂地の庭で誰かが戦っているようだ。


 「来い、フレア!」

 「言われなくても!」


 一騎打ちをするのは筋骨隆々の大男と――オレンジのボブヘアーに縁取られた可愛らしいまる顔の、長い脚がすらりと伸びた背の高い少女。どちらも背丈の半分か、またはそれ以上もある刃の大鎌サイズを握りしめている。少女は地面を蹴り、風のような身軽さとスピードをまとい、どっしり構える大男へ突っこんでいく。


 「やっ!!」


 両腕の細さからは想像もできないような派手なぶん回し。だが、大男はすべてを先読みしているかのごとく、いとも簡単に受けとめていく。大きな挙動のあとに生まれた一瞬の隙を突いて、少女を大鎌サイズごとはじき飛ばした。


 「どりゃあ!」

 「うわっ!?」


 こればかりは体格差が物をいう。少女は一撃で尻もちをつかされた。勝負あったようだ。大男は両手で大鎌サイズを持ち上げ、ガッハッハと高笑った。


 「どうだ、フレア。父ちゃんの底力を。まだまだ娘には負けんぞー」

 「もう、父ちゃん強すぎ…。10回中1回、ぎり勝てるかどうかの力量差だよ」

 「そりゃあ、お前。俺は武器職人だからな。根っからの武闘派なのさ。これでも昔は、村に押し入ってきた盗賊なんかを俺一人でやっつけたりしてたんだぞー?よっ!負けなしのサンさん、村一番の力自慢ってな。ガーッハッハッハッ」


 身体をのけぞらせて有頂天になる父親に、フレアはまた始まった…という反応だ。

 サンはふと真面目な顔つきに戻ると、お尻の砂をパッパッと手で払いながら立ち上がった娘を見た。


 「俺に負けてばかりで、“神殺ゴッドブレイカーし”になれるのか?アカデミーに通うための試験は明日なんだろ」

 「そうだよ。それに、強くなるためにアカデミーに通うんだ。卒業する頃には、絶対父ちゃんより強くなってるから」


 フレアは親指をビシッと立てて前に突き出し、同時にニカッと笑った。いつも前向きで明るい娘の言葉に嘘偽りは微塵も感じられない。サンは嬉しそうに鼻の下を指でこすった。


 「へへっ、そうかい。娘が立派になって帰ってきたら、今まで武器の使い方を手とり足とり教えてきたかいがあるってもんだ。父親として、誇らしいかぎりだぜ」

 「ふっふっふ…」

 「ん?」


 突然、娘が意味深に笑いだす。

 サンは何事かと思う。


 「父ちゃん油断したらダメだよ。――隙あり!」

 

 フレアは、構えていないサンに向かって離れた位置から刃を振るった。

 だが、刃は当たっていない。

 代わりに、


 「うぅおっ!?」


 炎の弾丸をサンはとっさに避けた。

 当たりはしなかったものの、父の焦った顔が見られてフレアはご満悦だ。


 「今の技、隠れて練習してたんだ〜。遠距離からでも敵を討つ、方法!」

 「ほぉ〜!すごいじゃねぇか。びっくりしてチビりそうになったぞ」

 「も〜〜っ、父ちゃん下品な言い方やめ…――あーーーーー!!!」

 「今度はどうした!?」


 フレアはあわあわと父親の後方を指さす。


 「木が燃えてる!!」

 「なに!?――本当だ!木が燃えてるじゃねえか!」

 「それさっき言ったよ!ど、どうしよう父ちゃん…!」

 「こんな木に囲まれた場所で、“火のアトス”なんか使うからだ!」

 「だって…父ちゃんびっくりさせたくて…」

 「そんなことより、火!火!」


 慌てふためく親子。木は濡れた樹皮をあっというまに乾燥させて炎に包まれてしまい、バチバチと音を立てながら、もうもうと煙を上げている。早く消火しなければ、周りの木々に燃え移り、下手したら山火事になる恐れがある。

 サンは、あっという顔をし、自宅のほうを向いて大きく息を吸い込んだ。


 「母ちゃん!お前と仲良しのアンリさん呼んできてくれ!木が燃えちまったー!」


 すさまじい声量はやまびこをも呼び寄せ、フレアが耳を両手で塞いでもビリビリと痛む程だった。

 ドタドタドタッ、と足音が近づき、バンッと玄関の扉が開いた。

 中から出てきたのは、フレアと同じ髪色と顔全体のパーツがまるく可愛らしい顔立ちの母親だが、今は怒っていて似ても似つかない。


 「なんだって!?」

 「母ちゃん木が…」

 「わかってるよ!何やってんだって話さ。まったく、あんたらバカ親子ときたら…。すぐアンリさん呼んでくるから、そこで火の様子見てな!」

 「はい…すいません…」


 似た者親子は、謝る姿勢まで息ぴったりだった。 

 


 


 


 


 

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