7頁 偽物の一花、その正体は……
綺夜子たちは学校に入って、偽物一花を探していた。
通話しているフリをして、妖精たちに尋ねて回っていた。
『一花ー? 家庭科室にいるよー!』
「そうですか、ありがとうございます……珀、一花さんは家庭科室にいるようです」
「場所はわかっているか?」
「もちろんです……さぁ、偽物を
一階の奥にある家庭科室と札が書かれた部屋の前で私は指を鳴らす。
一花さん以外の人払いの結界を張った。
後は、偽物一花さんをおびき出せれば、今回の事件は解決するだろう。
「あれ? みんな、どうしたの?」
「一花さん、こんにちは」
「……誰ですか? 私、貴方のこと知らないんですけど」
「あら、おかしいですね。数日前に私の仕事場に遊びに来てくれたじゃないですか」
「……? あー、えっと、ちょっと待ってください。今、思い出すので」
「もう、ひどいですね。黒崎綺夜子ですよ。覚えていませんか?」
「……あ、そうそう! 黒崎さんですよねっ」
にこやかに微笑む彼女に、私はどうしようもなく憤慨してしまう。
……一花さんのフリをして、通わせないようにするなんて、ひどい子だ。
「と、いう茶番はもうやめましょうか。檻舘一花さんの偽物さん……いいえ、
「……え? あっちゃんは休学中で、私は学校に通ってますよ?」
「なら、これでもでしょうか」
私はすっとスマホで一花さんを映していた。
ラインの画面通話という奴だ。
偽物一花さんは強張った顔を浮かべた。
「……一花? なんで」
『かねちゃん、なんでこんなことしたの? アタシのこと嫌いなら、ちゃんと直接言ってくれればよかったじゃん。親友じゃなかったの?』
「……うるさい!! アンタが、アンタが悪いんだ!! 上から目線で物事話してるくせに、なんで周りの人間集まるの? おかしいじゃん!!」
『……かねちゃん、やっぱりそういう人間だったんだ』
「……は?」
金森朱美は、彼女が出せる一番低い声を出した。
一花さんはぽつぽつと自分の本音を口にし始める。
『私がイラストレイターになるって言ってさ、かねちゃんがシナリオライターになるって話だったのに、なんで一緒に高校は美術部に入ろうって話してたのに、陸上部入ったの? 約束破ったのそっちだよね?』
「は? そんなの、シナリオライターだって体力がいるからに決まってんじゃん!! 親友のことならもっとわかるのが親友じゃないの!?」
『……ならさ、それ建前に言うんじゃなくて、ただしたいからやるって言ったのそっちだったはずだよね? 俯瞰して物事を見ようってしようとする人間に、上から目線ってなんなの? 物事を客観的に見ようって思うことは鬱陶しいことなの? シナリオライター志望なら色んな方向性も考えられないでどうするの? キャラクターの理解をちゃんとできないなら、ファンから解像度低いって言われるだけなんだよ』
一花さんは今まで胸に秘めていた激情を吐露していく。
それだけ、親友である朱美さんとはちゃんと話ができていなかった証拠、とも受け取れるだろう。
彼女の言葉に頭に来たのか、激しく怒鳴り返す朱美。
「るっさい、うるさいうるさいうるさい!! アンタがもう少し私に優しくしてくれてたなら陰で隠れて悪口だって言わなかったよ!! いっつも厳しくてさ、お高く留まってさ、鬱陶しいんだよ!! お前!!」
『……将来の夢を語り合って似た夢を追いかける人間がその態度はなんなの? だから、ちゃんと迷惑かけないように自殺しようって頑張ったのに』
「……は?」
「……っ、はぁ」
「大丈夫か、番よ」
一花さんの言葉に私は頭が痛くなった。
……お互いに、すれ違っている亀裂があまりにも深い。
主に、感情面ならば金森朱美さんが。
そして、将来の夢に関してならば、一花さんが。
