入隊試験

「初戦の場所は……あっちみたいだね~。」

 試験会場に指定された地点に向かうと、剥き出しの岩盤がところどころ大きく凹んでいた。私が住んでいる場所からはかなり離れているので、ここまで移動するのにもかなり時間が掛かっている。

(自然の円形闘技場コロシアムってことなのかな……。)

 凹みはパッと見でも三十ヶ所以上あって、一つ一つが学校の体育館くらいの広さだった。

 目的地が決まれば、話は早い。私は脚に力を込め、地面に手を付いた。

 神素の巡りを意識する。純粋な神素を地面から引っ張ってきて、足元に『跳躍術式』を形成する。

「……発動!」

 術式が完成した所で、私は地面を力の限り強く蹴った。私の身体は風を切り、とんでもない速度で空に放り出される。

 目当てのコロシアムに視線を向ける。神素を使って自分を目的地に引き寄せ、勢いに任せて着地した。

 ドン、という音が辺りに木霊する。恐らく三十メートルは落ちたはずだ。しかし、私の身体に傷が付かないのは当たり前としても、地面の岩盤にも傷一つ付かなかったのには驚いた。この強度からして、ただの岩盤と言うことはあり得ないだろう。恐らく、誰かが神素で補強を行っているはずだ。

「……へぇ。」

 なるほど、これなら思いっきり戦える。

 私が一人感心していると、試験官の大袈裟な咳払いが聞こえ、私は弾かれたように前を向いた。

「……両者、揃いましたね。それではこれより、第三試験場の初戦を開始します。両手を背中に!」

 私は両手を背中に当ててクロスする。ちらりと対戦相手を見ると、身長が二メートル近くありそうな大男だった。武器等を所持していないのを見るに、恐らく神器所有者……つまり、現役の蝶番なのだろう。

「それでは、始め!!」

 試験官の合図と共に、大男は空間に手を翳し、巨大な鎌を手に取った。

 対する私の獲物は、ルナさんの店で売っていた剣。ルナさんが作る武器の出来が良いのは知っているが、相手が神器となると、あまり期待は出来ない。ぶつけ合って壊れるとしたら、私の剣の方だろう。

 そこまで考えて、私は剣を抜くのを止めた。私の背負った剣が未だ鞘に収まっているのを見て、相手は驚きを隠せないようだった。

(ここで相手がどう出るか……それが勝負かな?)

 私が一人でうんうんと頷いていると、相手は遂に痺れを切らしたらしい。

「あ?……おい、クソガキ!舐めてんのか?」

 戦いの意思を見せない私の態度に苛立ったのか、大男は、怒りに任せて鎌を宙で凪いだ。

 刹那、轟音が炸裂し、斬撃によって圧縮された空気の波動が、私に迫ってくる。

(う~ん、確かに威力は強いけど……)

 遅いんだよなぁ、と思いつつ、私はその男を倒す為に体勢を整えた。武器を抜かない程度の安い挑発に乗るような奴、遅かれ早かれ負けるに決まっている。

(二流……いや、この強さにあの性格じゃ、二流とすら言えないかもね。)

「……名前も知らないお兄さん。」

 私はにやりと笑みを浮かべ、全身に神素を巡らせて帯電し、準備を整えた。

「この勝負、私の勝ちだよ。」

 ビリ、と辺りに稲妻が迸る。目的は攻撃じゃない。稲光が男の頭上にまで到達した……その瞬間。

 私は、稲妻を伝って移動した。

 先ほどの私の言葉が男の耳に届くより速く、私は相手の首に剣を突きつけた。

「し、勝負あり!勝ったのは……受験番号二〇一です!」

 試験官は、まさか私が勝つとは思っていなかったようで、驚きを隠せない様子だった。

(……前半二百人は現役で強制エントリーだから、二百一番目って、実質最初じゃない……?)

