黒崎綺夜子の秘匿事件録
絵之色
1頁 相棒との出会い
塗羽色の魔女は窓から覗く日向の光を帯びて、より存在を立体化させる。
流れる黒の髪は静寂さを、桜色の唇は女性らしさを。
人々が見るだけでゾッとするほどの端麗な美貌。
アンティークドールと認識するような美麗な手足。
秀麗な衣服に身を包む女は黒を擬人化した女と表現しても差し支えない。
魔女としての魔性さを永続的な未亡人と言う単語に納めても違和感のない女だ。
輪郭の中にある深い黒曜石のごとき漆黒の瞳は少しだけ目を伏せる。
「……今日も、平和ですね」
自宅の屋敷にて、魔女は紅茶を飲んでいた。
閑静足る室内の中、窓を叩く音が聞こえてくる。
人間のノックにしては鋭利な音だ。
『魔女! 魔女!! 開けろ!!』
……しかたがないわね。
コトリ、とソーサーの上に陶器の音色が鳴る。
そのタイミングと同時に、窓が開く。
『カルムダーク! カルムダーク!!』
「……どうしたの? クロウ」
魔女は窓辺から飛んでこちら側のテーブルに鳥が飛んでくる。
クロウと呼んだカラスは私の師匠の使い魔だ。
指を鳴らしてペーパーナイフを手元に魔法で移動させ封を開ける。
『やぁ、カルムダーク……いいや、愛しき我が弟子
「……元気そうでよかったです、師匠」
手にした手紙は内容を師匠の声で話し始める。
私を幼少期に拾い上げて育て上げてくれた彼には感謝を抱いている。
イギリスの別荘で住まわせてくれたのには感謝してるが、子煩悩と言うかなんと言うか……物好きな人じゃなかったら、私は彼と同じ探偵になっていないのだけど。
まぁ、私がやるのは猫探しや探し物、行方不明者を主にしているからまったく仕事がないってわけじゃない……が、今は暇なのも事実だ。
『最近聞いた話だと、相棒を未だにいないと聞いたよ。学生時代、散々探偵には相棒の存在のこと力説したよね? 成人してから数年で、そろそろ結婚してもいい年なのに……もしかして、そんな相手もいないとか?』
「結婚してない師匠に言われるつもりはないですね。適齢期もとっくに過ぎているというのに……貴方にだけは言われたくありません」
ひくり、と頬が引きつる。
……ふざけるのがお好きな人だ。こういう冗談を言わないと死ぬ人間なのを知っているからより腹立たしさがある。
『少なくとも、君。胸元に呪術くらったんだって? 体を大事にしなさい。若いんだから』
「……よくご存じで、私の不注意なので余計なお世話です」
『いつまでもボッチ生活はやめなさい……今度、改めて君にふさわしい使い魔たちと君の相棒にふさわしい候補者たちを集めて君のいる日本に行くから、待っていなさい』
「……っ」
『あ、それといい加減恋人なり夫なり作りなさ、』
ビリビリっ!!
「……もうっ、勝手なことばっかりなんだからっ」
破り捨てた手紙を魔法で燃やす。
灰は後で魔法で箒に掃除をさせることにして……って、そういう問題でもなく、外見は若いだけのいい年のご老人のくせにっ、もう!!
「……庭いじりでもしましょう」
綺夜子は溜息を吐きながら、外に出た。
指で空をなぞりながら、ホースの水を花々にかけていく。
魔法という物は便利だ。とても、便利だ。
「……こんな感じですね」
はぁ……結婚なんて考えたくない。
今の少子社会で小作りしろと遠回しに言われても、そんな相手なんてそうそういるわけもないというのに。絶対スマホだって出会い系アプリなんて入れる気なんざ毛頭ない……運命的な出会いという物に、トキメかない女でもないけれど。
「……私は、恋人なんて持てるわけないのに。先生も、ひどい人、」
「がぁあああああああああああああああ!!」
ガラスが割れる音と共に男の悲鳴が聞こえた気がする。
結界を銃砲か何かみたいなもので破られた感覚もあった。
「……何?」
私は急いで、物音がした場所へと走る。
外の庭と別に温室の方の天上のガラスが大きく壊れているのが目に入る。
上から落ちてきた? 飛行機から落ちてきたとかでも納得できる理由じゃない。
「……大丈夫ですか!?」
硝子の破片の上で異国の恰好を纏った男性がいた。
白髪に近い銀の短髪から覗く獣の牙を思わせる小さなピアス。
藍色を使った民族衣装。上には一部に毛皮が使われた白袖の長いコート……恰好だけなら、まるでファンタジー作品に出てくる雪国の民族っぽい。
ふと、彼の体の輪郭を視線でなぞると腹部が赤く染まっていた。
「……ぐっ、」
「動かないでくださいっ、
私は念のため温室の中にある机に置かれた救急箱を手に取る。
彼に魔法の存在を知られていいわけがない。
下手に動かないためにも彼には一般的な応急手当をしないと。
鋏なども使い、彼の衣服を裂いて早急に手当てにかかる。
「……お前、は、」
彼はぽそり、と口にした。
低くて少し怖い声だったけれど、今はそんなこと言ってられない。
「
「……アヤ、コ」
彼は私の頬にそっと手を触れ、じっと色の瞳をこちらに向ける。
……な、に? 急に。
一瞬、彼は蕩けた顔を私に向けた。
「……貴方が、俺の……
「え?」
彼の呟いた言葉がすぐに
いや、おそらく彼が私の頬に手を触れていた時に触れていたのだと今気づいた。
彼は意識を失ったのを確認し、慌てて治療を施すことにした。
「廻る廻るチドメグサの葉、肌に纏い、芽生える温もりとなりて咲き誇れ」
綺夜子は彼の傷痕に手を触れながら、致死傷を軽傷レベルまで治療する。
「ふぅ、こんなものね……? え?」
唐突に彼の体から獣の毛が生え始める。
同時に彼の体は狼の姿へと徐々に形を変えた。
ウェアウルフ……? それともヘルハインド? いいや、おそらくどちらでもない。だってそのどちらかなら雪国の民族系の衣服なんて着ているはずないもの。
そもそも北海道のアイヌ人のような柄とも思えない。
彼が狼になったのと同時に、衣服が消えるなんてことはなく普通に転がっている。
意外と大きい体躯だが、弱っていることに何ら変わりはない。
『……貴方が、俺の……
……治療に集中していたのに。彼の言葉が頭に過ってしまった。
「
それって、つまり……
その意図を一秒ごとに理解をしようと頭を回せば回す度、思考を回せば回すほど顔が一気に熱くなる。
「――――何、ですか。何なのですか、それは」
いい大人が、たった一人の男でこんなに動揺するなんてどうかしてる。私は目の前にいる怪我を負った狼をどう家に運ぶか、数分間だけ悩む羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます