第11話 薄紫で布のようなもの
「遠慮せずに上がってください」
そうは言っても瀬川の家に上がるというのは、いや女子の家に上がるというのは気が引ける。
それにこんなのがもし周りにバレたりなんてしたら……。
やめておこう、今色々考えるのは野暮というものだ。
「どうぞ、今ご飯の準備終わらせちゃいますねっ」
「何か手伝うこととかあるか?」
「一真くん手伝えることあるんですか?」
「うっ……それはダメージがでかすぎる」
「ふふっ、ごめんなさいイジワルしちゃいましたね、気持ちだけで十分ですよ」
そう言うと、エプロンを着てキッチンでさささと作業している。
なんか、新妻とかってこういう感じなのか。
瀬川が妻とかどんだけ徳を積んでるんだよ相手。
「すまん、ちょっとトイレ」
俺はそう言ってトイレに向かった。
別にやましいことを考えてるとかそんなのはないぞ? いや、本当に。
トイレに向かう途中に部屋の扉がすこし開いているのに気がついた。
出来心だったんだ、俺はそっとその扉の向こうを見ると瀬川の部屋だろう。
ベッドやぬいぐるみなどが置いてある、バンドのCDなんかも置いてあった。
小物とかが多いのかな、そう思って扉を閉めようとした時、部屋の中に薄紫のひらひらした布のようなものが、落ちていた。
片付けの途中だったのか、わからないが、それは正真正銘のパンティーだった。
ゴクリ、俺は生唾を飲み込んだ。
はっきりと見たってバレないという、悪魔とそんなことはしてはいけないという天使が戦っていた。
「一真くん? 何してるんですか?」
「うひあゃっ!!」
「なんでそんなにびっくりするんですか」
「い、いや……料理してるのかと、もう終わりましたし、それに一真くんが遅いから心配してきてみたら……何してるんですか」
う~ん、ここで正直に言えるほど俺は男ではない。
ここは黙ることが最善の選択だ。
「いや、なにもなかったよ」
「嘘です、わかるんですからね」
「ほ、ホントだって」
「はいはい、何を見てたんですか……」
「あっ、ちょっとっ」
そう言って引き留めようとしても遅かった。
瀬川は俺の目の前まで来て自分の部屋が空いていることを確認する。
「入りましたか?」
「そんなことをできる関係じゃないだろ、開いてたからつい見ただけ」
「……まぁそれくらいなら、いいですかね」
「いいのか?」
「部屋を見られて困るものはありま――――」
そこで、瀬川は喋るのをピタリとやめた。
石のように固まった彼女を見て、俺も同じ視線を送ると、薄紫色のパンティーが……。
「見ましたか……?」
「いや、な、なんの話でしょうか……」
「見たんですね」
「ち、ちらっと?」
俺が正直に言うと瀬川はぷるぷると震えて、瞳は今にも涙が出そうだった。
「これはもう記憶をなくさせるしかないですね」
「ど、どうするんだよ」
「そうですね、手っ取り早く、頭を殴りますか」
「怖いっ! 予想以上に怖いですよ瀬川さんっ」
俺は茶化すようにそう言ったのだが、瀬川の目は本気だった。
あ、ヤバい、俺終わったかも。
瀬川は手を振り上げて俺の頭に、ポコっと腑抜けた効果音が出そうなパンチを繰り出した。
「いいですか? わ、私の……見たことは忘れること」
「は、はい……」
「本当ですね?」
ゾッとするほどの目の圧で俺は冷や汗が出る。
やっぱり瀬川を怒らせるのはダメだとこの時改めて感じた。
それに、薄紫かぁ……と数秒前に結んだ約束を破棄するかのように、あのパンティーを思い出していた。
「それじゃあ、もうご飯できてますから」
「それは助かるな」
「ふふ、今日はサバの味噌煮です」
「いいな、魚なんて久々に食べるかも」
そんな会話をしながらリビングに向かうが、俺の脳内はサバの味噌煮よりも薄紫のパンティーで埋まっていた。
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