散々な一日 その①

轟く雷鳴の音と眩しい光が辺り一面に広がる。

でも、シドには何一つ起こらない。

明らかに死んだと思ったが、痛みすらも感じない。

流石に何かがおかしいと疑問に思ったシドが目を開けると、逆光の中、何かがシドの目の前に立っており、それが守ってくれているのが分かった。


やがて、エルフの放った魔法が終わる。

眩しくなくなった視界。

シドの前に立っていたのは、一人の女子生徒だった。

しかもその背中には、大きな翼がある。


「な!?…キサマは!!どうして!?」

エルフは女子生徒が、この場にいる事に戸惑っている。

「あらあら、奇遇ですねジェイクさん。こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」

まるで何事もなかったかの様に、その女子生徒は振る舞う。

「き、キサマこそ、こんな所で何をしている!それに、キサマが守ったそいつは『例の不法侵入者』だぞ!」

シドをビシッと指差す。

しかし、動揺は隠せてない。

後ろの二人、トカゲと黒豹も何だか様子がおかしい。

女子生徒はチラリとシドの方を振り返った。

「ご、誤解なんです」

慌ててそう言うシドに対し、女子生徒はニコッとはにかんだ。

「わかっています」とシドにだけ聞こえる様に言った。

そして再びエルフの方へ向き直る。

「この御方が不法侵入者ですか?ワタクシには、本日試験を受けにやって来られた、一般の方に見えますが?」

女子生徒は人差し指を顎に当て、首をクイっと傾ける。

この仕草だけで、幾人もの男子生徒のハートを鷲掴みしてきた、お決まりのポーズである。

トカゲと黒豹はデレデレと鼻の下をのばしていた。

が、怒り心頭の今のエルフには効果が薄かった。

「ここは試験場から離れているだろう!そんな場所に、一人で、怪しい行動をしている者が、試験を受けに来た者な訳があるか!そこを退け!騎士団に…否!この俺が直々に成敗してくれる!」

もう一度シドの方へ右手をかざす。

しかし、女子生徒は一歩も動こうとはしない。

「少し冷静さに欠けていらっしゃいませんこと?ジェイクさん」

静かに、淡々と、真っ直ぐエルフを見据える女子生徒。

「なんだと!?」

エルフの右手が震えている。

それは怒りからだろうか?それとも…。

「この御方は道に迷われた。ただそれだけですわ」

女子生徒の言葉にその通りですと言わんばかりに、シドは首を縦に何度も振る。

「なぜキサマにそんな事がわかる!!」

至極当然の疑問が投げ掛けられる。

「わかりますわ。だって…」

それに何の躊躇も無く返答する。

「ワタクシ、この御方を庭園からずっと追い掛けてましたもの」

しばしの静寂。


「庭園からソイツを追い掛けていた、だと?」

「ええ」

にっこりと微笑む女子生徒。

その翼の生えた姿も相まって、まさに天使の様だ。

「どういう事だ?」

シドも同じ疑問を抱いた。

何故この女子生徒は自分を追い掛けていたのか。

「それはジェイクさん、ワタクシも貴方と同じ疑念を抱いたから、ですわ」

「「は?」」

思わずハモるシドとエルフの二人。

女子生徒はシドの方へと振り返った。


「庭園で貴方を見掛けた時、ワタクシも彼の様に、貴方が最近話題になっている『例の不法侵入者』ではないかと疑念を抱きました。なので、失礼ながら、空から貴方の跡をつけさせて頂きましたの」

成る程、とシドは納得した。

『例の不法侵入者』とやらが何なのかは未だに分からなかったが、『例の』という表現から、正体は分からずとも度々そんな不審者が目撃されているのだろう。

そして、学園内を一人キョロキョロ見て回っていた自分は、傍から見たら不審者そのもの。

その人物だと疑われるのも不思議ではなかった。

かなり軽率な行動だったのだとシドは後悔したが、そんな不審人物が目撃されているなど、全く知らないシドにしてみれば、良い迷惑である。

「行き止まりに辿り着いた時、貴方は大変困っていらっしゃいましたね。その様子でワタクシには貴方が道に迷われた事がハッキリと分かりましたわ」

ニコッと笑う女子生徒に少しホッとしたシドだが、いや待てよ、とも思う。

「じゃあ…どうしてすぐに助けてくれなかったんですか?」

見ていたのなら、迷っているのが分かった時点で…いや、トカゲや黒豹が魔法で襲いかかって来たタイミングでも、シドの事を庇えたはず。

「それはその…申し訳ありませんでしたわ。貴方は直ぐに彼等を見付けてましたし、彼なら問題なく貴方を出口まで案内するものだとばかり…まさか彼が貴方を攻撃するとは思ってもみませんでしたの」

ばつが悪そうに女子生徒の顔はシュンとなる。

ーーーえ?明らかに素行の悪そうな奴らなのに?

そう思ったシドだが、この女子生徒には、彼等はそう見えないのであろう。

女子生徒はまたエルフの方へ振り向く。

だが、今度はそれまでの穏やかな顔付きとは違い、怒っている顔だ。

普段見せる事が無いそんな顔に、3人はたじろぐ。

「ジェイクさん…貴方、彼の話に全く聞く耳を持ちませんでしたね?」

「…そ、それは」

「さらに、貴方は人族ヒューマンを侮蔑する発言をしました」

言い訳無用とばかりに捲し立てる女子生徒。

「…まさか貴方が彼を…人族ヒューマンを毛嫌いしているなんて」

とても哀しそうな声で、女子生徒は言う。

エルフは下を向き震えていた。

「…何が悪い」

その顔には憎しみしかなかった。

「弱者を蔑んで何が悪い!人族ヒューマンはザコだ!なのに偉そうに!何も知らんクセに!のうのうと生きている!俺はそれが我慢ならない!!」

拳を握り締め、怒鳴り散らすエルフに、女子生徒は哀しみの表情を変えない。

「貴方が…エルフ族がかつて人族ヒューマンから受けた数々の極悪非道な行いは、ワタクシも同情致します。ですがそれはもう、とうの昔に和解された話ではありませんか」


召使い風情・・・・・が!知った口を!!キサマらは何時だってそうだ!人族ヒューマン依怙贔屓えこひいきして…甘やかして…」

エルフの罵詈雑言は止まらない。

「そんなに人族ヒューマンが大好きか!?売女ビッチめ!!」

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