決勝

「かはっ……!」

 何処からともなく取り出された相手の棍棒から、素早い打撃が放たれ、私の腹部をドンと突いた。腹の中にあった空気が一気にぐっと押し出され、喉に空気がぶつかる感覚がした。

(そんな……光電熱体質エアが、使えない?)

 入隊試験も二日目となり、私はまたあの試合会場に赴いていた。そして、一試合、二試合と順調に勝ち進め、遂に最後の試合……決勝戦が始まった。

 試合開始の合図後すぐ、相手が攻撃の予備動作を取ったので、私は初戦でやったように電気を伝って攻撃を躱そうとした。

 しかし、いつものように神素を集めても電気を帯びることはなかった。それどころか、神素が集まらない感覚がする。

(……一体、何が……)

 恐らく、相手が何かを仕掛けてきている。この試験中、自分が試合をしていないときは、自由に他の試合を見学することが出来るのだ。相手はきっと、私が光電熱体質であることを知っていたのだろう。

 しかし、一体どうして光電熱体質を妨害できたのだろうか。少なくとも私は、これの妨害方法など聞いたこともない。未だに先程の衝撃が響いている腹部を押さえて相手の様子を伺っていると、奴は、にやりと笑って私を指差した。

「何故、電気が使えないのか……不思議でしょうがねえって様子だな。」

 図星だが、私は一切表情を変えなかった。私が沈黙を守っていると、相手は余裕綽々で私に質問を投げ掛けてきた。

「なあ……名前、聞いてもいいか?」 

「…………はっ?」

 予想だにしなかった内容に、私は素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 こいつは、私を馬鹿にしているのか?

 私は今、こいつと戦いの真っ最中ではなかったのだろうか。

「お前みたいなやつに……教える名前、ないから。」

 私はそう言って、再び戦闘体勢を取った。こいつがどうでもいいことに時間を使ってくれたお陰で、私は頭の中を整理することが出来た。

 名前を聞くのは諦めたのか、相手も棍棒を持ち上げて、私と戦闘を再開した。

『後は実戦の中で身に付けていくだけだ。』

 姉さんの言葉が、頭の中に浮かんでくる。

(そうだよね……姉さんは、私に必要な知識の全てを叩き込んでくれた。でも、それを戦いに応用するテクニックは……あまり教えてくれなかった。)

 今思えば、いくら時間がなかったとはいえ、姉さんは、頑なに戦いの基礎だけを教え続けた。

 それを応用する方法は、自分で考えろ、と言うことなのだろう。

 冷静に考えてみよう。今、私の身に起きている現象は一体何なのだろうか。

 まず分かっているのは、光電熱体質が使えないということ。

(あれを対策する方法なんて、あるのかな。)

 しかし、実際私は今使えない状況にあるのだ。私が気づいていないだけで、きっとその方法はどこかにある。

 相手の攻撃を躱し、私も剣を振るう。何度もそれを繰り返し、相手の棍棒と私の剣がぶつかり合った、その時。

「……え?」

 何も、起こらなかったのだ。奴は武器を空中から取り出した。つまり、相手は現役の蝶番で、あの風変わりな棍棒は神器ということになる。その神器とぶつかり合って、私の剣にダメージが来ないということは、考えられる可能性は一つだけ。

(神力を、込めていない……?)

 神素を力に変換し、武器に込める。それは神器を扱う者にとっては当たり前のことであり、神力を込められた神器で攻撃されれば、どんなに頑丈なものでも途端に壊れてしまう。 

「……!」

 私はその時一つの可能性に気が付いた。

(いや、でも……)

 私の仮説が正しいなら、この目の前の相手は……。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。私は自分が立てた仮説を試すべく、適当な術式を発動してみた。

(何も、起こらない……。)

 ビンゴだ。これで何も起きないのであれば、答えはこれしかない。

「……あはは……」

 私は顔を右手で覆い、思わず笑みを浮かべた。口からは、乾いた笑い声が漏れる。

「どうしたんだよ、いきなり笑い出して。」

 不思議そうにこちらを覗き込む相手に、私は告げる。

「お前……狂ってるよ。」

 次の瞬間、私は剣を振るい、相手に飛びかかった。

 武器と武器がぶつかり合い、腕に衝撃が伝わってくる。

「……。」

 相手には、先程までの余裕はない。私がこの試合の絡繰りに気が付いたことを悟ったのだろう。

「気付いても、勝つのは簡単じゃないけどね……!」

 相手は、男。人間もどきの肉体構造は、人間に準じている。やはり女の力では、どうしても男と渡り合うのは難しい。

(……神素が使えれば。)

 いつも通りに力を振るえる状況下においては、神力で、いくらでも筋力を増強することが出来る。それが出来ない今、素の肉体でどこまで張れるかが、勝負どころとなってしまっている。

(……でもそれは、相手だって一緒のはず!)

 私は、力を振り絞って相手の武器を弾いた。体勢を崩した相手に向かって、大きく剣を振りかぶる。

 ガン、と音がして、私と相手の武器が、幾度目か分からない接触を果たした。

(今……!)