『死んでほしいっ意味だってわかったから、自殺しようと思ったんだよ? 親友の言葉は信じるって言葉、最初に裏切ったのはそっちだよねあっちゃん……アタシ、この気持ちを抱えたまま自殺しようって思ったんだよ。誰にも、誰にも理解されないままで死のうって、その私の気持ちをやっぱりないがしろにするんだね』
「……は?」
『綺夜子さん、後はお願いします』
「……本当にいいんですか? 一花さん」
『この人は自殺を本当にしてもちゃんと私の死を理解しようって動く気がないから、そんな人間に何を言ったって
「……でも、」
「ちょっと待ってよ!! なんの話してるの!?」
『ねぇ、かねちゃん。貴方のためなんかに死ぬ人間は、滑稽だって笑える人間でいてね。私を見下してるなんて言った貴方を、心の底から軽蔑してあげるから』
「は? な、何」
『じゃあ、綺夜子さん。後のことはお願いします。もう、疲れました』
「……わかりました」
私は、改めて朱美さんを見た。
◇ ◆ ◇
黒髪の女は、私の目を見据えながら告げた。
「……貴方は、選択肢を一つ間違えてしまいましたね」
「は!? アイツが学校に来れなくなればいいだけじゃん!! アタシがこの選択を選んだのもアイツがアタシの腕を折ったのが原因なんだから!!」
ああ、むかつく。腹が立つ。
なんで目の前の女に説教されなくちゃいけないの!? アイツに一緒にやろうって誘われたから、アタシなりに頑張ろうとしただけなのに。なのに、あんなうざったい女だったなら保育園の頃に幼馴染にならなければよかった。
女は溜息を吐きながら、私に再度説教をしてくる。
「……まず、一緒にクリエイターの道に進むと約束しておいて、相手側と話していたことと違うことをしておいて、裏切り行為だと一切捉えられないと?」
「た、確かに一花には前もっては言ってなかったけど、アタシは大切なことだと思って……」
「……なら、なおさらちゃんと話し合わないで相手を嫌うという行為をするのは、親友でも友達のすることですらもないですよね?」
「……は?」
「少なくとも、一花さんはイラストレイターになるために研鑽を行っていました、毎日イラストを描き、イラスト投稿サイトに投稿し続けるような努力は……貴方は、何かしましたか?」
「……そ、それは。あ、アタシはアタシなりに考えてただけじゃん!! アイツと一緒にいて楽しいことがまったくなかったわけじゃないよ、でも、アイツが悪いんだ!! ……アタシは、アタシなりに頑張ろうとしたんだ!!」
「……一花さんの何が悪かったんですか?」
「一年の頃、アタシの腕に折った!! こう、ぎゅって両手で!! 体育大会の時に!! アタシ、投擲やってたのに……病院に通う羽目になったのもアイツのせいだ!!」
そう、アタシはアタシなりに考えてただけ。
笑いあった日々の全てが嫌だった、楽しいことは一切なかった。
だって上から目線で物事を見てる。偉そうに、鬱陶しいんだよ。まるでアタシのことを察してます風が気に喰わなくて。
人よりも知識があるって振舞ってるのが、たまらなく鼻に付くんだ。「本で見たことだけど」って始まって、色々話されたってうんちく垂れてるような感覚しかしなかったし。本の話なんて、なんでもかんでも正しいわけじゃないのに。
何もかも分かったように言って、本当に本当に、大嫌いっ!!
「……シナリオライターを目指しているのに、なぜ投擲種目を? 手は作家にとって仕事道具のはずでしょう? ピアニスト志望の学生でも体育の授業で手を怪我するようなことを好む生徒なんてそうはいませんよ」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!! アタシは悪くない!! あんな奴なんか、悪友でもなんでもない!! ただのアタシの人生を脅かす、害悪だ!!」
「……では、今回のことはどうするつもりで?」
穏やかに微笑んでいるけど、目が笑ってない。
おばさんの凄味なんか、アタシに聞くもんか!!
