第18話 プレッシャー

 は? どういうことだ?

 こいつの考えがおかしいんじゃないかと言うのが第一だった。夢くんがそんなことをするわけがない。夢くんが人を傷つけるわけがない。


「夢彦が人を傷つけるわけがないって思ってるんでしょ。キミが夢彦の何を知ってるの? だってずっと会ってなかったんでしょ?」


 図星だ。正確過ぎて何も言えず、ただムカつく相手を見つめる。


「成海は夢彦にプレッシャーをかけられすぎたんだ。それが苦で自殺した。その事実を隠して夢彦を今の安定した地位に置いたのは僕のおじさんなんだよ。けなされるよりも感謝してほしいくらいなんだけどねぇ」


 ウソだ。そう言い返したい、あんたの言葉は全部ウソ……でも、そう……証拠がない。前でニヤつく顔に今の自分ではひと泡吹かせてやれない。


「なんなら調べてみるといいよ。今のキミは僕のことだって調べてるんでしょ。なら夢彦のことも調べてごらん――ほら着いたよ」


 いつの間にか車は止まっていた。でも窓から見える景色に見覚えはない。全く知らない場所。車も人も入り乱れている都会のど真ん中だ。

 歩道側に開け放たれた自動ドアが“降りろ”と促している。車道に放り出されないだけマシか。


「ふふ、山の中にでも捨てられると思った? そんなことはしないよ。でも頑張って帰ってね」


 突き放す笑顔に降りるしかなく――でもヤローの顔をずっと見ているのも嫌なので、さっさと降りてやった。

 走り去る車……でも辺りは人の雑踏のど真ん中、立ち並ぶ店のBGMもあって別に一人ぼっちでどうしようとかそんな思いはない。


 でも周りは騒々しいのに、心の中は湖のど真ん中に立っているかのように身動きできずに静かだ。どうしよう、と自分の心が不安に駆られる。


 成海優を追い詰めたのは絶対に鈴城隼汰だと思っていた。まさかの、そいつから言われたのは追い詰めたのは夢くんということ。

 あんなの嘘だ、そう思う、そう思いたい。でも胸の中がザワつく。

 もしかして本当にそうで、それが夢くんの弱みとなり、白髪部長のいいように使われているのだとしたら、つじつまが合うから。


(誰かに聞いてみないと……)


 ひとまず帰ろう……でもここはどこだ? 携帯で場所を調べてみると自分が今さっきまでいた場所から離れた都心のど真ん中だと判明。しかも今日は近くでイベントをやっているようで、ここらへんは人の渦だ。

 山の中から帰るより逆に面倒じゃん! とイラ立っていると。


「日々希くーん!」


 まさかの呼び声。渦のような人混みをかき分けて軽快に近づいてきたのは、まさかの筋肉質好青年。体格良いのになんて身軽さだ。


「由真さん⁉ なんでっ」


 こんなところで。会社からもわりと離れているような場所なのに。


「いやねー、イダヤさんに言われて。鈴城さんが矢井部長に日々希くんのことを聞いていたから、もしかしたら学校で待ち伏せされてるかもだから迎えに行ってやれって。実はずっと車の後ろ、バイクでくっついてたんだよ? 気づかなかった?」


 気づかなかった。そして肝心のバイクの行方を問うと、すぐそこに路駐中だと言うので急いでそこに戻り、由真さんの後ろに再び乗って移動することになった。


 信号待ちをしている時、ヘルメットからくぐもった声で由真さんが言う。


「しかしまぁ、鈴城さんもめんどくさい人でしょ。顔も広いから夢彦さんに同居人ができたとか、ゲーム制作に関わらせているとか、矢井部長のコネも使ってすーぐ情報仕入れては気に食わないやつに、ちょっかいかけてくるからさ」


 そう言い終わるとバイクが走り出す。

 由真さんのおかげで、こうして話を聞きながら頭の整理ができて助かる。

 今はとにかく……どうすべきか迷っているから。


「ねぇ、日々希くん」


 次の信号でキュッとバイクが止まり、ヘルメットをかぶった頭がカクンと揺れた。


「夢彦さん、日々希くんにだいぶ期待してるみたいだけど、大丈夫?」


 そんな言葉に自ずと目が見開き、由真さんのヘルメットの後ろに目を向ける。


「身内である日々希くんにこういうのもどうかとは思うけど……“また”取り返しがつかなくなる前にさ、オレもオレにできる限りのことした方がいいのかなと思って」


 また?

 取り返しがつかないこと?

 ……その言葉だけで大変なことだというのはわかる。

 そしてそれはきっと自分が知っていること、なのかも。


「夢彦さん、全然悪い人じゃないんだ。すごく良い人だよ。純粋に期待してくれているんだなってのはわかる。でもその純粋な期待ってさ、人によっては耐えるのが大変なぐらいの重荷になると思うんだよね」


 ここの信号は長いようだ。もう少し話が聞ける。他の信号待ちの車のアイドリング音も響いているが集中しているからか由真さんの声がよく聞こえる。


「でも夢彦さん、ホントに良い人だからさ、期待をかけられた方だって『あぁこの人の期待に応えよう、頑張ろう』って思うじゃん。けどそれって頑張るってことは疲れるぐらいに気力を振り絞ることだから、無理してるんだよね。無理してると疲れちゃうじゃない」


 由真さんの言う意味はよくわかる。確かに夢くんは自分にすごく期待してくれていて、自分もその思いに応えなくちゃって思っている。別にまだ始まったばかりで疲れも感じていない、まだ全然大丈夫と思っている。


「だから日々希くんが心配なんだ。無理してないかなってさ」

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