第19話 迫る夢くん

 そこで信号は残念ながら青に代わり、そこからは信号に捕まることなく、順調にバイクは走ってしまった。

 ずっと無言でいるしかない状態。ホントはその意味を聞きたい。それは予想していることで正解なのか、由真さんに聞きたい。


 つまり鈴城の言っていることは事実で。夢くんが当時、成海優に期待をかけ過ぎたから、彼はプレッシャーに負けて自殺した。

 そういうこと?

 それが正解なの?


(夢くんの期待……)


 あの笑顔で応援されれば応えたいじゃないか、成海優だってそうだったんだろう。プレッシャーに負けたのは成海優の心が弱かったからじゃないか、そうだろ。


(ううん……違う、違う、よな……)


 そうは思ってみても、それは成海優のせいじゃない、夢くんが悪いわけじゃない、誰も悪くない、きっと。


 由真さんは夢くんのマンション前まで送ってくれた。ヘルメットを返し、さっきの言葉の意味を聞いてみようかと思ったらタイミング悪く由真さんの携帯が着信を知らせた。


「げっ、イダヤさんから電話! どうせまたスナバの例のやつでも買ってこいって言うんだろー。でも電話出ないとめちゃくちゃ後で面倒だからなー……じゃあ日々希くん、オレも戻るわ。またね」


 忙しそうな由真さんを引き止めるわけにも行かず、バイクで走り去る由真さんを見送り、マンションに戻った。

 玄関の鍵を開けて入ると夢くんはまだ帰ってはいなかった。


(後で相談したいことがあるって、なんだろ)


 今なら制作関連か。とにかく話を聞いてみないと。


(だけど、それよりもちょっとだけ――)


 夢くんのこと、調べてみたいと思った。まだ自分は夢くんの部屋に入ったことはない。

『俺がいなくても勝手に入ってなんでも必要な物使っていいぞ』と言われたけど、そこはやっぱりプライベート空間だからダメだと自分を律していた。


(でもちょっとだけなら……)


 そんな好奇心が今は抑えられない。

 リビングから廊下を出て、夢くんの部屋へ。

 部屋のドアは閉まっているが鍵をかけられる仕様ではない。ドアノブを動かせばすんなりと開いた。


(すごいきれいにしてるな)


 中はシワなく整ったベッドと散らかりのないデスクとデスク上のパソコン。本棚にはゲーム制作に関わるものなのか、モンスターのフィギュアや男女のイラストや難しそうな本が色々置いてあった。


 こうやって見た感じは何もなし。特に目立つものはない。パソコンは多分開かないだろう。

 ならデスクにある引き出しか……?

 文房具を探していたという口実で、ちょっと開けてみてもいいだろうか。


「ごめん夢くん、接着剤探すからなぁ〜……」


 罪悪感をなくすために、そんなことをつぶやきながら引き出しを開ける。

 中もきれいに仕分けされ、書類がぎっちりと詰まっている。他の引き出しを開けてみたら、クリアファイルが並んでいる。

 一番下の引き出しを開けると、そこも手前にクリアファイルなどが並んでいるが、奥の書類の隙間に写真のようなものがあった。


 手に取ると、そこに写っていたのは夢くんとその隣に並ぶ夢くんよりも背の低い、おっとりし

た小柄な男性。穏やかな笑顔がかわいらしい人だ。


(この人は?)


 見た感じはどこかに出かけ、そこで撮った写真だ。私服だから仕事ではなく、プライベート……とても楽しそうな二人。

 

(この人は夢くんの親しい人なのか? 誰なんだ……)


 こんなにくっついてるシーン、親しくなければやらないだろう。日付を見ると大体一年前だった。


(もしかしてこの人が?)


 その時、玄関のドアが開く音と「ただいまー」という明るい声。

 やばい、と思わず焦り出し、慌てて写真をズボンのポケットにしまい、開いた引き出しを手早く閉めた。


 あぁ、でも部屋に入っているのはバレてしまう、どうしよう。ごまかすしかないけど。


「あ、あぁ、お帰り夢くん! ごめん、ちょっと部屋入ってる! 接着剤探しててさー」


 なんとなく早口。こういう時ってなんで早口になっちゃうんだ。慌ただしい素振りを見せると怪しまれるじゃないか、自分、演劇科なのに。


「あぁ、俺の部屋か、別に大丈夫だよ」


 夢くんの足音がゆっくり迫ると、緊張が増した。悪いことしてるみたいだ……いや、写真は見ちゃったけど。


「接着剤あった? 」


 夢くんはひょこっと顔を出し、部屋に入ってきた。持っていた仕事カバンを壁の隅に置いて「そこの引き出しに入ってるぞ」と今さっき開けた引き出しを指差す。


「あ、あぁ、こっちね! ありがと」


 ごまかすためだけど接着剤を借りておく。


「ありがとう、ごめん。まだ仕事するよな、じゃ――」


 部屋から去ろうとした時だった。


「ちょっとだけ待って」


 なんだろうと考える間もなく、部屋を出ようとしたら夢くんに肩をつかまれていた。

 そして夢くんの端整な顔が、なぜかこちらに近づいてくる。

 えっ、と言葉を失った。


「ゆ、夢くんっ⁉」


 すぐ目の前に夢くんの目がある。

 唇があとちょっと動いたら、触れてしまいそうなことになっている。

 なんだかわからなくて自分の全身がカチコチに固まった。目の前の夢くんを見ながら微動だにできない。息を吹きかけてしまいそうだから言葉も出せない。


 すると夢くんは「こういうのってドキドキするのか?」と、妙なことを聞いてきた。

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