2頁 状況整理

 狼になった彼を部屋の中まで運ぶのは簡単だった。

 流石に傷を負っているから抱っこじゃなく普通に魔法で運んだわけだが。

 

「……普通の人間じゃないのは意外でした」


 はぁ、と重い溜息を零す綺夜子。

 客人用の部屋に寝かせたので問題もない。狼になったからと言って、衣服が一緒に消えるというお約束はなかったので、気軽に彼の服を直すのにすぐ取り掛かれた。

 血が付いた衣服は魔法を使って違和感なく修繕した。

 彼の傷に関してはある程度の治療はしたから後は何も問題はない……はずだ。


「……何、何なの。何なの? 海外でのあいさつのキスはまだわかるけれど、他国では助けた相手をつがいと呼ぶ風習の国がどこかにあるとでもいうの? ないでしょうそんなものは……っ!!」


 綺夜子は頭を抱えていた。黒崎綺夜子は、恋愛弱者である。

 なお且つ、彼女は恋愛小説の相手役の男性に夢見たりするような初心な女であった。現実の男性に自分のことを番だだのと言われて照れもあった。

 あったのだが、衝撃過ぎて色々と頭の回路が混乱していて明日は死ぬ日なのかしら、と自分の辞世の句を考えてすらあった。まだ自分にやることがいっぱいあると必死に精神に言い聞かせ、頭の整理をしていたのである。

 師匠が「君みたいな未亡人臭漂ってる子は一部の変態しか寄ってこないよ」と言われたことを脳裏に駆け抜けた。


「あぁんもう!! 私は好きでこの見た目になったわけじゃないのにっ!! 師匠のバカっ!!」


 執務机に思いっきり叩いて、痛みに悶えながら額に手を当てる。


「……落ち着きなさい黒崎綺夜子。あれはおそらく彼の思い人の幻覚を見ただけでしかありませんっ。私のような女に惚れる殿方なんて聞いたことがないものっ!!」


 綺夜子は冷静になるために声に出しながら情報整理を行い続ける。

 とにかく、夢だったと思わせて彼を家に帰せばいい。

 それでいい、うん、何一つ問題はない! オールOK!! よし、そうしよう、彼が目覚めたらすぐに追い出そう。

 ここ森の山奥なわけだし、さっき倒れていた彼の理由も飛行機が墜落したニュースも出回っていない。そこが疑問だが、彼の恰好がどうも説明がつかなかった。

 

「そういえば、彼の纏う魔力は少し違う気が……何か関係が?」


 顎に手を当てながら考える綺夜子。

 まるでこの世界の存在と違うと言うか、そんな感覚を覚えた気がする。

 ……あれは、一体なんなのだろう。


「……ここにいたのか、つがいよ」

「げほげほっ!! ごほっ!!」

「……大丈夫か?」


 いきなりで番、という単語が聞こえてせた。

 上半身、包帯で下だけ履いてる状態を見てどうして冷静でいられよう。

 きょとんなんて、漫画表現がぴったりな顔を浮かべる彼に抗議する。


「だ、大丈夫なものですか!! 怪我は痛まないのですか!? 下手に動いては傷が開くでしょう!?」


 私は急いで彼の元へと駆け寄った。

 異性への照れよりも、起き上がった彼に怒鳴る。彼を一人にした自分も悪いけれど病人が立ち上がるのは認めてはいけない。魔法のことはバレたら不味いと思ったから、致死傷レベルから歩行できそうな程度には直したとはいえ痛みはあるのだから。

 なぜ普通に歩けているんだこの男。おかしいでしょう!?

 

「ほら、はやく戻ってください! 怪我人はベットで養生しなさい!!」

「…………」


 まったく動こうとしないので、私は彼の顔を見上げる。

 無表情だから、何を考えているかよくわからないが、どことなく不満そうだ。

  

「……なんですか? はやくベットに、」

「ゼフィルだ」


 澄んだ青氷アイスブルー色の瞳が私を見つめる。

 氷のような冷たさを感じるのに、どことなく温かみが感じられた。

 ……あまり聞き慣れない名前だ。

 けれど、綺麗な名前だとその時私は感じた。


「ゼフィル……ですか。あまり聞き慣れない名前なんですね」

「……そうか」

「あ、あのせめて上着を着てくれませんか? 刺激的過ぎますっ」

「男の裸体なんぞ、刺激物ではないだろう」

「未婚の女には刺激が強すぎると言いたいんですっ」

「……そうか、すまない」


 彼は片手に持っていた上着を軽く肩にかける。

 無表情なのに、声がどことなく嬉しそうなのは気のせいか?


