8頁 一花からの質問 二人の出会い

 ◇ ◆ ◇



「シュバルツオーグ様、後の事後処理はこちらにお任せください」

「ええ、頼みましたよカルムダーク嬢。貴女の手際の良さには私も惚れ惚れしています」

「……お褒めに預かり、光栄至極でございます」


 綺夜子はシュバルツオーグに頭を下げる。顔は決して上げない、彼が許しがあるまで勝手に上げては逆に自分が殺されかねないからだ。

 彼はそんな自分の心情とは裏腹に、目元がない顔で奇妙な笑いを零す。


「クフフ。おやおや、固くならないで? 貴方の生意気なところを私は飼っているのですから、貴方のいい部分を殺さないでいただきたい。私の楽しみが減るでしょう?」

「……配慮します」


 シュバルツオーグ、それは魔法使いである者たちの中での彼の通称だ。

 別称は、ナイ神父ともされている。魔法使いたちが住む魔法界の中でも、無貌卿むぼうきょうという通り名でも知られている。

 最初、秘匿探偵になったばかりの頃、彼が犯人の頭を噛みつくのは、彼の趣味……ではなく、彼のアイデンティティ的な行為なのだとか。

 彼から私が最初の事件を請け負った時、「人間の最もな急所は二つ、脳と心臓、どちらを食べるかなら、私は脳が食べたいのですよ……クフフ」と、不気味に笑う彼の笑みに慣れるのには時間がかかったものだ。


「ならよしとしましょうかぁ……貴方はいつまでも、可愛げのある少女のままでいてくださいね。カルムダーク嬢」

「成人済みですので、少女は卒業しております」

「……クフフ、貴方が処女のままであってほしい、という話ですよ」

「!!」


 私は唇を噛んで顔をあげないよう努める。彼に対して腹立たしさが覚えるのは、師匠よりも面倒な絡み方をしてくるから、と言えよう。


「おや、やはり貴女は今もまだ少女のようだ」

「……お戯れを」


 無貌卿の冗談は、いつも苛つきを覚えさせる羅列しか口にできないのだろうか。


「クフフ、そろそろ貴方の初めてを捧げた助手のために戻ってあげては?」

「わかりました、では失礼します」


 ……よし、ようやく帰れる。

 私は再度、礼をしてから踵を返す。


「ああ、そうそう。貴女の助手君がいた異世界の通路はまだ捜索中ですので、もうしばらく時間がかかります。彼にはそのように伝えておいてください」

「……ありがとうございます」


 私は、扉の前に立ち、胸元に手を当てる。


「暗き闇、ことわりの闇、汝の後背こうはいに潜む面影は、常に汝の胸に。誰そ彼たそがれの刻は我が指先に――――カルムダーク、第27代目が当主、黒崎綺夜子が紡ぐ……開錠を告げよ」


 綺夜子の胸元から銀色の鍵が現れる。

 彼女は持ち手を持って扉の鍵を開けた。

 場所は、探偵事務所の倉庫前だ。


「……ふぅ」


 どっと疲れた。あの人と一緒にいると精神力がいちじるしくとぼしくなる。

 

「……番よ、帰ったか」

「はい、珀。紅茶を入れてください」

「ああ」


 ストレートの紅茶の香りと味を嗜みながら、誰も来ない探偵事務所で優雅な時間を過ごす綺夜子。いつも通りの服を着て、しなやかな足はきちんと揃える。

 お淑やかな手つきで紅茶を一口、二口と喉に通す。

 仕草すらも、可憐さがあった……そう他人は錯覚するだろう。

 彼女は人形的な美しさがある。端正な顔、端正な体躯と並んだ美貌を持ちながらも、内面だけひねくれているが。


「……我がつがいよ、お代わりはいるか」

「お願いします」


 今回の事件も問題なく解決できた。

 一花さんに扮し、生徒たちにちょっかいをかけていたのが金森朱美で変装をして過ごしていた、と教員たち側には告げている。必然的に転校か、高校中退か、はては、彼女にはシュバルツオーグ様の人形になる未来が待っている。

