第22話 何より証拠

「成海は一年前、この会社に勤めていた。おっとりしたやつで俺の部下で、夢彦の部下でもあり……恋人でもあったやつだ」


 ……やっぱり。確信を得ると共に落胆するものがある。恋人なんだ、そうだよね。


(この人が成海さんか……)


 こうして写真を見るととても幸せそうな二人。きっとこの時の旅行も楽しかっただろう。夢くんもこの人といた時はドキドキも緊張もしたのかな。


「伊田屋さん、教えてください。成海さんはこの会社で働いて、そして夢くんと付き合っていた。けど夢くんが追い詰めてしまったことで成海さんは自殺してしまった。俺はそう聞きました……本当にそうなんですか」


 この質問はできれば完全否定して欲しい。だってそうじゃなきゃ、夢くんが悪いことになってしまう。

 けど無情にも伊田屋さんの答えは「そうだ」というものだった。


「だけどな夢彦のせいだけじゃねぇんだ。夢彦の上司である俺にも当然責任はある。あいつの異変に気づいてやれなかったからな」


 その言葉に、不謹慎ながら(よかった)と思ってしまった。夢くんだけのせいじゃない、とわかったから。それでも夢くんが恋人の死に関わっている事実は変わらないけど。


「夢くんは、どうして……?」


「夢彦は入社時から有能なやつだった。その能力を買われて色々な仕事を任され、やり遂げて今の地位まできたわけだ。だがそれは簡単なことだけじゃねぇ。上からものすごくプレッシャーをかけられているってことだ」


 上というと、伊田屋さんより上の、あの気に入らない白髪部長か。


「それによって自分だけじゃなく、周りにも発破をかけずにはいられなかったんだ。それで一番当たりが強かったのが一番身近で言いやすい成海だった。別に夢彦が怒鳴るとかパワハラとか、そんなをしたわけじゃねぇぞ。あいつは前向きに褒めて伸ばすタイプだから『お前ならできる』って言って知らず知らずにプレッシャーをかけちまったんだな」


 それは由真さんも言っていた。夢くんはただ相手に期待を、応援をしてくれているだけだ。

 でもそれが重荷になる人もいる。


「成海も優しかったからな、その期待に応えようと必死だったんだ」


 だがその結果、成海さんは自殺した。


「お前もわかっているだろうが夢彦は優しくて責任感のあるやつだ。成海のことはお前だけのせいじゃないと言ったんだが、あいつは全部自分のせいだと思った。それを矢井部長につけ込まれちまったんだ。こういうのを世間ではパワハラつって問題になってる。そんなことが公表されたら会社の評判はガタ落ちだからな……」


 だから、どうなったか。頭の良いお前ならわかるんじゃないか、と言って、伊田屋さんはコーヒーを飲んだ。

 そこから先のことは今の現状。夢くんは矢井部長の圧力に逆らえず、好きでもない鈴城と付き合い、部長の言いなりになっている。

 そんな横暴、許せるわけがない――いや、正義感の意味ではなく、ただ夢くんの幸せを願う者として。


「でも伊田屋さんとか、周りが訴えれば、なんとかなるんじゃないですか?」


「いや、成海の自殺のことは一部の人間しか知らないが。一部のやつらにも『夢彦の責任』ってことになっている。だから今訴えても世間から攻められるのは夢彦になっちまうんだ。証拠がないからな。世の中、何を示すにも証拠が必要なんだよ。それに矢井部長が隠してるから夢彦は今のままでいられるが、部長が手のひらを返しやがったら、それもまた夢彦が叩かれる結果になる」


「そんな……」


 くやしい、どうにもならないの? 思わず歯噛みする。

 夢くんのせいじゃないのに……でも夢くんはそれを自分のせいだと思ってる。だからいろんなことを我慢している……耐えている。


「今の世の中、パワハラやセクハラにはめちゃめちゃ厳しいからな。そんな事実が発覚したら弱い会社じゃ、まず潰れちまう。俺も部長のやり取りを記録に残している部分もあるが、それぐらいじゃ夢彦が認めないからな……難しいところなんだ」


「証拠、ですか……」


 そういうものを集めれば……集めて夢くんが世間からも非難されないようにして成海さんのことを公表できれば……。

 それにしても矢井部長はマジでクズなやつだな、最近会ってないけど。






 すっきりとしない気分だが伊田屋さんとの話を終え、ツクルGのオフィスを出てエレベーターを降りると。


(あ……いた)


 由真さんが壁に寄りかかって携帯をいじっていた。珍しく少し物憂げな表情している姿が、元から顔立ちが良いこともあってモデルみたいでかっこいい。


(由真さん、こうして見ると、いや見なくてもだけど。すごくイケメンだよな)


 恋人がいてもおかしくなさそうだが。常に『かわいい恋人が欲しい』と言っているから付き合っている人はいないのだろう。あんなに気づかいができて優しいのに。


「あ、日々希くーん、お疲れっ」


 由真さんはこちらに気づくと携帯をしまって近寄ってきた。


「大丈夫? イダヤさんに絡まれてたの?」


「大丈夫ですよ、忙しそうでした」


「あー、あの人はいつも忙しそうだけど、コーヒー飲んでちまちまやってるだけだから。でも突然呼び出してオレにとばっちり食らわせるのやめて欲しいんだよねー」


 確かに伊田屋さんが由真さんを呼び出す率は結構多い気もする。それだけ由真さんを頼りにしてるのかも。


「さて、マジで呼び出しが来る前に行こうか」


 自分が先に歩けるようにと、由真さんは手を前に出して促してくれた。普段はあぁだこうだ安月給だと文句が多いのに。こういうところは紳士的だ。このギャップが不思議であり、由真さんの魅力である気がした。

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