【ED:何も成せなかった物語】

「…魔法の適正が…ゼロ!?」


白を基調とし、水色、緑色をコントラストに加え、極めつけに金色の装飾を施した豪華絢爛な風貌のアーテルシア学院。

どんな者でも迎え受け入れてくれる様な、そんな気がする清々しい校舎。


その入り口の校門から、やや進んだ所に、簡易的に設営されたであろうデスクに座る女性達。

一定の間隔で、そんな場所が存在し、大勢の入学希望者を次々に捌いていく。


およそ30分前後だろうか、順番待ちしていたシドに女性が「次の方、どうぞ」と声を掛けた。

そして、ものの10秒で終わってしまった。


「おいお前!終わったんなら、早くどけよ」

シドの後ろにいる、男がぶっきらぼうに言う。

「え?あ!いや、ちょっとだけ、待ってくれませんか!」

男にそう断ると、シドはこの女性、受付嬢に詰め寄る。


ここは誰もが入りたいと思っている王国直属の学院。

だが、誰でも入れるとは限らない。


「適正がゼロって!…一体どういう事ですか?何かの間違いでは!?」


当然、そう疑いたくもなるであろう。

何故ならシドは、この場所に来たばかりで、更に何もされていないのだから。


「…はぁ、いるんだよね。君みたいにゴネる子って」

だが、まるで最悪な客が来たかの様に、呆れた溜め息を受付嬢は吐いた。

「あのね、君ちゃんと、ウチの学院の説明会来た?まぁいいわ。忙しいから手短に言うけど、君さ、校門の所で紙を受け取ったでしょ?」


「これのこと。ですよね?」

シドはヒラヒラと右手の紙切れを受付嬢に見せる。


それは校門の前で、入る前に受け取った紙であり、そこには数字が羅列してあるだけだった。


3174。


「もしかして、この数字に意味が!?」

「あるわけないでしょ。それただの番号よ」

即答されてしまった。

「じゃあ一体何で…」

受付嬢はまた溜め息を吐く。

「その紙はね。グロウストーンの粉末が含まれているの」

シドは受付嬢のその言葉に、呆気に取られた顔をする。

「知らないの?グロウストーンは魔力がある人が触れば、光るの」

シドは首を横に振る。

そんな事を村で教わる事はなかった。

そもそも、そんな石が存在する事も。

「よっぽど田舎から来たのね君。まぁ、そんな訳で、単純な話。その紙が光らないって事は、君には魔力が無いって事の証明になる訳。これだけ大勢の人の【魔法を学ぶ資格があるかどうか】を調べるのに、これ程効率的でかつ、簡単な方法はないでしょ?」

納得するしかシドに残された道はなかった。

「わかったら、忙しいんだから早く出てよね。魔法使いの道は諦めた方が良いわ」

「次の方、どうぞ」という受付嬢の言葉はシドには遠くの方で鳴っている鐘の音色よりも聞こえなかった。


絶望がじわり、またじわりとシドの心に歩み寄ってくる。

どうやってここまで来たのか、シドは覚えていなかったが、気付けば、夕方の誰もいない広場で一人座っていた。

夢への大いなる一歩は、一歩にすらならず、崩れ落ちてしまった。

終わったのだ、彼の夢は。

齢18にして。


ポケットから先程の紙切れを出す。

番号が羅列してあるだけのただの紙。

光る様子は微塵もない。


「…帰ろう」

ーーー何処に?…村に?…父さん母さんに何て言えば良い?

