Ⅱー1

「セルジ。喜べ。かのドピニ騎士団が、おまえを騎士見習いに迎え入れてくれることになったぞ」

「えっ! ドピニ騎士団に?」


 父アルベルトに突然呼び出されたと思ったら、いきなりの話だった。セルジにとっては、寝耳に水だ。父の浮かべる薄笑いが、冷笑に思えた。


 ドピニ騎士団は、クリズフ教会の公認した騎士修道会で、正式名称は「ドピニ人の聖母レイア騎士修道会」という。テンブルム騎士団、聖ヨハネス騎士団とともに、ユーレミヒ地方における三大騎士修道会の一つに数えられる名門だ。


 騎士道は、有能・勇敢な庶民、農民、農奴などで、それを目指す者にとって、茨の道でありながらも男のロマンとなっている。セルジも夢を見ずにはいられなかった者の一人だ。

 

 ──頼んだわけでもないのに、あの父が?


 セルジは、考えを巡らせる。

 ブルゴスの町が属するパルウプガル王国の東方にカバレスベア王国がある。ここを通過し、さらに東方のネフクラ王国のさらに東方の神聖ルースガア帝国の東北方に、ドピニ騎士団領は位置する。はるか遠方だ。


 ──名門とはいえ、あえて、あんな遠くの騎士団を? なぜだ?

 

 先日、病がちであった母のマルガリータが、介抱のかいなく天に召された。それから、まだ一月もたっていない。


 性悪ぞろいのアルマス家にあって、マルガリータは、まともな感覚の持ち主だった。そんな存在がいなくなって、開放感を覚えているのではないかと想像するに、腹が立つ。

 

 ──母上の死と無関係なはずは、ないよな……。

 

 アルベルトは、正妻のマルガリータが病弱なことをいいことに、結婚してすぐに愛人を作った。愛人のマヌエラ・フェルナンデスとの間には、二男二女の子供をもうけている。

 

 最年長の男児・セルヒオは、一つ下の一三歳。


 ──マヌエラのやつと結婚して、セルヒオを正式な後継ぎにしたいということか?


 それで、俺を厄介払いすると? 俺には、例の秘密がある。運命とは、残酷なものだな……。

 だが、母が亡くなった今となっては、一人抵抗するのも、むなしく感じる。

 

「どうした? 不満か?」

 

 アルベルトは、さらに踏み込んでくる。セルジは、しかたなく覚悟を決めた。

 

「そのようなことは、ございません。父上。お気遣いいただき、かたじけなく存じます」

「そうだろう。そうだろう」

 

 これで終わりかと思いきや、アルベルトは、下卑た薄笑いをニタリと浮かべた。

 

「おまえも一四歳を迎えて成人となった。もう立派な大人だ」

「それについては、感謝の言葉もございません。これまで育てていただき、ありがとうございます」

 

 セルジは、通り一遍の謝辞を述べた。言葉の意図が把握できない。いい予感はしない。

 

「セシーリアも、一二歳で成人になったのだったな。立派な大人なら、あやつの面倒ぐらいはみられるだろう。一緒に連れていけ」

「えっ! セシーリアをですか?」

 

 形ばかりとはいえ、未成年であれば皇帝の子の養育は放棄しえないが、成人になれば自己責任だ。家から追い出しても、問題はない。そんな、おざなりな理屈なのだろう。

 

 ──なんと酷薄な!

 

 自分の親とはいえ、見下げ果てたものだ。あまりの情けなさに、心が痛む。

 

 マルガリータの意を受けて、セシーリアをかげながら援助してきた使用人たちは、彼女が亡くなり肩身が狭くなった。ここで自分がいなくなったら、セシーリアとインマは、アルマス家の中で完全に孤立してしまう。

 

 ──今でさえ、いい境遇とは言えないのに……。

 

 セルジに、もはや選択肢は残されていない。

 

「承知いたしました。私が責任をもって、面倒をみます」

「そうか、そうか。よくぞ申した。さすがは、俺の子だ」

 

 アルベルトは、思惑どおりにことが運んで、満足げだ。セルジは、自分とセシーリアに、明るい未来が待っているとは、とても思えなかった。



 

 

「そうですか」

 

 セシーリアに、アルベルトに言われた趣旨を伝えると、反応は淡々としたものだった。予見していたのか? それとも、アルマス家への期待など、皆無ということか? 我ながら、情けない気持ちが込み上げる。

 

「そろいもそろって、ロクでなしばかりで、済まない」

「お従兄にい様が謝ることでは、ありませんわ。こちらこそ、お従兄様にご負担をかけることになってしまい、恐縮です」

 

「セシルは、気にする必要はない。俺もアルマス家の一員だ。アルマス家として、なすべきことをなす。それだけだ」

「ありがとうございます。私も、ご迷惑にならないよう努力しますね」

 

「お嬢様。私もついていきますからね。三人で頑張りましょう」と、インマが、彼女らしく、快活に言った。

「インマ。本当にありがとう。あなたがいないと何もできない自分が、恨めしいわ」と言いながら、セシーリアはインマの手を熱く握りしめる。

 

「大丈夫ですよ。お嬢様のすごさは、あたしが一番わかってますから。そもそも、こんな家とおさらばできると思うと、せいせいしますよ」

「おいおい。『こんな家』で悪かったな。俺もアルマス家の一員なんだが」と、からかい気味にセルジが言う。

 

「も、もちろん、セルジ様は別格ですよ」と、予期しなかった口撃に、インマは泡を食った。

 

 その口調がおかしくて、セルジが、そして普段は感情に乏しいセシーリアまでもが、クスクスと笑う。笑われたインマ本人も、つられておかしくなった。


 やがて、三人の間で笑いがはじける。先行きへの不安を、笑い飛ばす。三人ができる精一杯の運命への抗いだった。

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