散々な一日 その③
シドはゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした視界のピントが合っていく。
見覚えのない天井とふかふかとした触感の布団。
ゆっくりと上体を起こして辺りを見渡すと、そこは白を基調とした部屋だった。
植木鉢には花があり、何処か心地良く、心から癒される空気が流れていた。
ふと、離れた椅子に座っている女子生徒が居た。
さっき自分を助けてくれた人だ。
疲れ果てたのか、椅子の上で器用に眠っている。
長い金髪、透き通る白い肌色。
折りたたまれた純白の翼。
まさに天使そのものだ。
シドが女子生徒に見惚れていると、ガチャっと音を立てて、扉が開いた。
「ん?…あぁ、気が付いたか?」
入って来た人物は、大人の女性だった。
眼鏡を掛け、茜色のクセっ毛が特徴的だ。
さらに、服装の配色が「安心」と「癒やし」を与えてくれている。
「あの…ここは?」
「アーテルシア学院。その中の癒術室。私はこの学園の癒術師だよ」
気怠そうな口調で女性は答えた。
癒術と聞いても、シドにはさっぱりわからなかったが、気絶前までズキズキと痛かった腕が今は何ともない事に気付く。
確かめると、腕は綺麗サッパリ、元通りになっていた。
「あ、あの!傷…治して下さってありがとうございます」
シドは女性に深々とお辞儀をした。
「礼なら、その娘に言うんだな。傷だらけのキミをここまで運んで来てくれたんだから」
手をパタパタとさせながら、女性は答える。
そのジェスチャーから察するに、彼女は飛んで自分を運んだのだとシドは察した。
平均的な体重ではあるが、シドを女子生徒が一人で運ぶのは至難の業だ。
そして、疲れ果てて、今は文字通り羽を休めて眠っている。
起きたら感謝を伝えなければ、とシドは思った。
あの3人組から救ってくれた事も含めて。
「しかし驚いたよ」
デスクに座りながら、女性がシドをジロジロと見つめる。
「何にですか??」
「キミにさ。この学院は今、部外者は立ち入り禁止になっている」
「そうなんですか?」
女性はコクコクと頷く。
「防衛魔法がそこらじゅうに展開されててね。最近は物騒で、不法侵入者の目撃情報もあるから、警戒レベルは最高レベル。関係者以外が一歩でも足を踏み入れれば、即警報が鳴って、そいつは騎士団に捕まるんだ」
不法侵入者。
それはあの3人組も、そこで眠っている女子生徒も言っていたワードだ。
そんな厳重な体制になる程の者が現れたのであろう。
ーーー会うことがあれば一言文句を。いや、問答無用で騎士団に突き出すとしよう。
そこで…はて?とシドは思う。
「あの、じゃあどうして僕は何事もなく、ここに?」
自分は学園の関係者ではないはず。
なのにその最高レベルの警戒網に引っ掛かっておらず、捕まってもいない。
「まさにそれだよ。一体どうしてそんな事が可能なのか」
女性はクックックと笑った。
「これは推測なんだが。キミ、魔力が無いんじゃないか?」
何故それを!?と顔に出まくりのシド。
その顔を見て、女性は大笑いした。
「やっぱりか!…あぁ、いやいや、すまない。キミにとっては不名誉な事だよな」
笑い過ぎて出た涙を拭い、女性はシドをマジマジと見た。
「だが、これで確信したよ。それなら、防衛魔法が発動しなかった理由も頷ける」
シド「え?どういう事ですか?」
自分が魔力
「簡単な話さ。防衛魔法は魔力を監視してて、学園の関係者ではない魔力にしか発動しないんだ」
「…そうか!僕には魔力が無いから、防衛魔法は反応しないのか!」
シドの理解が早くて、女性はニヤリと笑う。
「キミは今まさに、透明魔法を使っているようなものさ。盲点だなぁ」
シドにとっては何だか皮肉な話だった。
魔力が無いからこの学院に入学出来なかったのに、魔力が無いからこの学院の防衛魔法に引っ掛からず入れるというのだから。
シド「あの、魔力が無い人って居ないんですかね?」
シドは恐る恐る尋ねてみた。
自分の魔力が
「いや。そんな奴はいっぱいいるさ。だけど、キミも知っての通り、ここは魔力が無ければ入学出来ない魔術学院。魔力が無い者が入ってくる事なんて、想定すらしていないに違いない」
女性はケラケラと笑った。
もし、自分の村に、あの紙切れ。
グロウストーンを混ぜたあの紙の様な、魔力の可視化をするアイテムが存在していたら。
そして、事前に魔力が自分に無いことが分かっていたのなら。
シドはそもそも、ここに来る事は無かっただろうし、魔術師を目指そうとも思わなかったであろう。「…あれ?私いつの間に寝ちゃってた?」
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