 その時、私は武器から手を離した。

「……はっ?」

 相手は、私の予想外の行動に意表を突かれ、反応がワンテンポ遅れる。

「……チェック、メイト!」

 私は素早く相手の背後に回り、脚を上げ、相手の後頭部に目にも止まらぬ速さで踵を落とした。

 神力が使えない相手の体は、この程度の攻撃を耐え切ることも出来ない。敵の失神を確認し、試験官は私の勝利を宣言した。



「……起きて。」

 試合が終わって数分後、私は、未だにコロシアムで寝そべる相手を揺さぶって起こした。

「……あれ、あんたは……」

 寝ぼけた様子の相手に、私は手を差し伸べる。

「私は、葵。……鈴懸葵。年齢は十五歳で、三ヶ月前にこの世界に来たばかり。」

 私の手を取って立ち上がった相手は、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「こっちだけ言うのは不公平だよ。名前、教えて?」

 私が言うと、相手は我に返ったように自己紹介を始めた。

「……ジェーダ=アストラス。歳は十七だ。」

 アストラス……座学で聞いたことがある。

「もしかして、純体持ち……?」

 相手……ジェーダは、私の言葉に頷いた。

 『純体持ち』……それは、私たち、人工の人間もどきとは違い、母親の身体から産まれてくる者達だ。

 人間もどきの肉体は、正確には人間ではなく、純体を再現している物になる。

 純体の一族は、四大貴族家と呼ばれ、その血筋を脈々と保ち続けている。

 北のシュタルツェ、東のアストラス。

 西のサスタペンタ、そして南のファミリエスト。

 なお、シュタルツェとファミリエストは随分前に滅んでしまったが、その絶大だった権力故に、今でも名前が残り続けているらしい。この四つの家紋は、そのままこの世界の地名になっている。

 私が住んでいるルナさんの店は、ファミリエスト地区の最南端にある。

「あ、そうだった。」

 私は、一つ思い出したことをジェーダに尋ねた。

「さっきの試合で起こったこと、答え合わせしたいんだけど。」

 私達が、試合中に神素が使えなかったのはどうしてか。それは、神素が空間にこれでもかと詰め込まれ、限界の密度に達していたからだ。空間に規則正しく並べられた神素は強い結束力を持ち、場所を動かすことが困難になる。

 水に溶ける食塩の量に限界があるように、空気が含むことのできる神素量にも限界があるのだ。

「……まず、ジェーダは神器を取り出す瞬間に空気中に大量の神素をばらまいた。神器を取り出す時は神素のバランスが崩れて衝撃が起きるから、それを利用して自分の小細工を隠蔽するために。」

 私が、ジェーダの最初の一手について説明すると、ジェーダは頷いた。

「そして、違和感に気付く間を与えないように、すぐに棍棒で殴りかかった。私は光電熱体質が使えないとは思ってもみないから、防御は必ず失敗する。これで私の動きを鈍らせ、そのまま仕留めるつもりだった。私は、昨日の試合ではずっと光電熱体質でスピード勝負を決めてたからね。それしか出来ないのだと踏んでの、この作戦だった……。」

 思えば、最初の攻撃からおかしかった。神器の一撃を諸に食らって、あの程度の痛みで済むわけがない。相手が神力を込められないことに、あの瞬間に気付くべきだった。

 そこまで聞いて、ジェーダはふっと笑った。

「葵、相当頭が回るんだな。……その通りだよ。ただ、予想外に、光電熱体質を使わなくてもあんたは強かった。俺は、純体持ちだ。物心付いた頃から、神素は俺のそばにあった。使わずに戦うなんて、やったこともなかった。」

 それで、あれだけ動けるものなのだろうか。

「……私は、敬愛する師匠から、神素に頼らない戦法も教わっていたから。その違いだよ。」

 もしジェーダが、神素がなくても問題なく戦えていたら。

(負けていたのは、私の方だったかもね……。)

 と、いうか。自分にそこまでの負担を強いてまで光電熱を封じるとは……やっぱり、どこか狂っているとしか思えない。

「……なあ、葵。」

 私が考えていると、ジェーダに声をかけられた。

「……うん?何かな?」

 ジェーダは、一拍を置いて言う。

「次は……負けねぇから。」

(……!)

 ジェーダは、そう言って跳躍術式を発動した。

「速っ……流石、純体持ち。」

 跳躍術式は、基礎的な術式の中では、形成に最も時間がかかると言われている。物心が付いた頃から神素に触れていたというのは、伊達じゃないということなのだろう。

「……じゃあ、明日の叙任式で会おうぜ!」

 手を振ってきたジェーダに手を振り返して、私は、一つ疑問が出てきた。

「……ん?叙任式?」

(……何それ?)

 後からルナさんに聞いて分かったのだが、トーナメント試験の優勝者には、蝶番副隊長の座が叙任されるらしい。また、新蝶番メンバーが一同に会する唯一の機会でもあるようだ。

(いや、いきなり副隊長とか聞いてないんだけど?)

 私は、心の中で文句を言いつつ、少しだけわくわくしていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る