Ⅱー2

 ブルゴス城を出立する日。

 

 セルジは、アルマス家の酷薄さを、またもや思い知らされた。持たされた路銀は、必要最低限。全くもって心もとない。

 

 旅のために用意された馬車は、零細な商人などが使う粗末な荷馬車で、申し訳程度に荷台へ幌がかけてある。

 

 ──貴族に相応な最低限の扱いすら、惜しむということか……。

 

 セルジは、心が折れそうになる。知らず知らずのうちに、うなだれていた。

 

 そこへ、インマがセシーリアを先導してやって来た。彼女は、気配りのできる人だ。その様子を、察しないわけがない。

 

「セルジ様。もしかして落ち込んでます?」

「いや。そんなことは……」と、彼は言いよどんでいる。

 

「馬車なんか、雨避けがあれば、足りていますよ。そもそも、お嬢様と私は、貴族用の馬車なんか使ったことがないんですから。なんの不足も感じません。ねえ、お嬢様」

「それもそうね。貴族用の馬車に乗るのは、私たちが、それ相応な人物になれてからでも、遅くはないわ。それまでは、分相応でいいんじゃないかしら」

 

 その言葉は、強がりには聞こえない。本心なのだろう。

 

「そうか。セシルたちは、案外たくましいんだな」

「単に、貴族の生活になじめていないともいえますが」

 

 セルジには、アルマス家への皮肉めいた言葉に聞こえた。これにどう応じたものか、とっさには思いつかない。いささか強引だが、話題を変えることにする。

 

「ところで、旅の行先のことなんだが……」

「あら? ドピニ騎士団領ではありませんの?」と、セシーリアは、素朴な疑問を口にした。

 

「仮に、見習い騎士になれたとして、君たちを養っていくだけの収入が得られるか、わからない」

「すべてをお従兄様に頼りきりのつもりはありません。私たちも働く覚悟はできています」

 

 セシーリアはそう言うが、現実はもっと厳しいと、セルジは読んでいた。


 自分たちは成人したばかりで、世間の荒波をほとんど知らない。世間を甘く見ない方がいい。誰かに援助を仰がないことには、いずれ行き詰ることが、目に見えている。


 セルジは、当初、母マルガリータの実家の伯爵家を頼ろうかと考えた。しかし、知る限りでは、母と実家との間は音信不通状態だったようだ。

 

 実家の伯爵家は、病弱な母を、アルマス家へ捨て駒的に嫁がせたのではないか? だとすると、そこに娘への愛があるとは思えない。はたして、その子に手を差し伸べるだろうか?

 

 それに、セシーリアは、伯爵家とは全く血縁関係がない。自分はともかく、セシーリアまでともなると、希望は限りなくないに等しいだろう。


 代案に考えたのが、セシーリアの父、神聖ルースガア帝国皇帝カールⅤ世だ。

 

 彼女が認知されなかったことは承知しているが、実の子であることは、調べれば造作なく裏はとれるはず。事情を説明すれば、わが子の面倒くらいは、みてくれるのではないか? それが実現すれば、自分が養うよりも、ずっと幸福な生活が送れるに違いない。

 

 セルジは、これを提案してみることにした。

 

「まず、セシルの父上を頼ってみようかと考えている」

「私の父ですか?」

 

 セシーリアには、皇帝という雲上人が実父である、という実感が全く持てていなかった。だが、それは事実だという。

 

 彼女は、理知的で、客観的に事実の発生確率を計算できた。今は、選択肢は二つしかないが、まずは皇帝を頼ってみるのも悪くはない。地理的にも、ドピニ騎士団領よりも、帝都ヴィーネの方が近い。ダメだったとしても、さほど遠回りになるわけでもない。

 

「それも悪くはないですね」と、セシーリアは、さらりと言った。

「従兄よりも実父の方が血のつながりは濃いわけだし、その方が幸せになれるだろう」

 

「仮に、父が、私に対する愛情を持っていればの話ですが」と、彼女の言は、ニヒリスティックな色彩を帯びている。

 

 ともかく、当面の旅の目的地は、帝都ヴィーネに決まった。


 準備を整え、いよいよ出発しようとしていたとき……。

 

「おーい。待ってくれよう」

 

 遠くから、少年の声が聞こえた。見れば、こちらへ向かって必死に走ってくる。

 たどり着いた少年は、ハアハアと荒く息をしている。

 

 インマが、親し気に声をかける。

 

「なによ。ハビエルじゃない。わざわざ見送りに来てくれたの?」

 

 ハビエル・モレノは、ズイノレ亭の次男坊。一月だけ年上のセシーリアの乳兄弟だ。

 

「いや。そうじゃなくて、俺も連れていってくれねえかな?」

 

「なによ、それ? 家族は承知しているの?」

「俺は次男坊だから、どっちみち店は継げない。自分の店を構えるなら、いずれ外に出て兄弟団で修行を積むことになるからさ。それが、ちょっと早くなるだけの話さ。母ちゃんも、いいって言ってくれたぜ」

 

「あんたにしては、もっともらしい言い訳を考えたわね。『お嬢様、大好きーっ! だから、離れたくないよーっ!』って、素直に白状しなさいよ」

「セシルは乳兄妹だぜ。俺にとっては大切な人だけど、す、好きだなんて。それに、セシルは、貴族なんだぞ」と、耳まで真っ赤にして、照れている。

 

「まあ、そういうことに、しておいてあげるわ。セルジ様。純朴な少年を邪険にするのも気の毒だから、連れていってあげましょうよ」

「馬車には乗れるスペースもあるし、俺は構わない」

 

「あんた。自分の路銀くらいは、持って来てるんでしょうね!」

「いちおう、家族が貯金をはたいて、金は持たせてくれたけどさ……」


 とにもかくにも、四人で旅へ出発することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る