第28話 心の何かが溶ける

 俺は絵馬のことをおくった後に家に帰ってきた。

 すると瀬川が家の前で斗真と話してるのがわかった。


 なぜかモヤモヤする。

 それが心にあった。


 斗真と話しているのが嫌だ、そう思うようになった。

 話している内容を聞こうとしたが、なんて言っているか聞こえない。


 斗真がこっちに近づいてきたので、俺は慌てて階段を降り、今来たかのように斗真と会う。


「やぁ兄さん」

「よぉ弟、なにしてんだよ人の家の前で」

「やだなぁ、ただすこし兄さんによくしてくれる人に挨拶しただけ」

「瀬川と会ったのか……」

「うん、兄さんが仲良くしてる人第一位だからね」


 斗真はそう言うと、ニコッと笑顔を向けてくる。

 コイツはどういう心境でここに立っているんだ。


 斗真は今日、付き合っていた彼女と別れて、心が痛んでるとかそういうのはないのか。


「じゃあね、兄さん」

「待て」


 肩をビクッと震わせて、俺の方をすぐに向く。


「どうしたんだよ、兄さんそんな怖い顔して」

「お前なにも思わないのか?」

「あー、瀬川さんと話したことに嫉妬とか? そういうのしちゃったり――――」

「そんなことじゃねぇよ」


 斗真は俺の答えに驚いたのか、何かわかっていない様子だった。

 コイツは本当にバカな弟だ。


「じゃあなんなんだよ」


 斗真も俺の反応を不快に感じたのか、イラついた様子だった。

 こんな姿を見れるのも兄である俺くらいだ。


「絵馬と別れたんだろ?」

「見てたんだ、てかなに? 自分が前に好きだった女だからって情が湧いてるの?」

「お前が俺に対してどう思うかは勝手だが、絵馬のことをちゃんと考えろ」

「……ッ、もう別れたよ」

「別れてそこで終わりか? 違うだろ、もう一度話し合え」


 俺がそう言うと、斗真は俺の胸倉を掴んでくる。


「いちいち、上から目線で言ってくんな」

「言うさ、兄だからな」

「双子だろ」

「それでも、俺はお前のことを弟だと思ってるよ」


 勢いよく、俺のことを突き飛ばしてくる。

 後ろによろいて、斗真のことを睨む。


「いいよ、もう一回だけなら話し合うよ」

「本当か?」


 やけに聞き分けがいいなと思った。

 まぁ、あんな別れ方斗真も嫌だったんだなとか考えていた。


「ただし条件があるよ」

「条件? なんだよ」

「もう少しで球技大会があるじゃん」

「あぁ、あるな……?」


 球技大会、7月の後半にある我が校の夏のイベントである。


 斗真はニヤリと口許を緩ませて、俺の方を見る。


「サッカーは種目で決まってる、それに出てよ、ベンチじゃなくて試合に」

「は? なんで俺がそんなめんどくさいこと」

「でも種目には一つは参加だよ」

「だからってサッカーは」

「だって兄さんは……中学2年まで」


 斗真はそこで話すのをやめる。

 意地が悪い、そこまで言えば言い切ればいいのに。


「そこで勝負をしよう」

「勝負?」

「兄さんたちがボクのクラスに勝てれば、話し合いに応じる」

「勝てなかったら?」

「その約束はナシだよ……それじゃあ面白くないか、じゃあ瀬川さんを紹介してよ」


 斗真は平気な顔をしながらそんな言葉を吐いてくる。

 俺は迷った、瀬川を引き合いに出してしまうのは。


 巻き込むのは違う、でもやらなければ話し合いが無くなる。

 そんなことを心の中で葛藤があった。


「…………わかった、やるよ」

「決まりだね、楽しみにしとくね」


 斗真は手を振りながら俺の横を通り過ぎていく。


「あ、おかえりなさいっ」

「瀬川……待ってたのか?」


 階段を上がると、瀬川が俺のことを待っていた。

 俺のことを見た途端に嬉しそうに尻尾を振るように近づいてくる。


 今の俺にはその姿が痛い、瀬川を交渉の材料にしてしまったこと。

 罪悪感で胸がいっぱいになる。


「どうしました? 酷い顔をしてます」


 ぴとっと柔らかく小さな手を俺の頬に当ててくる。


「い、いや! な、なんでもない」


 平然を装い、そう言うと瀬川はさらに怪しがって俺の方へ近づいてくる。


「一真くん、すこししゃがんでみてください」

「しゃがむのか……どうして?」

「いいですから、ほらはやくっ」

「お、おう……」


 流されるままに、俺は姿勢を低くする。

 すると、次の瞬間、むにゅっとした感覚が俺の顔面を覆う。


 顔だけでなく、全身が包容されているような感覚になる。

 めちゃくちゃいい匂いする。

 やばい、これヤバい。


「ふふっ、ぎゅ~ってすると、ストレスとか不安とかなくなるでしょう?」

「……こ、これはいいもんだな」


 ヤバい、なんか泣きそうになってくる。

 高校2年生にもなって恥ずかしい。

 でもこの安心感は高校生を男子を壊す。


 しかも、これを自分の玄関の前でやっているというのもなんというか、背徳感とかそういうのが。


「いつでもしてあげますよっ?」

「大丈夫、そうそう頼まないから」

「……ってことは頼む時があるってことですね?」

「そのときはお願いします」


 お願いすると、瀬川はものすごく笑顔で微笑んでくる。

 その顔を見た時、……。


 

 でも、鼓動が速く、熱くなる。



あとがき

皆さんお世話になっております

楠木のあるです。

今回の話で第一章を完結とします。

レビューやブクマよろしくお願いします。


読んでよかったと思ってもらえるように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

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