人間もどき
姉さんのもとで暮らし始めてはや一週間。分かったことは大きく分けて三つある。
「これと、これ……あ、それもだ。明日までに読み込んで、要約文を書いて来い。内容のテストもする。」
一つ目、姉さんは鬼畜だと言うこと。多分姉さんは優秀なんだろうなと言うことは伝わってくるが、なんというか、優秀すぎるあまり普通の基準がよく分かっていないような気がする。弟子として教養を身に付けろと言われて頷いたは良いものの、まさか一週間で本棚が一つ埋まりそうなほど本を読まされるとは思っていなかった。
「あぁぁ……分かんない……!」
「どれが分からないんだ?」
それでも何とかやっていけているのは、ひとえに姉さんの教え方の上手さに尽きる。
「もう一冊終わったのか?このペースなら前倒しであと二冊追加してもいいな。」
前言撤回、やっぱり私が優秀なお陰だ。
「もう降りておいでー!ご飯が出来たよ!」
「ルナさん、神!!」
分かったことの二つ目は、私は『人間もどき』という種族になったこと。姉さんが言うには、通常自分の運命を外れた道を歩むと輪廻の輪(生まれ変わる魂の循環みたいなもの)からも外れて、死んだ後に魂がぽーんと外に飛び出てしまうらしい。そして、そう言う魂は最終的にこの世界に流れ着き、ここで作られている疑似人間みたいな身体に宿る。これで人間もどきが完成するというわけだ。
「……姉さんは食事しないの~?」
「我々に食事は不要だ。態々意味もないことをするほど、私は暇じゃない。」
姉さんはいつもの調子でぶっきらぼうに言い放つ。
「美紅は特異な体質なのさ。食べても味がしないらしくてね。」
初耳だった。姉さんは尚も表情を変えないが、言う必要ないのに、と呟いていたのが私には聞こえた。
人間もどきは、人間を模して作られている。生きていた頃のように、食事したり、誰かと話したり、この世界では働くことも出来る。私が住んでいるこの家だって、ルナさんの武器防具店の横にある小屋だ。
しかし、私達はもう人間ではない。人のように食事をしなくても何も困ることはないし、身体も丈夫で、かつて運動音痴だった私も、今では人間ではあり得ない力やスピードを出すことが出来る。
そして一番重要なのが、人間もどきは子供を作れないということだ。
私達は、運命を違えてこの場所に来ている。もう人間でもないのに、馬鹿みたいに人の真似事をして、悠久にも近い残りの時間を繰り返していくことは、ある意味では私達への罰なのかもしれない。
そして不思議なことに、私達は身体を破壊されても死なないらしい。
仮に、どこかで私達の肉体が木っ端微塵になったとする。その場合、魂が無事であればまたこの世界に流れ着いて別の肉体に入り、残りの時間を過ごすことになるだけだ。
「魂を破壊することは出来るの?」
私は姉さんに一度だけ問うた。
「……出来る。特別な武器を用いれば、だが。」
「特別な武器?」
「そうだ。私がお前を斬った刀を覚えているか?」
私は、あの鮮やかな紅の鍔を持つ刀を思い浮かべた。
「あの刀も特別な武器のうちの一つだ。あの武器に
コアとは、人間でいう心臓部分のことらしい。
「その武器って沢山あるの?」
私の問いに、姉さんは淡々と言った。
「ああ。現存数は数千にも及び、その全てがそれぞれに違った性質を持っている。だが、神器……この武器のことを神器と言うんだが、神器の保管庫には、神器は、原則として一度に二百までしか持ち出せないという決まりがあってだな。」
そして、その神器を授けられ、運命の番人となる選ばれた二百人の存在のことを『蝶番』と言うらしい。
「三ヶ月に一度、蝶番入隊試験……蝶番の隊員を選ぶトーナメント戦が行われる。次の試験は今日から丁度二ヶ月後、お前にはそれを受験して貰うことになる。」
時間は少し経過して、夜。本当は睡眠もほぼ必要ないのだが、私は毎日寝ることにしている。
ふかふかのベッドに包まれながら、私は昼間の姉さんの言葉を思い出していた。
運命の番人、『蝶番』。
(……私、そんなよく分からないところに入隊する予定だったんだ……)
どうやら、私が今まさに受けている途轍もないスパルタ教育は、蝶番入隊の最低条件である蝶番教養考査を突破するための試験勉強も兼ねているらしい。
「……ふふ、楽しいなぁ……。」
人間を止めて、この世界に来て……本当によかった。
「や……やったぁ~!」
蝶番入隊試験まで、残り一ヶ月。私は教養考査を無事に突破した。
「っていうか、みんな凄いね。私、このための勉強はかなり大変だったんだけど……。」
どうやら今回の受験者は百名くらい、そのうち六十人は合格しているようだった。
「それはそうだ。お前がやった内容は、通常二年かけてゆっくり身に付けていく内容だからな。」
「……は?」
私はそれを大体一ヶ月で詰め込まれたらしい。なるほど、それはスパルタになるわけだ。
……ではなくて。
「いやいやいや、何故?もっとゆっくり教えてくれれば良かったじゃん!」
「私も最初はあのペースはやりすぎだと分かっていた。だからお前が着いて来ることが難しければ難易度を下げようと思っていたんだが……お前は私が思っていたよりも優秀だった。それだけだ。」
姉さんはいつも通りだったが、声音から私を誇らしく思ってくれているのが分かった。
(段々、姉さんの感情が分かるようになってきたかもしれない……。)
「そう言う姉さんは?どのぐらいで突破したの?」
姉さんは私の問いに対し、それがどうした?という態度で、
「三日間だ。」
と答えた。
(なんか……ナチュラルに規格外なんだよね、姉さんって……。)
私は、姉さんがとんでもない天才だということに、薄々気がつき始めていた。……そして、この人に師事できる自分の幸運にも。
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