主人公が悪役に惚れるお話
モブキャラ
プロローグ
或いは無双、その光景を目にした者が浮かぶ言葉は漢字二文字で事足りる。
とてもありきたりで、とても単純で、とても普遍的で、とても陳腐な喩え。だがこれ程この漢字二文字が合う状況と言うのは稀にも見ない。
それ程に今、目の前で起こっている光景は悲惨な物だった。
この状況に居合わせた一人の者は思う、戦場とはこんなにも残酷無慈悲な所であったかと。
確かにたった一人の力で、戦況が傾き劣勢になることは多々ある。此処はそんな世界だ。剣を振えば大地を穿ち、味方を守る為に盾を構えれば相手を弾き遠くへ吹き飛ばす、馬車で一ヶ月かかる道を人、一人の足で一日で巡ることが可能になる世界。
前例はあるし可笑しいことは無い、一騎当千そんな言葉も
現にこの状況に居合わせ、思う者も人知を超えた戦果を無限に上げてきた。
種族としての頂点、などと呼ばれ最強種とか言う造語が生まれた原因の一種である
そんな戦果の元、彼は国の中でも最高峰の兵士、騎士団長になった。
騎士団長、それは数々の戦果を挙げ、実力が有るものではないと得られぬ称号と、立場。
そんな立場、だからこそ簡単に取れぬ物ではない。彼は今まで様々な努力を行って来た。
才能のみでは先程も言ったそんな英雄譚の如く最強を振る舞うように成れない。竜を討伐する程の境地に至るには数年、数十年、時間を賭け、或いは一生を賭けて訓練しないと行けない。
もし努力なしに最高峰の兵士になれるのなら皆がそうなっているであろう。騎士団長と言う肩書は伊達では無いのだ。
そして時間を掛ければ掛ける程、当たり前だが人は老いる。
老いれば当然の様に、顔や体にシミや皺ができ、髪だって艶を無くしその色を落とす。
戦場を駆け巡る所為で
老いの苦労を知り、体感しているからこそ、彼は怯え恐怖に震える。
眼下に映るこの化物は何だと。
この蹂躙劇を繰り出している者はたった一人の少女なのだ。
その見た目からは何ら一切の老いを感じない。髪は老婆の様に白くは無く、身体には皺やシミの一つだってない、若く健康そうな少女。
透き通った白磁の様に滑らかな素肌。陽光を青白い艶と共に反射させ、風に靡かせる黒い長髪。黄金比の如く整った
長い睫毛に隠された青紫色の虹彩、童児の様に幼いが異様に整った顔……その蹂躙劇を繰り出す彼女は絵に描いた様に美しい。
場が違えば目を奪われその容姿を舐め回す様に見ていたであろう。
或いは、王に惚れ込まれ姫として向かい入れられるか……
彼女一人の美のみで戦争が起きる。そんな、一国を傾かせる程の美容、
美麗な少女が、その美しい顔で、文字通りの死を運んでくる。
彼、騎士団長が言いたい事はつまり……彼女は人間らしくないと言う事だ。老いを感じる程の努力を積み上げてこない限りありえない様な死屍累々を作り出して居るのに、場に合わぬ程、少女は美しい。
戦など知らなそうな幼い顔をしときながら、この場の誰よりも戦果を上げている。死を造り出し気にしない様歩く姿すらも美しい。そして怖い。
何も怖いのは老いを見せてない所だけでは無い。何よりも一番の恐怖は彼女自身、何もしてない所にあるのだ。
素早い動きで翻弄し相手を切り刻んでいる訳でも、拳を振い相手を吹き飛ばしている訳でも。すべて違う。
眼前に映る彼女は唯、態勢を構える事さえもせず、街中を散歩をするかの様に真っ直ぐと前にゆったりと歩いている。たったのそれだけで屍の山を創り出しているのだ。
彼女が歩いた道は、草も人も、生きた証を残す慈悲すらも与えるつもりは無いのか赤黒い塵となり死滅して行く。
生きたままゆっくりと塵と化して行き大きな悲鳴を上げる仲間の姿が嫌に鮮明に残る。
彼女がどんな術を使って今の状況を創り出しているか皆目見当がつかない。本当は人に化けた死の概念、
死を想わせる恐怖が彼女にはある。
そんな存在がこちらに視線を向けた、どきりと心臓が高鳴る。
恋の予感など笑って言える程の余裕はない、今直ぐにこの場から立ち去りたい。
逃げたい。逃走意欲が騎士団長の胸中を埋め尽くす。
だがそれは叶わない、彼女から逃げ切る自信が無いと言うのもあるが、立場故の問題だ。
彼は飽くまでも騎士団長だから……周りの部下よりも我先へと逃げ出す事は許されない。
蛮勇、相手は一体、自分の逃げないという選択肢をどう捉えるだろうか……少なからず生きて種を繁栄させるのが目的の
ゆっくりと目の前の
騎士団長は震える息を吐く。
一歩、
次に騎士団長は息を思い切り吸い上げる。
また一歩、
騎士団長は最後に化物に向かい刀剣を掲げた。
『ニンファエア帝国、第一帝国騎士団所属、騎士団長!パニスキロズ・オー・ニンファ!!
