神素

 体の内側を意識する。コアを中心に、私の身体の中には無数の血管が張り巡らされている。血管の中に流れている血に含まれているのは、赤血球ではなく神素だ。光輝く粒子が、私の身体を巡っている。私はその流れを感じながら、自らの左手にそれを集中させた。

「……っうわ!」

 神素を体外に放出したその刹那、私の手からはビリビリと小さな稲妻が迸った。

 

 蝶番教養考査に合格した……つまりこの世界の基礎教養を完璧に身につけた私は、一昨日から実技訓練に入った。

 テーマは、神素しんその扱いについてだ。

「さて、葵。神素とはなんだ?」

「えっと、『神素』は簡単に言えば原子みたいなもので、この世界の全ては神素で出来ているんだよね。」

 私は座学の内容を思い出しながら言った。

「そうだ。そして、お前がいた世界にも神素は存在する。通常、人間は神素を知覚することができないが、神素は原子とも密接な結び付きを持っているんだ。実のところ、世界を構成するものを普通の科学で考えてしまうと、永遠に分からない部分がある。しかし、この神素の存在に気づき、完全に理解したなら……こんな風に、折れたペンを元に戻すなんてことも可能になる。他にも、時間や魂などの『目に見えない概念』は、基本的に神素を使えば自分の支配下に置くことが出来る。」

 そう言って、姉さんは指をパチンと鳴らし、床に落ちていたペンを復元した。

 姉さんの説明に、私はだんだん実技が楽しみになってきた。神素……『神』と銘打つだけあって、確かに万能だ。

「すご……魔法じゃん!」

「魔法ではない。扱う物質が原子から神素に変わっただけで、やっていることは科学だ。」

 魔法、という言葉に、姉さんは眉を顰めた。そんな不安定なものと一緒にするな、とその表情が物語っている。

「私もそれを練習するの?」

「ああ。まずは神素を一ヵ所に集める練習だな。」

 そして話は冒頭に戻る。


「……何?今の……」

 心底驚いた。まさか、一ヵ所に神素を集めただけで電撃が走るなんて。

「それは光電熱体質だ。別名でエアとも言う。」

 姉さんが放った言葉に、私は首を傾げる。

「こうでんねつ……?エア……?」

 姉さんはこくりと頷いて、自らも私と同じように掌から小さな雷を迸らせる。

「私もお前と同じだ。」

 姉さんによると、エアとは特殊な魂を持つ者だけが発症する特異体質で、神素の循環速度が異常に速く、光や電気(正確には神素電流というらしい)、熱を持ってしまうという体質らしい。

「この体質は、応用すればいくらでも戦いで活きてくる。お前が今発したような攻撃は、術式を必要としないからだ。」

 術式。それは神素を綿密に組み上げて作り上げる型のことで、その型によって神素は様々な力を発揮する。

 神素を力に変換するには原則として術式が必要不可欠になる。しかし、それを省略できてしまうということが、エアの最も有利な点だそうだ。

「逆に、調子に乗って使いすぎるとオーバーヒートを起こすからやめておけ。」

「そんな機械かなんかみたいな……」

 私が苦笑いすると、姉さんは真剣な顔で言った。

「笑い事じゃない。私はオーバーヒートをこれまで何度も起こしている。……右目と左腕が再起不能になったこともある。お陰でこの肉体は二代目だ。」

 随分と衝撃的な話を聞いてしまった。

(……気を付けよう。)



  それからのおよそ一ヶ月間、私は姉さんに毎日遅くまで稽古をつけて貰った。神素の扱いは勿論、敵の攻撃を躱すやり方から、攻撃に体重を乗せるコツ、相手の意表を突く戦法まで。その他諸々、姉さんは私に事細かに教えてくれた。術式も幾つか教わったが、これはまだ使いこなせていないものが殆どである。

「……教えることはもう無い。後は実戦の中で身に付けていくだけだ。」

 試験前日、姉さんは私にそう言った。

「今日はゆっくり休め。……その、大丈夫だ。訓練中と同じ実力を試合でも発揮することが出来たら、落ちることは絶対に無い。」

 恐らく、励ましの言葉の一つくらいかけてやれ、とルナさんに言われたのだろう。

(こういうときは不器用なんだよねー……。)

 不慣れで下手な激励だったが、今はその言葉が、どんな高価な宝石より嬉しかった。

 その日は、若干そわそわしながらも眠りについた。


 そして、いよいよ試験当日。

「いってきます!」

 私は、ルナさんと姉さんに勢いよく挨拶して出掛けた。

「行ったね。……試験、観に行かなくていいのかい?愛弟子の初舞台なのに。」

 そう言うルさんをちらりと見て、私……美紅は返答した。

「構いません。それに、最初の試合はむしろ負けた方が都合が良いくらいですから。」

 蝶番入隊試験は、一対一のトーナメント形式で行われる。色々と細かいルールや裏事情はあるが、基本的に、勝者は勝者と、敗者は敗者と試合が組まれ、最終的な順位を決めることになる。晴れて蝶番になれるのは、上位二百名だ。

「今回は参加者が多いんだろう?最初に勝てなかったら、かなり苦しい戦いになるんじゃいかい?」

 ルナさの言葉に、私はふっと笑んで言った。

「それはどうでしょう。初戦は敢えて実力差がある参加者を組ませますから。初戦で負けた側の奴らに遅れを取るほど、葵は弱くないかと。それに……」

 その方が目立たなくて良いので、という言外の意図も、明確に読み取ってくれるのがルナさんである。

「……そうかい。ところで、仕事には行かなくて良いのかい?」

「流石にそろそろ不味いかもしれませんね。」

 そろそろ、勘の良い奴は私が何者か分かってきたのではないだろうか?

「全く、しっかりしておくれよ、鈴懸。こんな話してないで、さっさと仕事してきな。」

 


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