第24話 選ぶと幸せ、でも

 由真さんと夢くんのマンションに戻ってきた。出張中の夢くんはまだ帰ってきてはいない。


「お邪魔しまーす!」


 ここまではタクシーで来たが、道中もその後も由真さんは元気いっぱいだ。


「明かりつけますね」


「ありがとー!」


 いつも夢くん達がミーティングするソファー近くにはラックが置いてあり、そこに制作関係の書類が置いてある。


「あ、これこれ、これだな」


 由真さんはソファーに座ると早速書類を手に取っていた。


「ちょっと見ててもいい? それとも日々希くんはもう寝る時間?」


 さすがにまだ八時台は寝る時間ではない、子供じゃないんだから。


「全然、まだ遊んでる時間です」


 いつも夜は陽平達と携帯のやり取りやゲームをして、のんびりしている。


「由真さん、お茶でも飲みます? それともジュース?」


「あはっ、今度はオレが子供扱いされてんなぁ。ありがと、大丈夫だから、おかまいなく〜」


「じゃあ俺、荷物片付けてきますね」


 由真さんをリビングに残し、部屋で学校の荷物を片付け、部屋着に着替える。携帯を確認してみるが特に変化はなし。


(そういえば夢くんから今日はなんも連絡がないな。いつも何かしら『大丈夫?』とか『風呂入った?』とか毎日くるのに……忙しいのかな)


 早く帰ってこないかな〜なんて。好きな人を心待ちにする自分に(なんだかなぁ)と我ながらあきれる。


(好きだよなぁ、マジで……)


 ため息一つ。切ないけど会えるのが楽しみ。恋愛してるなと感じる。響やヒビキみたいにストレートに叫びたいけど今やったら近所迷惑だ。


 リビングで由真さんは一人にしておくのもなんなので、リビングに戻った。おかまいなくと言っていたけど、ご飯をおごってもらったから一応ジュースを準備し、由真さんの近くのテーブルに置いた。


「ありがと、優しいね〜」


 由真さんは酒でほんのりと頬を赤くして満面の笑みだ。そんな表情で『ありがとう』と言われると気恥ずかしくなる。


「……なんか調べてんですか?」


 由真さんは今制作中のゲームの書類を読んでいるようだ。ボーイズラブ……今日も散々小っ恥ずかしいセリフを収録したっけ。


「いやさ、最初に伊田屋さんにも言われたんだけど、こういうゲームにもリアリティは大事なんだけど。やっぱ自分が体験しないと実感ないよね〜。適当に想像だけで作るとユーザーにウソっぽいって言われるもん」


 夢くんも同じことを言っていた。だから最初、夢くんと由真さんで、このソファーで抱き合うとか、すごいことしてたんだよな。思い出すと苦笑いだ。


「由真さんはモテそうだから、そういう実体験たくさんあるんじゃないですか?」


「えーそう? それだとオレが手当たり次第手を出してるみたいじゃん。オレだって一応好みがあるんだよー」


 由真さんはわざとふてくされたように口を尖らせる。ふざけているだけだが「ごめんなさい」と謝っておくと、ヘヘッと笑われた。


「……まぁねー。確かに経験だったらきっと夢彦さんにも負けないよ。今だってオレ、恋愛してるし」


「え、そうなんですか? さすが由真さん」


「さすがってなんだよー。やっぱりオレを欲求不満みたいに思ってんなー?」


 欲求不満って……まぁそれに似たもんはある気がする。だってまだ二十代だ。


「ねぇ、日々希くん。もしオレと付き合ってくれる人がいたらさ、その人はどうなると思う。幸せになれるかな?」


 由真さんは書類をテーブルに置くと変なことを聞いてきた。お酒が入ったせいかな。だけど、その質問はすんなり答えられる。


「そりゃあ、幸せになれるんじゃないですか? だって由真さんは優しいから」


「それが日々希くんの答えなんだ?」


 由真さんはフフッと笑って手を差し出してきた。なんだろうと思いつつ、由真さんの笑顔と差し出された手を交互に見比べる。

 ……つかめばいいのか?


 その手をつかむとグッと引っ張られ、自分の身体は座った状態の由真さんの腕の中へ。そして由真さんの足の上に乗っていた。


「ゆ、由真さんっ?」


「日々希くん、 さっきから言ってるじゃない。オレの恋人になってってさ。その返事、まだ聞かせてくれないの?」


「えっ! あれは冗談じゃ――」


「えーひどいな。オレ、ずっと言ってるじゃん、かわいい恋人が欲しいって」


 由真さんの手は背中に回り、離すまいと手に力が入っている……強引というほどではない、程よい力で自分を捕らえている。


「オレは君のことを幸せにできるよ。それは確実だ。君も言ったんだからね 」


 その自信がすごい。でも確かに、そう思える。


「オレはマジで日々希くんが好きになった。まだ出会ってそんな時間が経ってるわけじゃないけど君が好きだ。だからその声で『好き』って言うのは……キャラのセリフじゃ、しょうがないけど、オレだけにしてほしいんだよね」


 由真さんの手が肩に移動し、抵抗する間もなく姿勢は変わり、ソファーに押し倒された。


「――!」


 声が出ない。真上からは懇願しているような瞳が自分を見ている。かっこいい顔立ち……こんな人にこんな状態にされたら、誰だって『はい』と言う気がする。


(で、でも自分は夢くんがっ……)


 一番好きだ。由真さんは……良い人だから由真さんも好きだ。一緒にいると楽しいし、とても楽だ。

 でも……その好きじゃない、けど――。


(夢くん……)


 ただ自分の好きな人――夢くんには恋人がいる。夢くんが望んでそうなったわけじゃない。だから、なんとかしようとしてるけど。


(でも本当に夢くんが鈴城のことをどう思ってるかは、わからないんだ……)


 もしかしたら、少しは鈴城に対する気持ちがあるのかも。だって嫌いだという確証はない。

 自分は夢くんを好き。でも、それを選び続けることに望みはあるのか。なければ……自分だって、ちゃんと幸せになりたい、幸せになれる人を選びたい。

 自分だって好きな人に『好き』と言われたい。


(俺を好きと言ってくれる人が、ここにいる……由真さん……でも、でも……)


 廊下の方からカタンと物音がした。

 見ると、まだ帰ってこないと思っていた存在が、そこにいた。

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