貴様を我が帝国の障害と見做した、故に!
私は貴様を討伐するッ!!』
先程吸った息を全て吐く様に大声を荒げ彼は自分を名乗った。
そんな咆哮とも言い難い自己紹介が争いの場を支配する。
同時に、ぴたり。などという音が幻視しそうな動きで、刀剣を掲げ名乗った対象の相手は、化物は動きをやっと綺麗に止めた。
「律儀ね」
足を止めた後、少女は呟くようにけれど透き通った美麗な声を響かせる。騎士団長程の声を一も出していないのにも関わらず、彼女の声には不思議と迫力がある。
騎士団長は少し面を食らったような表情で声すら美しいのかと
「だけど、流石に討伐は難しいんじゃない?貴方には」
少女は少し間を空けながら喋る。
「…………無理だろうな、っと共感したい所なのだが、生憎周りには部下がいるもんでな……その言葉は否定させて貰う」
会話が続くとは思っておらず、少し返答に困りつつも騎士団長、パニスキロズは少女に言葉を返した。
団長の言葉に対して少女は溜息を吐き、顔を俯けて唇を僅かに動かす。どうやら小言を言っている様だがパニスキロズには聞こえては来ない。
『……行かせて貰うぞ』
なんと言ったかは彼は聞かない、聞いた所で直ぐに死んでしまうから……。
少女が呆れた顔を向けながら「勝手にして」と言葉を返した。
パニスキロズは手に持つ刀剣を下段に構える、ニンファエア帝国で主流の流派の構えだ、パニスキロズ流大剣術。
騎士団長の名が入っているのはこの型を確立させた張本人だから。
構えたと同時に彼の陽に焼けた浅黒い肌が膨張し、蒸気を上げた。普通ではありえない光景だが、周りの兵は勿論、少女ですらも、当たり前の様にその光景を見つめる。
彼が行っている行為は、戦技と呼ばれる技、『宣戦布告』と『決闘宣言』だ。
戦技、それは戦士職の者が魔術師相手でも不遜なく戦えるようにした技術の一端、己の
先程の大声での自己紹介は『宣戦布告』を発動する為に、武器を構えて相手に向かい『……行かせて貰うぞ』と態々いったのは『決闘宣言』に必要な行為だったのだ。
そして彼が使った戦技、『宣戦布告』と『決闘宣言』はそれぞれ、対象の注意を惹く代わりにあらゆる耐性を己に付与する、対象と一対一の状況を作り出し己の筋力を上げるという効果がある。では筋肉が膨張し、蒸気を上げているのは何なのか……。
彼の身体が淡く光り始める、
片足を前に力強く踏み込む。彼の一七五センチの身長程に迫る大剣を持ち直し下段から真横に構える。少しの間を置き彼は最後に腹から大きな声で叫んだ。
『ぐおぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!』
――パニスキロズ流大剣術、秘儀
彼はこの戦技をそう呼んでいる、今までの戦いで一切、敵にも部下にすらも見せてこなかった最強の切り札。『
この技は彼の今までの英雄譚の如くの無双劇を表しているともいえる。さらにこの戦技のすごい所は他にある本来、戦技とは一度に三度までしか重ね掛けが出来ないのだが。
『精神集中』
『斬撃強化』
『身体超強化』
『会心の一撃』
『瞬歩』
『乱撃』
『完全要塞』……
挙げれば、数えるのが無駄になる程の数の戦技を再現する、からこそまるで無数の戦技を同時に掛けた事として扱える。扱った後の彼は天下を無双するほどの力を手に入れる。これこそが彼の完全な切り札となる戦技だ。
今しか、これを使う事が出来ないし機会としては完全に丁度よい。
何はともあれ、彼に纏っていた淡い光は先ほどの雄叫びと共に辺り一面に広がり、パニスキロズを中心にして半径一〇メートル程の円を作り出していた。
雄叫びにより静まり返った戦場、その中心に移り変わった中でパニスキロズと少女は向かい合う。
片方は今に全てを懸けて殺すという勢いで、片方は面倒そうな表情で。両者見つめ合う。
(真面に相手されてないなこれ……正解は怠いだったかな?)
