第8話 ダメな男の解決方法は間違っていたのかもしれない

「それで、私がなんで怒っているのかわかりますか?」


 ムスーっとした表情で俺のことを睨んでくる瀬川に対して俺には身に覚えがなかった。


「え、えっと怒られるのを覚悟で……」

「もう怒ってますよっ」

「いや、そういうツッコミを待っていたのではなく」

「じゃあなんですか!」


 ずいっと顔を寄せられ、反射的に逸らしてしまう。

 しかし、顔を近づけただけで瀬川のいい匂いが、香ってくる。


 なんだろう、やましいことはないのに、部屋に二人きりという事でそういう一つ一つのことに敏感になる。


 俺は身に覚えがないことを瀬川に丁寧に説明する。


「なんで、なんで自分が悪者になるような言い方をするんですか!」

「いや、だって……俺が止めたところで誰も信用しないだろ」

「だからなんでいつも自分を下げるような言い方をするんですかっ」


 ぺちっと音を立てて、俺の両頬が瀬川の細く小さい手で包まれる。

 ちょっと力を入れたら折れてしまいそうな手だが、とても温かい。


「いいですか? 一真くんはダメなんかじゃないですし、そんなに自分のことを下げたりしないでください」

「……でも、あの時はああしたほうが一番効率が良かった、と思う」

「仮に効率が良いとしても私はあなたに悪者になってほしくないんです」


 瀬川のその言葉に俺は思わず感動しウルっとしてしまうところだった。


「瀬川に悪いうわさが流れたら嫌だなって思ったから……あぁしたんだよ」

「私が頼みましたか?」

「いや、頼んでないけど」


 違う、こんな愚痴みたいなことを言いたかったわけじゃない。

 ただ、あの事態が早く収まればと思っていただけで……。


 まるで瀬川のせいみたいな、朝登校したからみたいな言い方。


「私は助けてほしかったら、ちゃんと言える人間だと思っています」

「俺は……自分のせいで誰かが傷つくのが嫌なんだよ」

「――――ッ! 私は! 弱くなんかないっ!」


 いきなりの大きな声に俺は肩をビクッと震わせてしまった。

 まさか瀬川がここまで大きな声を出せるとは……。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 瀬川は俯いたままで顔が見えなかった。


 しかしいい表情をしているわけがなかった。


「……ごめんなさい、今日は帰ります」


 瀬川はそう言うと、一礼お辞儀して去って行く。

 その去り際にチラッとこちらをみて一言。


「今日はお騒がせしてすみませんでした」

「……べ、別に」

「それじゃあ……さよなら」


 そう言って瀬川は俺の家から出ていく。

 俺の行動で、言葉で瀬川を不快に怒らせてしまった。


 頼まれてもいない、余計なことをしたということだ。


 でもあの時ああすれば、あれがいいと思ったのは事実だ。


「それが間違ってたのかもなぁ……」


 今考えれば、瀬川が最初から「教室の前で会ったんですよ」とか言えば収まったんじゃないのか? それなのに俺は……。


 標的を二人から一人にしただけで、満足していた。

 本当は標的をゼロにする方法があった気がする。


 そして俺は瀬川の「――――ッ! 私は! 弱くなんかないっ!」この言葉をお思い出していた。


 確か、あの時も……瀬川、昔の彼女にあった時もあんなことを言っていたような。


 そこで俺は思い出に浸るかのように肩の力を抜き、そっと目を閉じる。


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