「……ここは、アルバフィールではないのか?」

「アルバフィール……? ちょっと待ってください。スマホで確認しますから」


 私が知っている国や地域の名前でそんな名前はなかったはずだ。何度も調べても検索にひっかからなかった。つまり、彼は虚言を言ってる可能性がある。

 ……のだが、あの衣服で無理やりこじつけていた飛行機墜落の線も低い。

 スマホでさりげなく調べてもニュースのトピックにもない。いや、元々その点は一番にテレビのニュースとスマホのニュース記事で確認してあるからわかっていることではある。

 が、彼がなぜ温室に落下してきたのかの説明が他に浮かばないからだ。


「あ、ごめんなさい……あの、アルバフィールとはどこの場所でしょうか」

「アルバフィールは北東の雪国だ」

「……北海道をそう例えているわけでもない、ですよね?」

「ほっかいどう? とは、なんだ。それはどこかの建物か?」

「いや、北海道って北にある国会議事堂のことか? みたいなジョークを言われても……貴方は外国人でしょう? こんな森の奥深くまで来るなんて飛行機に乗るでもない限り来れまんよ」

「……? こっかいぎじどう? ひこうき、とはなんだ?」

「何を言って……?」


 まるで何もわかっていない御様子に綺夜子は頭を抱える。

 私は執務机に置いておいた知人から借りた異世界物の小説の表紙を見る。

 綺夜子は顎に手を当てて思考する。

 

 ――……待て。

 

 異国の服。アルバフィールという謎の国名。

 彼の体の異質な魔力と、体が獣化した説明……まず、聞いてみよう。


「ゼフィルさん、貴方はイギリスを知っていますか?」

「イギリス? 聞いたことがないな」

「では、ヘルハウンド……ウェアウルフなどは?」

「ヘルハウンドは妖精国シャロンティアの傭兵騎士団のことだが……ウェアウルフは我々人狼族の祖先のことだ。それがどうした?」

 

 ウェアウルフが祖先? ……普通に現代でも妖精界にいくらでもいるんだが。

 だがそれなら彼が狼化したのもそれが理由なら納得はできる。

 ……彼とは初対面とはいえ、嘘を言うような風貌に見えない。

 しかも聞いたことがない創作の話をしているようにしか感じられない。

 もしそうなら……できるかもしれない。

 彼の存在の、証明を。


「……ゼフィルさんは、異世界から来たっということになるということになるのではないでしょうか」

「……なんだと?」


 低い声で、私はびくりと肩を揺らした。


「この世界は、俺がいた世界と違うのか?」

「……その可能性が高いかと、この機械を見て覚えはありますか?」

「なんだ、その板は」


 私はスマホを彼に見せる。

 不審げにゼフィルスが言い放つと綺夜子は説明を始める。


「これはスマートフォンです、これで貴方の知っている土地の地図か調べてみませんか?」

「……頼む」


 ネットサイトの地図を使って、時折写真モードに変えたりしながら今私たちがいる日本の風景、海外の風景を映して見せると、彼は目を見開いて黙り込んでいた。

 隣に立っていた私でもよくわかる……彼の表情が全てを物語っていた。


「……ここは俺の知る世界ではない、のか」

「おそらくは……貴方の世界に何かしらの名称は? ……この世界は、地球という惑星なので、世界名という物はありません」

「……ならば、本当に異世界なのか。俺が立っているこの場所は」


 よろめくゼフィルに綺夜子は風の魔法で彼を支える。


「……この世界には、魔法があるのか?」

「はい。一部の人間にしか使えませんが……貴方は、元の世界に帰りたいですか?」

「あぁ……できるならすぐに。我が民が俺の不在で困っているはずだ。一刻も早く戻らなければ、」

「……我が民?」

「ああ。俺は人狼族の王、白狼王はくろうおうゼフィルとも呼ばれている」

「白狼王……」


 白狼王、か……確かに彼に与えられた称号としてふさわしいだろう。


『カルムダーク、カルムダーク! こっちに来てっ』

「……どうしたの?」


 花の妖精たちは集まって来る。

 何か問題が起きたのだろうか。


「……ゼフィル、貴方は休息を取ってくださいっ」

「っ、待て!」


 綺夜子は急いで、妖精の指示する場所へと向かった。

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