彼は悟る、この面倒くさそうにこちらを見やる彼女に殺されるのかと、彼を彩った数々の英雄譚の最後は面倒な依頼を片付けらる様に粗雑に終わるのだと。
死ぬ、そう分かっていても、足を前に踏み入れないと行けないのだから、世の中というのは本当に無常だ。
特に人間社会という物は
パニスキロズは軽く息を吐いた、文句を項垂れていても仕方がない、彼は目の前の化物に睨みをきかせ……自重を前に傾かせるのと同時に、消えた。
無論、消えたというのは比喩だ。目に留まらない速さで彼は駆けたのだ。恐ろしい速度で彼女と彼の五〇メートル程の間は瞬時に埋まる。
そんな中彼女は何もしない、唯ぼんやりと中空を見つめて、ため息を吐いている。
残り五メートルに迫った時、彼女はチラリと後ろを確認してから唇を動かした。何を言っているかはわからないし、消えて見える程の速度で迫っている彼としては何を言っても言い終わる事は無いと考え何を言っているかを確認しない。
三メートル
二メートル
一メートル
パニスキロズの大剣が化物に届く間合いに入った、と同時に彼の手に持つ大剣は灰となって消える。
それだけでは無い、少女の周りには何も無くなっていた、剣も鎧を着た男の姿も。いや一つだけ、と言って良いのか分からないが有る。
今まで死んで消えた他の兵士と同じ様な赤黒い砂塵が空中を漂いながら存在する。
そこで周りの、パニスキロズの部下たちは悟った。
かつて、生きた要塞だと謳われた戦士長が。
かつて、竜を討伐し、ドラゴンスレイヤーという夢のような称号を手に入れた戦士長が。
かつて、陛下の護衛として選ばれた戦士長が……。
「死んだ」
死んで、形を残さず消えてった。
声すら上げることを許さず、刃のたった数ミリの傷跡を残す事を許さず、目の前の少女に何も残す事なく殺された。面倒そうな表情は、彼の姿すらをも記憶に残さない気なのだろうか。
彼女には関係がないのだ、大地を穿つ程の剣の腕前も、要塞の如く振舞う強靭な防御力も、大地を一瞬で駆け巡る迅速な足も。彼女には全部、全て無意味なのだ。
この惨劇を前にした兵士たちは悟る、何もかも全てを。それは別に宇宙の真理などではない、世界の真理でも、生の意義でもない。
悟ったのは今から起こる惨劇とこの世界の
彼女の前にはどんな英雄だろうが勇者だろうが関係が無いのだ。
彼女は平然と歩く、何も無かったように。
歩けば、周りの者々は砂の様に消え去り死んで行く。
一人、二人、三人、四人。
殺した人数は関係ない。
歩けば、人も草も関係なく死ぬ。簡単に。
どんな英雄の剣もどんな大賢者の魔術も彼女を前にすれば死ぬ。もしかしたら神ですらも。
無常で慈悲の一つだって無意味。
どんな剣豪の剣も、どんな魔術も、彼女には無意味だ。
兵士らは何度も何度も繰り返しに思う、
兵士にとっての剣は手に持つ武器の事だ、では彼女にとっての剣は……そう、それは目の前の惨劇で分かる。
かつての訓練で、岩を砕いてすごいと笑いあった兵士が死んでいく。
かつての訓練で、水面を沈まぬように走り合った兵士が死んでいく。
兵士の剣は、彼女には無意味だ、なぜならば彼女は。
歩くだけで人を殺せる。
生きてない物ですら砂に変えてしまう。
「ばけっ……ものっ」
誰かが呟いて、その誰かも死ぬ。
そんな中、ある兵士達は一つのこの国に伝わる迷宮と伝承を思い出した、それは、御伽噺のような神話のお話。
聖書に書かれたこの国の者達ならば誰でも知っているような、
永久牢獄、という迷宮の生まれと伝承に着く話。
原初の魔王の産れのお話を……。
それらを思い出した兵士達は更に恐怖に身を震わせ、
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