第23話 恋人になってくれる?

 由真さんに連れてこられたのは、ご飯が大盛り無料という、がっつり食べれる定食屋だった。由真さんも体格に見合ってよく食べるし、自分も食べるから二人で食べるには非常に効率が良い店のチョイス、さすが由真さんだ。


 隣り合わせのカウンター席に座り、カウンターの中からパワフルな店員が「いらっしゃいませ」と笑顔で接客している。そんな店員に自分はウーロン茶を、由真さんはハイボールを頼んだ。


「由真さん、今日はお酒の飲むんですか? 明日休み?」


「いーや、明日も仕事なんだけどねー。今日だけは軽く飲みたくて。日々希くんも飲む?」


「由真さん、それは捕まると思います、お互いに」


「あはは、そうだねー。ついでに夢彦さんにもしばかれちゃうな、ヘタすりゃクビかな、怖い怖い」


 由真さんは「お待たせしました」と店員からのハイボールを受け取ると「きたきた〜」と上機嫌で上着を脱いだ。下はぴっちりとしたティーシャツなので引き締まった腕がたくましいなぁと思う。

 そう思っている間には自分のウーロン茶も届き、二人で乾杯した。大人の仲間入りしたみたいで気分が上がる。

 がっつりボリュームのある焼肉定食を注文した後、由真さんは「日々希くん、毎日楽しい?」と聞いてきた。


 もちろん楽しい。毎日夢くんと一緒にいられるし。まだ就職したわけじゃないけれど声優として仕事も経験させてもらっている。

 それを伝えると由真さんは「そっか、いいよね」と同意してくれた。


「日々希くんは高校生だもんね、もうすぐ卒業だけど一番楽しい時だ。恋もたくさんできるしねー……で、日々希くんはずっと夢彦さんが好きだったんだっけ。なんでそんなに好きなの?」


 それは聞かれると顔が熱くなる。夢くんは今頃どうしてるかなと考えてしまう。

 熱くなってきたのでカウンターに置いてあったウーロン茶のグラスを両手で包んだ。


「な、なんでと言われても」


「まぁ、かっこいいし、優しいのはわかる。ステータスも完璧だもんね。あとはあとは?」


 由真さんに突っ込まれ、内心焦るが(少しならいいか)と恥ずかしいが話すことにした。


 夢くんを好きになったきっかけ……ほんの些細なものだ。


「……なんでもできたから、夢くんは」


 たくさんの友達と遊んでいた時、みんなのリーダーシップを取って色々やってる姿が素敵だった。勉強もできて周囲にほめられ、運動会でも笑顔で活躍する姿に興奮した。

 なんでもできる夢くんみたいになりたいなと思った。その隣に並びたい、と。


「……ふーん、そうなんだぁ」


 自分の正直な気持ちを聞いた由真さんはニヤニヤしていた。


「そんなに思われてるなんて、ホント、夢彦さんがうらやましいよ。まぁ、モテるもんねー。鈴城だって性格はあんなんだけど、見た目は美人じゃん。オレも性格良くて優しくてかわい〜恋人欲しいんだけどね」


「またそんな言って……でも由真さんだって優しいし、おもしろいじゃないですか。その気になれば誰だって近づいてきてくれますよ」


「そう? じゃあ本気になってみてもいいのかなー」


 由真さんがハイボールのグラスに手を伸ばすと中の氷が揺れたことでカランと音を立てた。

 それを目で追っていたら――不意に隣にいた存在が、さらに近づく気配。

 由真さんのニコッとした顔がすぐ近くで自分をのぞき込んでいた。


「日々希くんが、俺の恋人になってくれる?」


 それは本気なのか冗談じゃなのか。

 即座に返事ができず(え?)と、由真さんの真っ直ぐな目を見つめ返す。


「日々希くんだってオレのこと、悪くはないと思ってるでしょ? だったらさ、夢彦さんじゃなくて――」


 由真さんが何かを話そうとした時だ。


「お待たせしましたー!」


 カウンターの中からおいしそうな湯気の立つ焼肉定食がお盆で運ばれてきた。

 それを見た途端に待ってました、とばかりにお腹が鳴った……真剣な話をしていた気がするのに。


「お、きたきた! 日々希くん、あったかいうちに食べよー!」


 由真さんは急に話を変え「いただきます!」と

ご飯を食べ始めた。


(え、今の話、終わり?)


 つかみどころがなさすぎて、どうしていいやら。いつも由真さんは自分に好意的な態度を見せてくれるから、今のも、その一端なんだろうか。


(……気にしなくて、いいか?)


 ひとまず自分も「いただきます」と食べ始める。由真さんも「うまいうまい」とパクパク食べ、早くもご飯のお代わりを店員にお願いしていた。

 自分も食べてはいるものの、由真さんの言ったことが気になり……でもボーッと食べ進めているうちに食べ終わり、お腹は気づかぬ間に満たされていた。


「ごちそうさまー。おいしかったね、日々希くん」


 由真さんはお腹をさすって満足そうだ。


「で、この後なんだけどさ」


 由真さんはハイボールのグラスに口付け、また氷の音が鳴らした。今さらだが由真さん、結構ハイボールも飲んでいた気がする。顔が赤くなっている。


「夢彦さんちにあるゲーム制作の資料で見たいものがあるんだけど、タクシーで送ってあげるからちょっと寄ってもいい?」


「あ、はい、大丈夫です」


 由真さんや伊田屋さんは夢くんのマンションにわりと自由に出入りしているらしい。夢くんからも『必要なものがあったら場所を教えてやって』と言われていたから、すぐオッケーをした。

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