 今回の件で金森朱美はシュバルツオーグ様と強制契約を交わした。

 彼女がもし、今回の悪魔との契約についての話を誰かにすることは彼女の死に直結している。罪には罰が与えられる、そうして世の中は回っているのと同じだ。

 ……親友の友情のすれ違いだったわけだけれど、人の友情は儚い物だ。

 ほんの些細な解釈次第では、互いに壁も立ててしまうことがある。

 一花さんが、人間関係に詰まって今後うつ病にならなければいいけど。

 ……って、今はその話ではないな。


「何度も言いますが、私は黒崎綺夜子くろさきあやこという名前なのですが?」


 珀は片手にティーポットを持ちながら綺夜子に問いかける。

 黒いエプロンをつけている彼に綺夜子は不満をぶつける。


「二人っきりの時は、珀ではなくゼフィルスでいいと言ったはずだ」

「探偵の相棒なら、多少は偽名を名乗らなくてはいけないことも覚えてください。貴方の国籍の用意は大変だったんですからね」

「……その点には感謝している」


 彼は私の執務机に私のカップを無言で攫い、紅茶を注いでくれた……こういうのをスマートでできる男はすごいと思うが、そういうことじゃない。


「……私たちは契約関係にあって、恋人などではありません。番と呼ばないでください」

「惚れた女を番と呼びたいのは、いけないことか?」


 しゅん、と少し拗ねているように見える。

 これだからこの美丈夫は……末恐ろしい。自分の価値を十分にわかっていなければできない仕草だ。いいや、わかっていないのならばそれはそれでなおのこと罪深い。


「場所を考えてくださいっ、お客様が来たらどうするんですか。私たちの世界にも大人のマナーはあるんですよ?」

「……ならば、教えてくれ。お前たちの知識を、できる限り我が国に持って帰られなくてはならない」


 ゼフィルスは、綺夜子の顎にくいっと上げ、優しげに微笑んで見せた。

 少女、と呼ばれる年の女だったのならばあっという間に赤らめてトキメかせているのだろう。

 とろけた微笑みは、恋愛弱者である私にとっても強力過ぎた。


「っ、は、放してください……紅茶が冷めるでしょう?」

「……そうだな」


 私は抗議しながらも、彼がいれてくれた紅茶を一口飲む。

 つい最近まで、紅茶の入れ方を覚えた彼の学習能力の高さは賞賛すべきだ。


「綺夜子さーん! 来たよー!」

「あ、ああ一花さん。今日も来たんですね」

「……今回の件、感謝してます。本当にありがとうございました」


 頭を下げる一花さんは、少し顔に明るさがある気がする。


「あの後から、学校には通っているんですか?」

「いいえ、中退しました。で、お願いをしたくてここに来たんですけど、いいですか?」

「お願いですか?」

「はい! アタシを、ここの正式な探偵助手にしてください!」


 きょとんとしている綺夜子に、ひくっと眉が僅かに動く珀。

 先に綺夜子が言おうとするが、珀が一花の前に出る。


「……悪いが、俺が番の助手だ。元依頼人の娘だろうと譲るつもりはない」

「いいえ! アタシが助手になります! それで綺夜子さんのためにいろいろしてあげたいんです!! いろいろ、と!」


 私は一旦、落ち着くために再度紅茶を飲む。

 いろいろ、と言う言い方は何か意味深に感じるが、まあ、私がしようと思っていたことは変わらない。


「一花さん、私にはもう雪城珀という助手がいます。助手は彼以外いりません」

「……番、」

「えぇー!? ダメなんですかぁ!? ……残念」


 ……流石に、彼女の口留めは大事ですからね。


「ですから、一花さんはアルバイトという形でここで働いてはもらえませんか?」

「いいんですか!?」


 まるでぴょこ、と猫耳がピーンと立ったように浮かれる一花さんに苦笑いした。


「……本気か、我が番よ」

「嘘だというのなら、助手降格でもいいんですよ? 珀」

「……わかった」

「やったー!!」


 元気に両手をあげて喜ぶ一花さんが無邪気な笑みにホッとしつつ、相棒の珀がため息を吐く点は妥協点だと呑んでくれたと思いたい。

 黒崎探偵事務所が賑やかになっていくのを肌で感じながら、紅茶を飲み干した。

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