朱美は自分の胸元の前に強く拳を握る。
「これは、アイツへの罰だ!! 学校を中退するまでアタシは一花のフリして学校に通う!! これはアイツへの復讐なんだ!!」
「……親友が、親友のフリをして親友の自殺を誘発するのは、貴方にとって正しいことなのですね」
「……綺夜子」
「うるさい!! これも全部、一花の――――!!」
女はスッと私に手で制する。
「何、文句でもあるって言うの!?」
「その答えを聞けて良かったです、貴方は人としてしてはならない秘匿事件を発生させた、その罪……法と神秘で裁きましょう」
女はどことなく寂しげに微笑んだ。
「はぁ!? 法!? 神秘!? 一体何を――」
女の右腕にある人差し指にある銀色の指輪が、金色の輝きを放つ。
『「汝の像暴く時、楽園に満ちた花園が先に待つ……
女の言葉が、違う声が混じる。
ノイズとも違う、まるで化け物みたいな、怖い何かの声と一緒に彼女が自分を見定めるための言葉に聞こえた朱美は、意識が揺らぐ。
「……あ、れ」
……アタシは、何も悪いことなんてしてないのに。
なんで、みんながアタシを責めるんだろう。
アタシは、何も、悪くないのに。
視界が暗み、私は意識を失った。
『あっちゃん』
隣でゲームのコントローラーを握りながら笑ってる、一花。
アクションゲームで、ふざけて笑い合ったこと。
ふざけてフィーバー、フィバフィバフィーバー! なんて言って笑ってる一花が、友達って、こういう感じだよなって、思った時はないわけじゃない。
一切、楽しくなかった日が、あったわけじゃないけど。
――でも。
『あっちゃん!』
アタシが作家を目指すようになって時に一花が自分で考えたオリジナル怪談をされた時があった。
シナリオライターを目指すアタシにとって、すっごく怖い話だった。夏の時期だったから余計に怖くて、トイレに一週間も一人で行けなくさせられたから腹いせをすることにしたのが、アタシのあることないことである嘘の話をした。
スナックの男女の恋人に手を出したら、異性の人から肺と腹をめった刺しに刺されたとか、テレビでも取り上げられたことあるー……とか。
本当は体に傷痕なんてないし、まぁ、夏の時に別にプールに一緒に行ったから普通にバレてる嘘だけど……親友なら、わかることのはずなのに。
なんで、嘘だってわかってくれなかったの? ただ、「嘘でしょ、それ」って笑ってくれればそれだけでよかったのに。
そういう冗談だって言い合えたりするのが、親友じゃないの?
アタシの親友のイメージと、一花の親友のイメージは、違うの?
『……あっちゃん』
――黙ってよ、イチカ。
アタシは夢に向かって頑張ろうとしてるのに、そんな邪魔をするなら、もう親友でも何でもないの。
……お前なんて、ただの最低な害悪だ。
アタシの人生を歪めた最低最悪の屑だ。
「……?」
気が付けば、金森朱美は暗い部屋の中にいた。
まるで、遺体を保管する安置所にも自分には映った。
怖い、なんでアタシがこんなところに?
「……やぁ、お嬢さん。今日の秘匿事件の犯人は君だね?」
顔を覗き込んでくる何かが、ぼやけて見える。
まるで神父のような格好をしている、低い男の声がする。
どことなく甘く、表面上だけ優しく聞こえる声。
目元が見えない、いいや、ないのが正しいのかもしれない。
不気味で、不気味で……怖い。
口角だけが綺麗に上がっている、褐色の肌をした、何かだった。
目が、離せないのはどうして? わからない、わからないよ。
「この子がとある悪魔に力を借りて、あの子を苦しめた子かい? カルムダーク嬢」
「そうですよ、シュバルツオーグ」
シュバルツオーグ? 何、それ。
あの女の声がした気がするけど、わからない。
何? なんなのここ。声も、出せない。
「ああ、いけないね。人を追い詰めている自覚がない子は、己の傲慢さに気づけない偏屈者が大半だ」
「……そうですね」
手足が拘束されていることに気づいたアタシは、必死に逃げようと体を動かそうにも何かに縛られているのを感じた。
わざと、動けなくさせられてる? なんで!?
「……今回は?」
「問題ありません」
……え? 問題ないって。
「ふふふ……わかりましたよ」
黒い神父は私の顎を掴み、口角を不気味に上げる。
まるで、ホラーゲームのラスボスみたいに。
どこまでも不気味に、恐怖感を植え付けるためだけの笑みなのだと悟る。
「なら味あわせてもらうよ。お嬢さん……君という罪の味を」
大きな尖った牙で私の頭は噛まれた。
「――――!!」
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