ファミリエスト
「……で、あるからして……諸君らは……」
決勝戦が終わってから、日付も変わり、私達合格者は、とある場所に集められていた。
『運命の塔』と呼ばれているこの塔は、東西南北に広がるこの世界のど真ん中に位置している。見た目は普通の塔だが、なんと、この塔は運命を創っているのだという。
(まあ、相変わらず信じ難いことばっかりだけど。)
こうして振り返ってみると、この世界は異常だ。私が知っている常識のどれもが、この世界では通用しない。
(……運命とか、神素とか……なんか厨二臭いし。そんなものが、本当にあるなんて……)
我が身に起きた話ながら、なんとも理解し難いことだ。しかし、これからきっと、嫌でもそれを実感していくことになるのだろう。何と言っても、蝶番は、人間を管理するのが仕事なのだから。
(……にしても、早く終わんないかなー。)
現在は、叙任式の真っ最中である。しかし、何だかよく分からない人が壇に上がって、偉そうに私達に講釈を垂れ始めた辺りから、私は既にこの催しに飽きているのだ。
「それでは、副隊長の任命に移ります。」
偉そうな演説者が司会者と交代し、そう言った。
(へぇー。副隊長の任命かー……。)
私は、そこまで考えて、はっとした。
「それでは、先日の試験にて見事優勝を果たした、鈴懸葵さん、壇上へどうぞ。」
(やっぱりか……。)
何も言わずにすくっと立ち上がり、跳躍術式を発動する。私の挙動に、周りがざわつき始めた。
キィィン、と音が鳴って、術式が形成されていく。
次の瞬間、私は床を蹴った。
「……っと。」
華麗な仕草で、見事壇上に着地した私は、頭の右側に結わえた黒髪のサイドテールを撫でて、多分相当な立場であろうお爺さんと、司会者に告げる。
「すみません、場所が遠かったもので。」
私が茶目っ気たっぷりにそう言うと、周りはしーんとする……かと思いきや、一人だけ大笑いしている空気が読めていない阿呆がいた。
「……ぷ、くく、ははは!」
(ジェーダ……)
貴族の癖に、なんと礼儀のなってない奴だ。まあ、式中に術式を発動した私が言えたことではないのは確かなのだが。
「……ほう?」
声を張っているわけでもないのに、この広い会場の隅々まで、その声は響き渡った。ざわついていた参列者の面々は、彼女の声が耳に入ると、自然に沈黙した。無論、ジェーダも例外ではなかった。
彼女は、更に言葉を続ける。
「随分、好き勝手してくれるじゃないか。」
コツ、コツ……と、ヒールの音を響かせながら登場したその人は、煌めく銀髪を肩の辺りで切り揃えている。端整な顔立ちに、満月のような瞳が良く映えていた。……その通り、姉さんだ。
(ああ、やっぱりかー。)
何となく、察しはついてしまっていた。
「まずは諸君、入隊おめでとう。どうやら、今回は大幅に隊員が入れ替わったようだが、新人だからと言って容赦はしない。……そして忘れるな。我々は、常に人間未満の存在であるということを。我々は人間を管理する立場だが、決して偉くはない。むしろ奉仕するつもりで、精々励むことだ。」
いつも無口な姉さんだが、今は自信たっぷりに大声で言葉を発している。
("人間未満"か……。)
全く、言い得て妙である。私が一人共感していると、姉さんがこちらに手を差し伸べた。
「……鈴懸葵、前へ。」
「っ……はい!」
姉さんに呼ばれて我に返り、私は姉さんの正面へと移動する。私が姉さんの前で姿勢を正して立つと、姉さんは、一際通る声で言葉を紡ぎ出した。
「鈴懸葵。我が妹、我が弟子であり……そして、『最後のファミリエスト』である者よ。蝶番第百代隊長、ヴァイオレット=ファミリエストの名のもとに、汝を蝶番副隊長に任ずる。隊長の座を望むのであれば、私が直接相手をしよう……今、申すがよい。」
姉さんの言葉に、皆がざわめいた。恐らく、私が『隊長の弟子』であること、そして、『最後のファミリエスト』であるという部分に驚いているのだろう。
当の私も、何が起こっているのかが分からない。
(ファミリエストって……。)
勿論、私は滅亡した貴族家の一員になった覚えはない。……というか、姉さんの名前は、鈴懸美紅ではなかったのだろうか。
疑問しか浮かばなかった。それでも、そこはぐっとこらえて、私は姉さんの前に跪いた。
「……謹んで、お受け致します。」
こうして、数多くの疑問を残し、叙任式は終了したのだった。
「……全部説明して貰うよ、姉さん。」
満天の星が、大空を支配した時分……私は、姉さんに詰め寄っていた。場所は、私が実技の訓練に使っていた野原だ。
「……ああ、説明しよう。」
この世界には四季が無い。一年を通して過ごしやすい涼しさを保っているが、夜はやや肌寒い……と、言うこともない。私達には、人間ほど敏感に温度を感じ取る器官が存在しないからだ。
夜風が頬を撫でる。姉さんは無表情を崩さない。
「……お前は、神素を使うと自分の瞳が光ることに気付いているか?」
そう言った彼女の瞳は、背後の星よりも明るく輝き出した。
(瞳が……?)
