第16話 柔らかい感触の事故

 瀬川は俺の家のキッチンでタッパーに詰めてきた物を皿に移している。

 何を話そうか俺が悩んでいると瀬川が口を開く。


「あの……一つ聞いてもいいですか?」

「ん? なにかあったか?」

「あの、どうして矢島さんの手伝いを?」

「えぇ……それ聞くか?」

「ご、ごめんなさいっ! で、でも一真くんが自分からきっかけ作りをしてくれるとは思っていなかったので……」



 瀬川は少々申し訳なさそうに聞いてくる。

 まぁ、瀬川の言う通りで俺がなぜ木崎に自分から近づいたのはたぶん効率がいいと思ったから。


 面倒くさいことになる前に、そっちの方が良いと思ったのに嘘はない。


「まぁ、面倒くさいと思ったことは確かだな」

「じ、じゃあどうしてですか?」


 瀬川はグイグイと聞いてくる。

 俺がここまでしたことに対してそこまで気にすることなのか。


 なんでここまでしたか……。

 すごい特別なことはないが、瀬川の困っている顔を見たら俺がしなくてはと思ってしまった。


 少しだがな、もしそれで木崎が話の分からない奴だったら諦めていた。

 

「木崎が話の分かるやつだったからだよ」

「それだけですか?」

「それだけじゃないけど……」

「それも教えてくださいっ!」

「……その前にだ、お腹がすきました」


 お前の困った顔を見たからなんて伝えるのか?

 さすがにキモいだろ……なんとか話題を逸らすことができたが。


「今日は肉じゃがです」

「おぉっ! 肉じゃがかぁ!」

「お肉もたっぷり入れておいたので、結構ボリュームがあると思いますけど、食べ盛りの高校生ですから大丈夫ですよね?」

「おう、このくらいは余裕だ」

「ふふっ、さすがですっ」


 そう言うと、上品にくしゃりと笑う。

 目尻が下がり、大きな瞳が瞼で隠れる。


「ごちそうさまでした」

「そんなに、急いで食べなくてもよかったんですよ?」

「いや、急いで食べてるつもりはなかったんだけど美味しかったもんで」

「そ、そうですか……美味しかったですか」


 瀬川は顔を下に向けて何やらもじもじしているようだった。


「あ、そういえば他のことは」

「他のこと?」

「ご飯食べる前に言ってたじゃないですかっ! 木崎さんのことで」

「そ、そうだったか?」

「もう、そうやって誤魔化して」


 俺が目を逸らすように話すと、瀬川は頬をすこしぷくっと膨らませているように思った。


「はぁ、じゃあもう聞きません、教えてくれなさそうなので」

「お、おう……悪いな」

「質問を変えます」

「質問を?」


 瀬川はそう言うと、真剣なまなざしで俺のことを見てくる。

 何か大切な事を聞かれるのかと思って、なぜか焦る。


 悪いことなどしてないはずだが……とそんな気分だった。


「もし、私が今回の矢島さんと同様に困っていたら助けてくれますか?」

「え、あぁ? うん。そりゃあ困ってるならな」

「ほ、本当ですかっ!?」

「当たり前だろ、瀬川には良くしてもらいすぎてるからな、少しでも恩を返しておかないと」


 瀬川には頭が上がらないからな。

 もし困っているなら、助けになってやりたい。


 もし急にあの時の恩を返せとか言われても一気には返せない。

 そんなことを言ってくる奴ではないとわかってはいるが。


「ふふ、ふふふっ」

「ど、どうしたよ」

「さぁー? どうしたんでしょうねっ」


 さっきのすこし眉を寄せた険しい表情から一変、天使のような微笑みを向けながら幸せという言葉を身体で表している。


 ここまで顔が緩んでいる瀬川も珍しいと思いながら見ていた。

 その時だった、なにかに躓いたのか、瀬川の身体が倒れる。


「キャッ――――ご、ごめんなさいっ」

「ばかっ、足元をちゃんと見なさい」


 間一髪だった。

 俺は瀬川の身体をしっかりと掴み、自分の方へ抱き寄せる。


 その時、彼女のわき腹や腕を掴んだがものすごく柔らかく、当たり前だが男子とは違う。


 しかも、瀬川の胸が俺の胸下らへんに当たる。

 たしかに感触があった、案外大きい。


「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのは俺というか……」

「え? どういうことですか?」

「その……やわらかいものが」

「やわらかい……あっ!」


 そのことに気が付いたのか、瀬川は胸を両手で隠すようなポーズをしている。


「お、お邪魔しましたっ!」

「おいっ! 瀬川っ」


 瀬川が玄関の方へ逃げるようにスタスタと去って行く。

 追いかけると、もう靴を履いて玄関の扉に手をかけていた。


「瀬川……その」

「さっきのは事故ですので気にしないでください」

「いや、う、うん」

「ですが、一言だけ……一真くんのえっち」


 そう言って、瀬川は一礼して玄関から出ていく。

 なんだよ、それ……。


 その言い方は反則だろう。

 自分の頬が熱くなっているのが分かる。


 そのあと、20分ぐらいベランダで涼んでいたのは内緒だ。

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