 姉さんは、一体いつ私をエントリーさせたんだろうか。


「……ただいまー。」

 ルナさんの店の扉を開けると、来店を告げるベルがカラン、と音を立てた。

「おや、おかえり。どうだったんだい?」

 笑顔で出迎えてくれたルナさんに、私はピースサインを作って見せつける。

「全部勝ちましたー。ルナさん、褒めて褒めて!」

 今日の試合は全部で五試合だったが、どの相手も思ったよりは大したことがなかった……というのが、正直な感想である。

「そりゃ凄いね。美紅は日付が変わらないうちに戻ると言っていたから、後で報告すると良いさ。」

「姉さん、どこかに行っているの?」

 それは初耳だった。一体何をしているのだろう。

「仕事さ。詳しい内容はあたしも知らないね。」

 私がルナさんと話していると、カランカラン、という音が聞こえて、お客が来た。

「店主さん、服を新調しに来ました。」

「ああ、分かったよ。というか、随分久しぶりじゃないかい。」

 ルナさんがお客さんの対応をし始めたので、暇になった私は、明日の試験について考えていた。今日の試合で、全勝した人は十人くらいまで絞れているはず。ということは、明日は三試合もないかもしれない。

(流石に五試合連続は疲れたな……。)

 根性と体力には自信があるが、ちゃんと戦ったのは今日が初めてだったのだ。休息を取るべきだろう。

 私は店のカウンターの後ろにある扉を通ってログハウスに向かい、どかっとソファに座った。

「……楽しいな。」

 今日分かったこと。それは、私が戦いが好きだということだ。人間だった頃からそういうの興味はあったが、格闘技などとは縁がなかったのだ。

(あれが、戦いなんだ……。)

 身体中に巡らせた電気を放出する瞬間の解放感や、意表を突かれた相手を負かす瞬間は、本当に気持ちが良かった。

(……でも。)

 私は初戦の相手だった大男を思い出していた。

(本当は、あの頭の悪い脳味噌に剣を突き立てたかったんだけどなぁ……。)

 ……なんて。勿論、冗談だ。

「……葵、初日はどうだった。」

 私がぼうっと思考の波に打たれていると、いつの間にか帰ってきた姉さんから声をかけられた。

「姉さん、お帰り!私、全勝したよ。」

 私はニッと笑って言った。

「……ほう?私の見立てでは、初戦は負けだと思っていたんだがな。」

「え~!酷くない?」

 あまりにも辛辣な姉さんの言葉に、私はちょっぴり悲しくなった。

 ……というのは嘘だ。私は、この程度で感情を動かせるほど繊細な感性というのは持ち合わせていない。それでも、大きなリアクションというのは、円滑なコミュニケーションに有効だから、私はいつもこうやって大袈裟なくらいに反応することにしている。

「事実を述べているだけだ。私が見た限りでは、お前の実力は……少なくとも今日全勝出来るレベルではなかった。」

 ……流石姉さんだ。私をよく見ていたんだろう。

「それはそうだよ。だって、あれはあくまで稽古で、訓練だもん。……私、実戦の方が好きだから。」

 私は本番に強いのである。当日の気温と、周りの人の息遣い、そしてはりつめるような緊張感……それら全てが、私を引き立てる材料になるのだ。

「何はともあれ、頑張ったな。…………偉い。」

 姉さんは、そう言って無表情のまま私の頭を撫でてくれた。

(……なんか、くすぐったいな。)

 私には、年の離れた妹がいた。だから甘やかすのは慣れていても、こんな風に撫でられるのはあまり慣れていない。しかし、それは姉さんだって同じことだ。

「……あはは、慣れないことしなくて良いのに。」

 私がそう言うと、姉さんはむっとして撫でる手にやや力を込めた。

「わわっ、痛い痛い!」

 力加減が下手くそとしか言いようがない姉さんに容赦なく撫でられて、普通に痛かった。

「うるさい。黙って撫でられていろ。」

 私の言葉に気まずげに目を逸らしながらも、姉さんは撫でる手を止めなかった。

「……ありがと。」

 私も目を瞑って、姉さんに感謝の言葉を伝えた。



「……となると、お前は決勝戦まで行きそうだな。だが……決勝の相手は中々手強いだろう。」

 私が入浴後に神素を利用して髪を乾かしていると、姉さんがそんなことを私に言ってきた。

「……相手、誰なのかもう分かっているの?」

 私は姉さんに聞いた。

「まあ、誰が上がるかは大体は予測がつくからな。」

 姉さんは、目を伏せてそう言った。しばらく一緒に過ごしてきて、姉さんのことは段々分かってきた。

 目を伏せるのは、誰かのことを思い浮かべているときの仕草だ。

(姉さんが手強いと言うのだから、本当に強い相手なんだろうな。)

 私は、明日の試合に向けて気を引き締めた。

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