私は、試しに体内の神素の巡りを速めてみた。
それを見た姉さんが、パチンと指を鳴らす。すると、空中に鏡が現れた。
「……本当だ……。」
暗い夜に、私の黒髪や服はほぼ溶け込んでしまっている。しかし、私の瞳は……空に浮かぶシリウスのように、青白い輝きを放っていた。
「お前、疑問に思っていたんじゃないか?……なぜ、自分の瞳の色が変わったのか。」
(……そうだ。)
忙しくてすっかり忘れていたが、私の瞳は黒だった筈なのに、何故か今は青空のような色をしている。
「普通、人間だった頃と人間もどきになってからで、見た目に変化は無い。……だが、お前は違った。」
『何故か、わかるか?』と、口には出さずに姉さんは私に視線を投げ掛け、足元の芝生をさく、さく……と踏みながら、私の方へ歩を進めた。
「丁度良い。私は既に確信しているが……ここで、はっきりさせておいた方が賢明だからな。」
「それって、どういう……」
私が言い終える前に、姉さんは素早く刀を抜き、目にも止まらぬ速さで、私と、姉さん自身の手首とを斬りつけた。
「……痛っ!」
二人の手首から、どっと血が溢れ出た。姉さんの方を見やる。自ら手首を深々と斬りつけるという行動をしているのに、声の一つも上げず、眉の一つも動かさない。姉さんにも人間だった頃があるとは、全く思えなかった。正気の沙汰ではない。
「……え?」
地面に落ちた私の血液が、姉さんの物と混じり合った、その刹那……混ざった血液が、赤く輝き出した。
……まるで、ガーネットのように。
「神素学で教えただろう?……稀に、互いに強く作用し合う神素を持つ者がいると。血液には神素が通っているから、血の反応は、神素の反応でもある。。そして……この反応の正体は、『ファミリエストの血』にあるんだ。この血を持つ者同士のみが、この反応を引き起こす。」
つらつらと言葉を並べ立てる姉さんは、尚も表情を変えない。
(……本当に、何を考えているのか分からない。)
私は、姉さんに強い興味を抱いてはいるが、心の底から信用している訳ではない。なんなら、ここ数日で、私は姉さんという存在そのものに疑念を抱いているくらいである。
「……それで?私と姉さんは、共にファミリエストの血を引いているって言いたいの?」
姉さんは、こくりと頷いた。
「私は、ずっと……お前を、待ち続けていたんだ。『最後のファミリエスト』に、相応しい者を。」
ここで初めて姉さんは無表情を崩し、目を細め、ほんの少し口角を上げて、笑った。
まるで挑発するように、私を嘲るように。
「『最後の』って?……そもそも、何で私がそんな血を継いでいるの?待ち続けていたって、どういう意味なわけ?」
あまりに分からないことが多すぎて、段々と苛ついてきた。私が矢継ぎ早に質問すると、姉さんはまた口を開いて、予想外の言葉を言った。
「今のお前に対して、これ以上言うべきことはないな。……案ずるな、私がわざわざ話さずともいずれ分かることだ。」
ここまで訳の分からないことを言って、答えはお預けと来た。私は負けじと抗議する。
「いずれ分かるって……どうして?どうやって?」
私がどれだけ質問責めにしても尚、姉さんは眉一つ動かさない。
「お前がファミリエストだからだ。」
(……本当に、何なの?)
言っていることの意味が、まるで掴めなかった。
私は眉を顰め、嫌悪を隠しもせずに言い捨てる。
「……狂ってるよ。この世界の人、皆おかしい。姉さんだってそう。私は、姉さんが人間として存在し得るとは思えない……!」
姉さんも、ジェーダも……ルナさんは、まだ分からないけれど……この世界に来てから、出会った人は皆どこか狂っていた。
「まあ、厳密に言えば私は人間だったことが無いからな。……というか、狂っていて当たり前じゃないか?ここにいる者は皆、人間にすらなれなかった奴らだ。定められた道筋が目の前にあって、心も体も、そこに向かうように出来ている筈なのに……それでも、運命を外れる道を選んだ者達だ。」
そんな奴らが、まともな筈がない。それに関しては、私も同意見だった。
かく言う私も、多分、狂っている。少なくとも、常識の範囲内から外れている自信はある。
「……さて、今日は一先ずこんなところだな。」
姉さんは、くるっと回って私に背を向け、歩き出そうとした。
「ああ、そうだった。」
再び私の方を向いて、姉さんは、その鋭い眼光で私を射抜いた。
「一つ、予言をしようか。……葵。お前は、いずれ必ず私より……いや、この世界の誰よりも強くなるだろう。……期待しているぞ、主人公。」
その言葉を聞いた直後、急に強い風が吹いて、私は目を細めた。再び目を開けたその時には、もう、そこに姉さんはいなかった。
イレギュラー -IRREGULAR- 鈴懸葵 @aoisuzukake
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