俺は演技で夢くんを救う

第41話 作戦決行

『日々希、おはよう。今日はあの人は出社の日。そして夢彦は会議があるからしばらく社内からは離れている時間があるよ』


 朝、目が覚めるとそんなメッセージが携帯に入っていた。それはあいつからの“今日が絶好の日だよ”というオススメの日だということだ。

 指定された時間に来るといい、のメッセージを記憶に叩き込み、朝の仕度をする。


 リビングに行くとすでに出勤準備を終えた夢くんが立って携帯をいじっていた。


「あ、日々希……おはよう」


 ちょっと照れたような控えめな挨拶。


「身体、大丈夫か?」


 その問い、超恥ずかしい……羞恥のせいで「問題ない」と堅物人間のような返答になってしまった。


「そ、そっか、ならいいんだ。その……今日も学校は休み、だもんな? ゆっくり休めよ」


「う、うん……夢くんは、気をつけて、行ってきて」


 どんだけカタコトになってんだ。今までの演技力が朝のせいか、それとも“昨夜の初体験”で体力を奪われてしまったせいか発揮できない、大根役者過ぎる。


 夢くんが仕事に行くのを見送り、ふぅっと息をついてから再度携帯を見る。

 さっきのメッセージを再確認だ。


(今日、か……やれるかな、俺に)


 これをやることよって、周囲に大きな影響を与えるのは明白だ。でもきっと正しいことになると思う。あいつだって協力してくれるんだから。

 何より大好きな人を、手に入れるためなんだ。


 朝食を食べ、気持ちを引き締めていたら突然携帯が鳴った。


「はい、おはようございます」


『もしもし、日々希くーん!』


 朝から元気な由真さんだ。でも慌てているような様子だ。


『日々希くん、どういうこと! キミが今日から制作から外れるって夢彦さんから言われたんだけど! なんでなんでっ』


 自分が外れるのは夢くんの独断なんだ。


『日々希くんがいないと進まないよ〜、まだまだ初期も初期だし。もしかして夢彦さんとケンカしたとか?』


 その問いに含み笑いを浮かべながら「いいえ」と答える。ケンカなんてしてない。夢くんに大事にされているだけ、だからツクルGに行けなくされたのだ。


「ケンカなんてしてないです。でも夢くんには夢くんの考えがあるみたい……でも俺、制作あきらめるなんて言ってません。俺も制作に携わりたいです、これからも」


 夢くんの隣で、そばで。

 携帯に耳を当てながら目を閉じ、深呼吸。


「一緒にやりたいんです」


 電話の向こうでフフッと笑う声がした。


『さっすが日々希くんだ。夢彦さんにあしらわれたくらいじゃ、あきらめてないよね。そうだよね、キミはずっと夢彦さんを追いかけているんだから』


 電話ごしで日々希はうなずく。


『いやね……先日、キミのこと、押し倒したのが原因で険悪になっちゃったかな〜って、ちょっと反省してたんだ。でもあれくらい鎌をかければ夢彦さんだって動くんじゃないかな〜とも思って』


「……え、あの時のって、由真さん、作戦――演技だったんですか?」


 由真さんが『日々希くんが好き』と言ったこと。押し倒されたところを夢くんに見られ『日々希には手を出すな』と言われていたところ。由真さんが『夢彦さんにそんな権限ない』と歯向かっていたところ。

 あれは全部、演技だった? 由真さんも元演劇科だから……。


『ふふ、何固まってんの? 日々希くん、あれは全部が全部、ウソじゃないよ。キミが好き、恋人にしたいと言ったのは本音……でも力づくで奪う気はないんだ。だってそんなの、お互いの気持ちだもん』


 その言葉、自分が鈴城に言ったのと同じだ。


『オレの演技力、すごかったかな? 夢彦さんにキミを持っていかれるのはくやしいけど。キミが夢彦さんを好きなんだから仕方ない……でもそれはそれ。せっかく出会ったキミとの制作、楽しみにしてるんだ。こんな中途半端で終わるのは嫌だよ』


「……わかってます。俺だって終わらせませんよ」


 由真さんは嬉しそうに『良かった〜』と声を高くした。


『安心した……これからもよろしくね、日々希くん』


 またね、と由真さんとの通話は終わる。由真さんも変わったところはあるが良い人で一緒にいて楽しい人だ。そんな人と一緒にこれからも仕事がしたい。


(そうだ、伊田屋さんにもらった“アレ”を持っていかなきゃ)


 自分だけじゃなく、みんなに教えるために。

 夢くんの大切な人がどんな仕打ちをされたのかを――。






 ツクルG。

『ユーザーも社員も楽しく過ごすべし』

 そんな標語が受付で目立つ、良いスタッフがたくさんいる会社だ。

 ここの社長には会ったことはないけど、夢くんは『良い人だよ』と言っていた。この会社にいればいつかは会えるだろう。

 そのためには会社のためにならない人物を排除しなくては。


「あれ、日々希くんじゃない。また新谷さんの忘れ物でも届けに来てくれたのかな?」


 受付の人に挨拶し、中へと通してもらう。広いホールや通路にはみんな出かけているのか人がまばらだ。


(夢くんも、いないよな)


 颯爽と通路を歩く夢くんの姿はいつもかっこいい。でも今日はいない。

 そして自分は大好きな夢くんではなく、今から嫌いなやつの元へ行かなくてはならない。

 気が重い、嫌な予感はする、顔を見ただけで

ぶん殴りたくなるかも。


(でも行かなきゃ……)


 とある部屋のドアで立ち止まる。

 背筋が悪寒に震えるのを感じながらドアをノックした。

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