第3話 転校生と手料理

「思ったより、片付いているんですね」


 俺の家に上がった第一声が思ったより片付いているという感想だった。


 俺の部屋はもっと汚いと思っていたのだろうか。


「んしょっと……」

「ちょ、ちょっと! な、な、なんでここで着替えるんですかっ」

「いや、着替えてなかったし」

「着替えてから出てください!」

「入るか? って聞いたら入るって言ったのそっちなのに」

「なんですか?」

「な、なんでもないです」


 なんと冷たい声色だったか、背筋が凍るような怖さだった。

 瀬川を怒らせるのはやめようと決めた出来事だった。


「あ、今起きたという事はお昼まだですよね?」

「まぁ、そういうことになるな」

「じゃあ一緒に食べませんか?」


 このお嬢ちゃんは何を言っているのだろう……。

 今から俺と一緒にお昼?


「そんな疑う目を向けてこないでくださいよ」

「い、いやだって……おかしいだろ、ほぼ初対面の相手に……」

「……私がしたいからしてるだけなので、食べなくてもいいですよ」


 瀬川はそう言うと、ツンとした態度をとる。

 さすがに作ってきてくれたのに今の発言は失礼だった。


「ごめん……頂いてもいいなら」

「最初からそう言ってるので遠慮なんてしないでください」

「あ、ありがと……」

「ふふっ、大丈夫ですよ」


 口許を隠しながらくしゃりと笑う。

 その姿に、俺は思わず生唾を飲みこむ。


「でも、今起きたという事はお昼は何を食べようとしてたんですか?」

「んー、カップラーメンかレトルトか……食べないとか?」

「食べないっ?! お昼をですか?」

「お、おう……」


 自分でも周りから見たら良くない生活をしているのはわかる。

 けれども、学校がない日くらい好き勝手にしたい。


 でも、そんなに驚かれると少し傷つく。


「まったく育ち盛りの高校生なのにそんな食生活で大丈夫だと思ってるんですか?」

「死んでないから少なからず大丈夫」

「死なれたらさすがに困りますよ」

「……はい」


 瀬川の言葉に俺は諭される。

 反論しようにも、この食生活は誰が見てもヤバいと言う。


 その後、瀬川が持ってきてくれた料理をテーブルに広げる。

 なんとも新鮮だ、女子高校生の手作り料理が食べられるとは……。


 おっさんクサイかと思うがこんなの、高校生だとしても食べられるか、いや起こるかわからんイベントだ。


「じゃあ、食べましょうか」

「す、すごいな……量も見た目も豪華だ」

「残り物を詰めた物もありますが、どれも腕によりをかけた料理ですので」

「自信があるようで」

「はい……料理は好きなんです」


 自信に満ち溢れている瞳……の中にはすこし複雑な感情が混じっているように思えた。

 俺はそのことに気づかないフリをして、料理に手を付ける。


「それじゃあ唐揚げを一つ」


 まずは好物の唐揚げから……俺はカップラーメン愛好家だが、唐揚げにも少々うるさいんだ。


 そんなことを一人で考えながら口の中で堪能する。


「ど、どうですかね……?」

「んっ! こ、これは――――」

「お口に合いませんでしたか?」

「う、うますぎる……」

「へ?」


 外はサクッ、カラッと揚げられているのに対して、中はジュワッと肉汁が溢れてきて、ほろほろと肉が崩れていく。


 唐揚げにうるさい俺も思わずすぐに言葉が出る。

 うまいとしか言えない、悪い所が出てこない。


「これほんっと美味しい!」

「あ、ありがとう……ございます……」

「うん、お米が進みます」

「あ、あの……」

「なんでしょうシェフ」


 茶化すようにそう言うと、瀬川は頬をすこし赤らめて、なにか気まずそうにちらちらと視線を動かす。


「そろそろ、手を離してもらえると助かります」

「て……? あっ」


 俺は無意識に瀬川の手を握りしめていた。

 これはセクハラとか言われたら何も言い返せないレベルだ。


 瀬川は性格的にそういうの言わなそう、というか嫌なら最初から近づかないタイプだろう。


「本当に、ごめん興奮しちゃって」

「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」


 困った顔をするかと思ったが予想とは裏腹に笑顔で微笑んできた。

 ヤバいって普通にドキッとするって……。


「あまり喜んでもらえることがないので……新鮮です」

「マジかよ……こんなに美味しい料理なのに」

「あはは……ありがとうございます」


 人間には慣れが来る。

 だとしてもこの料理には慣れというか飽きないと思う。


 まぁ、色々あるという事だ。


「あの……お一つ聞いてもいいですか?」

「なんだー?」

「一真くんはどうして、一人暮らしを?」

「――――ッ!」


 俺はその質問に動揺し箸を落としそうになる。


「諸事情だ、まぁ簡単に言うと……俺のわがままだよ」

「ご、ごめんなさい……」

「どうして謝るのさ」

「あなたの表情が、とても切なそうでしたから……」


 そんな表情してたか? と思いながら料理を口に運んでいく。


「あの、聞かないんですか?」

「なにが?」

「私が一人暮らししてる理由とか……」

「聞いてほしいなら聞くけど」


 わざわざ聞くのは野暮ってもんだと思っていたから俺は気にしていなかったがその返答に瀬川は瞳を丸くしていた。


「高校で一人暮らししてる奴なんて大体、事情あるやつだろ」


 距離が遠いとか、人生経験とかもあると思うけど……。


「ふふっ、そうですね、じゃあ私もわがままですっ」

「あ、真似しただろ」

「いーえ? してませんよ」


 そう言いながら可笑しそうに瀬川は笑っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る