魔術学院に行く事は、シドの両親は反対していた。

シドはそうなりたかったのだが、両親は王国軍の一員になる事を嫌がっていた。

軍人になるという事は、もしも戦争になれば、当然だが国の為に戦場へ行く。

自分達の子供が、戦場で死んだ事を、上官達から淡々と口頭で伝えられるだけ。

自分達の知らない間に、知らない所で。

だから、嫌がっていた。

ーーー学院に入学出来なかった事を知ったらホッとするだろうか?…ホッとするだろうな


でも、やはりシドは到底受け入れられなかった。

幼馴染を取り戻す事、それに人生を注ぐつもりだったから。

無理でも、不可能でも、たとえ才能がゼロでも。


シドは立ち上がる。


※※※※※※※※※※※※※※※

ーーーそうだ。最初から不可能な問題だったんだ。

目の奥底は暗く濁っている。

ーーー僕には才能がなかったんだ。もう諦めよう。


シドは歩いた。

宛もなく。

暗い路地裏へと消えたのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※


後日談。

路地裏に一人の男がいた。

酒臭い上に身なりもボロボロで異臭がしていて、誰も近寄ろうとはしない。

そんな男は、今日も今日とて、堕落した日を送る。

路地裏で物乞いをしたり、ゴミ捨て場まで行ったり、それで得た僅かな金で安酒を浴びる程に飲む日々。

何事もなく終わっていく日々。


だが、今日は少し違った。


「おい、あんた!こんな所で何してる!」

男に声を掛けた男性は酷く焦った表情をしている。

「あー?…オレが何してようが、テメェにゃ関係ねぇだろ」

朝早くから騒がしくされて、少しイライラしている様子だ。

否、二日酔いのせいでイライラしているのかもしれない。

「ああ!そうかよ!なら勝手にそこでくたばっちまいな!」

男性は急いでそこを立ち去ろうとするが、彼の人柄なのか、もう一度だけ立ち止まって男に振り返る。

「だが、これだけは教えてやる。命が惜しけりゃ、早く逃げろよ!」

今度こそ、男性は足早に去って行った。


「…は?…なんだって言うんだよ」

酔いが段々覚めて来たのか、男は欠伸をしては、ボリボリと身体中を掻き毟る。

至って平和そのもの。

「いつも通りじゃねぇか」


と、遠くで誰かの叫び声が聞こえた。

「ーーなんだ?」


何かがいつもと違う。

ふと、男の背後で物音がした。

振り返ると、人影がゆっくりと男に近付いて来る。

「今度は何の…」

男が話し掛けようとした人物は、尋常じゃない顔をしていた。

青ざめており、赤紫の瞳は瞳孔が開いていて、顔中の血管が浮き出ており、脈を打っているのが見てわかる。

口からは泡を吹き、地上だというのに、まるで水中で溺れかけているかの様だ。

この事態に、さすがの男も戦慄が走る。


ーーー「命が惜しけりゃ、早く逃げろよ」

先程の男性の台詞が頭を過る。

ーーー急いで、逃げなきゃ。


だが、二日酔いの身体は思う通りには動かず、足元の木箱に躓いて転んでしまう。

ソレが目の前まで迫っている。

「ひっ!!たすけーーー」


「ダス…ゲデ…」

男は驚いた表情で、ソレを見る。

喉を潰したかの様な声だったが、確かにそう聞こえた。

そして、男が見上げたその人物は、何と懐かしい事か。

「…あんたは…あの時の…」


忘れもしない。

あの日、あの時、自分の夢を打ち砕く言葉を言った女。

学院の入り口で受付嬢をしていた、あの女だった。


「ダ…スケ…デ」

女はそう言って、男に覆い被さる。

「お、おい!あんた!しっかりしろ!」

女を揺さぶって、そう叫ぶが、虚ろな表情は変わらない。

「オレだよ!ほら!…と言っても覚えちゃいねぇか…だいぶ歳とったからな」


仮に、彼女が正常だったとしても、この男の変わり様では、覚えてなどいないだろう。

あの時の、やや田舎臭いが、爽やかそうな青年とはかけ離れた、髭面の浮浪者なのだから。


「…タ…スケデ…」

女は同じ事しか、繰り返さない。

そういう玩具にでもなったかの様に。

「わかった!今あんたを治療出来そうな人を探してーーー」

言い終わらない内に、今度もまた背後から別の人影がゆっくり近付く音がした。

男は恐る恐る振り返る。


「…ダズゲデクレ」

ーーー!!??

今度は男性が近付いて来る。

よく知ってる男性だ。

何故なら、さっき自分に「逃げろ」と助言してくれたのだから。


「タスケテ」

「ダスゲデクレ」

二人に覆い被さられ、男は身動きが取れなくなる。

「おい!やめろ!やめてくれ!」


それは突然、女の口から出てきた。

紫色の靄の様なモノ。

男は、それを抵抗する事なく吸ってしまう。

と、同時に女は、バタリと動かなくなってしまった。

男性の方も同じ様に紫色の靄を口から吐き出す。

またしても、男はそれを吸い込む。


ーーー何だ?なにが

突然、息苦しくなった。

身体中が沸騰する様に熱い。

ーーー何だ?なんだ?ナンダ!!

ーーー苦しい!熱い!痛い!ナニガ?

ーーー痛い!苦しい!熱い!ドコガ?

彼は力を振り絞って叫ぶ。

「…ダズ…ゲデ」

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