第10話 自己満足

 俺は気がついたら瀬川の玄関の前に突っ立っていた。

 インターホンを押そうと思って立ち止まる。


 俺がここで押してもいいのか? キモくないか?

 でも、謝るべきだよな……俺のことを心配していってくれたのにあんな態度をとって……。


 ええい! とどうにでもなれって勢いでインターホンを押した。

 その指先はプルプルと震えていた。


「……はい、なんでしょうか」

「あの……さっきのことなんだけど」

「なんですか……謝罪だけでは足りませんでしたか?」


 冷たい声色で突き放されるように言葉を吐かれる。

 身体がゾクっとするほどの怖さだった。


「謝るのは俺の方だ……心配してくれたのに、悪い」

「……いいですよ別に」

「あのさ……顔を合わせないでそこで聞いてくれても構わない、さっきさ、ちょっと昔の話を思い出した」


 返答がないが、俺はそのまま続ける。


「そういえば、瀬川は手加減されるとか、弱いとか思われるの嫌いだったよなって思い出したんだ」

「……ッ!」

「まぁ、だからなにって感じだけど、俺が勝手にやったことに対しても謝りたいんだ、ごめんよ」


 また返答がない。

 俺ははぁっとため息を吐いて、隣の自分の家に帰ろうとした時だった。


 どたどた足音のようなものが扉の奥から聞こえてくる。

 ガシャンという音も聞こえてきた。


「ま、待ってくださいっ!」

「せ、瀬川? ど、どうして……ってか大丈夫か?」


 はぁはぁと息遣いが荒くなっていた。

 それに頬がほんのり赤くなっていたし。


「さ、さっきの話……昔のこと思い出したんですか?」

「いや、そんな記憶喪失みたいに言うなよ……」

「だ、だって、ほとんど覚えてないって」

「小学生の時だし、それも夏休みの間だけだったからなぁ」

「そ、そうですよね……」


 今度は眉をシュンとさせる。

 その時俺は本当に表情豊かな女の子だよなと思った。


「ごめん呼び出したりして、ただ謝りたかっただけなんだ」


 そう。これは俺の自己満足。

 でも瀬川に今謝らないとなぜか後悔する気がしてた。


 自分でもこんなにした方がいいと思ったのは初めてだ。

 それは……瀬川が俺の中で……。


 そう思ったとき、目が合う。

 すると瀬川は俺の考えていることなんか知りもしないはずなのに、満面の笑みを向けてきた。


 いやいや、ないない。

 ただの気の迷い、俺の良心が痛んだからやっただけの自己満足という事で収まった。


 もう怒ってないのだろうか、と考えているとホッと安堵してしまい、力が抜ける。


 その時、俺の腹の音が瀬川にも聞こえるほど大きく鳴った。


「ふふっ、ご飯食べていきますか?」

「え!? い、いやー悪いだろ」

「全然大丈夫ですよ、一人で食べるより楽しいですし」

「じ、じゃあお言葉に甘えて」


 はぁ、やっぱり俺はダメな男だ。

 さっき怒らせたばかりなのに、瀬川の手料理を食べたいと食欲に負けた。


「さ、上がってください」

「……えっ?」

「何してるんですか? 早く上がってください」


 聞き間違いじゃなかった。

 え、俺が瀬川の家に上がるの? てっきりタッパーとかで渡してくるものかと……。


 瀬川の家で二人きり……。


「いやいやヤバいだろっ!」

「一真くんっ」

「な、なんだよ」

「お静かに、他の人の迷惑になりますから」

「あぁ……」


 ごく普通な事で叱られてしまい、流れで俺は瀬川の家でご飯を食べることになった。

 

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